第71話 先生の休日

 昼過ぎ。今日は先生がゆったりモード。まぁ、いつも朝は早い方じゃないけど、特に作品を書き上げた直後は、こうして一日をぼーっと過ごすのがお決まりなのだ。

「しばらくはゆっくりできるんですか?」

「えぇ・・・あぁ、いやぁ・・・今回は案外そうでもなくて、編集さんがひとつ宿題を置いていったもんですから、そいつをどうしようかと・・・。」

「宿題?」

「えぇ。新しい子が『先生のキャラじゃないのは分かっているのですが、こういうのも読んでみたいのですっ』って言ってね。」

「あぁ、あの『えらく真っ直ぐな女の子』ね。」

「えぇ。あの調子で真っ直ぐ目を見て言われたら、妙に断れなくなっちゃって・・・。」

「ふふっ。なんだか凄いパワーを持った子ですよね。」

「えぇ。」

「で・・・なんなんです?その宿題って?」

「あ・・・う~ん、聞きたいですか?」

「えぇ、差し支えなければ。」

「う~・・・あの、ですねぇ・・・。」

「・・・ん?」

「その・・・サスペンスを、と。」

「サスペンス?」

「えぇ。」

「・・・って、あの『犯人はあなたです!』ってやるアレ?」

「はい・・・。」

「う~ん、確かに先生のキャラには無いわねぇ。」

「そうなんです。これまでずっと数学的な答えの出ないものばかり書いてきましたから、何をどうしてどこから書いたらいいものか・・・皆目見当がつかなくって。」

「あらぁ。ふふっ、大変なもん背負いこんじゃいましたね。」

「えぇ、まったくです・・・はぁ、なんで僕は首を縦に振ってしまったのかと・・・。」

 作家先生も大変なのね。好きなモノを好きなように書いてれば良い、って訳じゃないんだ。

「ふふふ、まぁ先生。今日は美味しいもの食べてゆっくりしてってください。」

「えぇ、そうします・・・。」


 いつものアジフライ定食をたいらげて、お茶をすすっている。

「やっぱり・・・探偵モノなんですかねぇ・・・。」

「え?あぁ~・・・ん~、どうなんでしょう。硬派なサスペンスで良かったら、その分野が得意な人に頼むんじゃないかしら?」

「う~ん・・・そうですよねぇ。」

「わざわざ先生に頼むってことは、ちょっと変わったものを読みたいんじゃない?その『数学的な答えの出ない』ものを・・・ねぇ。」

「やっぱり、そういうことなんですかねぇ・・・。」

「ふふっ。ねぇ、アジの押し寿司なんてどう?」

「へっ?あ・・・あぁ、良いですねぇ。」

「ぜひ冷酒と一緒に・・・。」

 最近入った大吟醸を手にアピールするが、

「あぁいや、まだお酒は・・・。」

 まだお酒の時間には早い様子。

「あら、じゃぁ・・・ふふ、すぐ作りますね。」

 酢飯の上に擦ったゴマをかけ、軽くしめておいたアジを敷き詰める。その上に錦糸卵と酢飯をのせたら、上からギュッと押す・・・いや、ギュ~~っと押す。

「はぁ~い先生、出来ましたよぉ。」

 シャープに立った角が凛々しい。

「うわぁ、どうも~。いただきます。」

 美味しそうに頬張る姿が、私にとっては何よりのご褒美。

「あ~、そうだ・・・ヨーコさんをモデルに書いてみようかなぁ。」

「えっ、私を?・・・人殺すの?」

「いやいや、そっちじゃなくって。探偵役の方でね。」

「探偵役で・・・?」

「えぇ、そうだなぁ・・・『海辺の食堂探偵事務所』とか『定食屋女将の探偵レシピ』なんかじゃありきたりだから、う~ん・・・『食堂女将の名裁き』とかかな?」

 よくこうポンポンと出てくるものね。

「え、え?私お奉行さん?」

「いやぁ、例えばですよ。ヨーコさんをモデルに探偵役を作るなら、こんな感じかなぁってことで。」

「ふ~ん・・・どうせならヒロイン役がいいなぁ。」

「あ、そっちにします?じゃぁそうだな・・・婚約者が次々と不審な死に方をする定食屋の女将さんで・・・う~ん・・・で、犯人はその女将さんにずっと思いを寄せる漁師で・・・ってのは?」

「ふふっ、定食屋の女将からは逃れられないのね。」

「あ・・・それは、まぁ・・・ねぇ、社長令嬢って雰囲気じゃないですから・・・ねぇ。」

「それって・・・ふふ、褒めてます?」

「いや、あんまり。」

「ふふふ。もう、正直なんだから。」

 そんな先生は押し寿司をもうひとつ、一口で頬張る。


 こんなくだらないやり取りをしている間も、先生の頭の中ではいろんな構想が展開してるんだろうなぁ。もう少しこのやり取りを楽しんでいたいけど、やっぱり休ませてあげなきゃダメよね。


 日が傾いてくると、港町は徐々にお休みモード。

「そろそろ締めに・・・ぅん、ぬる燗をお願いします。」

「は~い、ぬる燗ねぇ。」

 先生にしては珍しいチョイスだけど、やっぱり気持ちを落ち着かせたいってことなのかな。

「ねぇ、ヨーコさん?」

「はい?」

「例えば、ですけど・・・『探偵小説好きの僕が転生したら名探偵と崇め奉られた』とか・・・どうでしょう?」

「えっ・・・?」

「はい・・・。」

「異世界転生モノ?」

「・・・はい。」

「う~ん・・・ちょっと、読んでみたい気はするわね。」

「ちょっと・・・ですか?」

「えぇ。ちょっと。」

「ちょっと・・・ですかぁ・・・。」

 しばらく黙ってるなぁと思ったら、そんなこと考えてたのね。

「う~ん・・・ちょっと、ですかぁ・・・。」

 一度この頭の中を覗いてみたいもんだわ。

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