第70話 変わったものを・・・

「なんか変わったの作ってくれ・・・って言われても、ねぇ。」

 刺身に食べ飽きてしまった漁師から「何か変わったものを・・・」と度々たびたびリクエストされる。私に言わせると、アジの刺身ですら充分「変わったもの」なんだけど、子供の頃から毎日毎日毎日・・・と食べていると、どんなものでも飽きてしまうものなのね。

「まったく・・・贅沢な悩みよねぇ。」

「そうか?だって刺身なんていつでも食えるんだぜ?」

 その「いつでも食える」って環境が贅沢なのよ。

「で?何がいいの?」

「ん~・・・唐揚げがいいかな?」

「唐揚げねぇ・・・。」

 そのリクエスト、いったい何回目よ。

「でもさぁ、このマゴチどうしたの?」

「あ?それか?ヒレが片方さぁ、取れてるだろ?だから、もう値がつかねぇからさぁ・・・。」

「ふ~ん・・・。」

 マゴチって高級魚の部類に入るはずなのに・・・。そもそもヒレなんて食べるところじゃないんだから、片方無いくらいは関係ないはずなのに・・・いったい市場しじょうってどんな基準で回ってるのかしら。

「唐揚げねぇ・・・。」

 それこそマゴチの刺身なんて言ったら、立派な「変わったもの」なのにね。

「しょうがない、やりますか・・・。」

 そんな高級魚でも、捌くのはもう慣れたもの。三枚におろし、大きめに切り分けたら濃いめに味付けする。半分に割った頭や、骨にも十分に衣をつけ一気に揚げてゆく。

「ヨーコぉ、ご飯もね~。」

「はいよ~・・・あ、丼にする?」

「あぁ、それも良いねぇっ。」

「ふふ、はいよ~。」

 丼にするなら・・・と、あんかけも作る。甘酢あんかけ。

「お酢と醤油と・・・。」

 きっとおやっさんも、漁師たちのこんな贅沢な要求に応える毎日だったんだろうなぁ・・・。

「うん、いい感じっ。」

 あんかけの味が決まったことろで、とろみをつけておく。刺身でも食べられるものなので、少し半生くらいで引き上げたらご飯に乗せ、その上からあんかけをかければ立派な丼の完成だ。

「はいよ、おまたせ~。」

「おぉ、こうなったか~。」

「あとから、頭と骨も来るからねぇ。」

「な、なんだよ、骨まで食わすのかよ。」

「え?『変わったもの』が良いんでしょ?」

「そうだけどさぁ・・・。」

「ふふっ、食べたら感想ちょうだいねぇ。」

「あ、あぁ・・・。じゃぁ、いただきます。」

 頭と骨はじっくり時間をかけて火を通してゆく。骨せんべいのような、酒のアテになりそうなものだ。どうせこのあと呑むんだろ?

「ヨーコ、コレいけるよ。ご飯が進む進むっ。」

「味、濃くなかった?」

 ちょっと、心配だったのよね。

「いやぁ、これくらいの方が丼にはイイよ。」

 ってことは、やっぱり濃かったのよね。

「ん、そう?ふふっ、それなら良かった。・・・あぁ、頭と骨はもうちょっとねぇ。」

「あ、あぁ・・・。」

「なんか呑む?」

「あ~そうだなぁ・・・じゃぁ、梅ソーダハイ。」

「あ・・・ん?そんなのあったっけ?」

「いやぁ、たまには『変わったもの』をさぁ・・・。」

「ん・・・んも~、しょうがないなぁ。梅ソーダハイねっ。」

 調子に乗ってまたそんな変わった注文をする・・・っ。


「アレだな・・・頭ってのは、案外イケるもんだなぁ。」

 カリッとするまでじっくり揚げた頭と骨。あれだけ良い出汁が出るんだから、そのまま食べても美味しいに決まってる。

「でしょ~。ふふふ、ご満足いただけましたでしょうか?」

「あぁ、すごく良かった。またなんか持ってくっから、よろしく頼むよ~。」

「なに、また『変わったものを』なんて注文する気?」

「あぁ。だって、ヨーコは言えば何でも作ってくれるだろ?」

「あ、あのねぇ~・・・ふふっ、まぁいいけど。」

 も~、こうなったらいつか「たまには刺身を食いたい」なんて言わせてやるんだからっ。

「それにしてもさぁ・・・ねぇ、マゴチってに似てる気がしない?」

「え・・・そうか?」

「えぇ、頭の形とか体型とか全体のシルエットとか・・・ねぇ。」

「そ、そうか・・・?」

「えぇ・・・そんな気がしない?」

「ん~・・・そうか?」

 アレ?私だけかしら?

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