第68話 握らずとも
日没も近づき、そろそろ閉めようかという時間。
「う~ん・・・はぁ、やっぱり見様見真似じゃぁ上手くいかないわねぇ・・・。」
源ちゃんの計画に乗るのなら、料理のバリエーションをもっと増やしておきたい。せっかく美味しい魚があるんだから、それならお寿司でも握ればお客さんも喜ぶんじゃ・・・と思って、いくつか握ってみたんだけど。
「自分で食べるんならこの不格好でもいいけど・・・さすがにお客さんには・・・はぁ。」
どちらにしても、この「不格好君」は今日の晩御飯だから良いんだけど。
そこへ、
「ふぁ~、ただいまぁ。」
と棟梁が入ってきた。
「あらぁ棟梁、今日は遅いのねぇ。」
「あぁ、今日はちょっと遠くまで行ったんでねぇ。ん、なに?お寿司?」
「あ、えへへ・・・うん、今日の晩御飯。」
「なになに、たまには豪勢にやろうって?」
「いやぁ、そうじゃなくってねぇ。ほらぁ、源ちゃんのさぁ・・・あるでしょ?ねぇ。そのお客さんにねぇ、お寿司でも出したら喜ぶんじゃないかと思ってやってみたんだけど・・・ふふ、このありさまよ。」
「はは、さすがにコレは出せないねぇ。」
「でしょ?だからねぇ、簡単には行かないもんだなぁって思ってたとこ。」
「ふ~ん・・・。」
「あっ、いつものでイイ?」
「うん、お願い。」
「で?そのお寿司はアレかい?源ちゃんからのリクエストかい?」
「いやいや、そうじゃないんだけどねぇ。釣りたての魚をさぁ、その場で握ってやったらお客さん大喜びするだろうなぁと思ってねぇ・・・ねぇ、自分が釣った魚がお寿司になって出てきてら、ちょっと感動しない?」
「あぁ・・・『俺が釣ったやつがぁ~』ってねぇ。」
「ね?なんだけどさぁ・・・やっぱり、板前さんが握ったようにはならなくてねぇ。」
「そりゃぁ、簡単にはいかないもんだよ。」
「でさぁ、棟梁って・・・知り合いにお寿司屋さんいない?」
「ん・・・なに?弟子入りすんの?」
「ぷっ、はははっ。そこまでは言わないけどさぁ。ちょっと握りに来てもらえる人はいないかなぁ・・・って。」
「あぁ、そうねぇ・・・う~ん、いたら良かったんだけどねぇ。」
「ん~、そうかぁ・・・。」
うん、世の中そう都合良くはいかないわよね。
「でもさぁ、ヨーコちゃん。別に握らなくてもいいんじゃないのかい?」
「う~ん、そうなんだけどさぁ・・・ねぇ、ちらし寿司じゃぁ海鮮丼とそんなに変わらない気がしてね。」
「いやいや、そうじゃなくって。押し寿司とか棒寿司とかあるじゃない?」
「あぁ・・・そうねぇ。」
「おやっさんが使ってた
「升?」
「あ~、押し寿司作るときの型がさぁ。」
「あるの?」
「うん、おやっさん時々作ってくれてたから。」
「ホント?ちょっと探してみる・・・。」
店の奥の「倉庫」と呼んでいるスペースを捜索すると、棚の上の方にその升はあった。使い込まれた
「棟梁、コレ?」
「あぁ、それそれ。それで時々作ってくれてたんだよ。」
「ふ~ん・・・ふふっ、せっかくだからなんか作ってみようかな。」
「あ~、いいねぇ。じゃ、もう一本つけてもらおうかな。」
「ふふふ、は~い。」
熱燗の準備をしてからネタを探す。
「あ~、棟梁ごめん、昼間なら良いサバがあったのに・・・。」
「いやぁ、なんだってイイよ。」
「そう?じゃぁ・・・うん、この辺のみんな入れちゃお。」
あとでお寿司にしようと思っていた刺身の端っこたちを、升に詰めた酢飯の上に敷き詰め上からギュッと押す。
「ん~・・・っと、こんなもんかな?」
力加減は、よく分からない。升から押し出すと、キレイに四角い形に仕上がって・・・いや、少々押しすぎたかな。
「ん・・・まぁ、柔らかいよりはいいか。」
「お、出来たかい?」
「うん。切るからちょっと待ってねぇ。」
色とりどり。結果的にちらし寿司を固めた感じになってしまったのは、ご愛嬌ということで・・・。
「は~い。こんな感じでどうかなぁ。」
「おぉ、いいじゃない。ではでは・・・。」
箸で持ち上げても崩れない。
「ちょっと、お酢が効きすぎてるかもしれないけど・・・どう?」
「ん?ふうん・・・うん、ちょうどいい感じだよ。」
「・・・固くない?」
「いやいや、いい具合だよ。ちゃんと押してある。」
「それなら、いいけど・・・んじゃ、私も一つ・・・ぁむっ。」
うん、確かに見た目より固さを感じない。そうか、このくらい強く押しても良いんだ・・・。
「うんうん、思ったより良く出来てる。へぇ、これなら何でもお寿司に出来るわねぇ。」
「ね、握るより簡単で見栄えも良いし・・・それにほら、今はみんな美味しい握り食べ慣れてるから、こっちの方が特別感があるんじゃない?」
確かに、今は回転寿司なんかもバカにできないし。
「えぇ。これは、採用決定ねっ。」
「ははっ、それなら良かった。」
「いろいろバリエーションもできそうだし・・・ふふっ、コレもおやっさんのおかげね~。」
神棚の上の、いつも笑顔のおやっさん。
「で、源ちゃんの計画の方はどうなんだい?こないだ『散々だった』って言ってたけど。」
「あ~・・・えぇ。まぁ、大人しく『お客さん』してなかった私も悪いんだけど・・・源ちゃん一人でやるのは、無理があるんじゃないかしらねぇ。」
「あ~、船の操作とお客さんの相手の両方じゃぁ、手も気も回らないよねぇ。」
「ねぇ。助手のような人がいれば、まだいいんだろうけどさぁ・・・。」
「ん?こんな時こそ、真輝ちゃんのアピールタイムなんじゃないのかい?」
「んん~それがさぁ、真輝ちゃん乗り物酔いが激しんだって。」
「あれ、そうだったっけ?じゃぁ、ダメだ~・・・。」
こんな所でもまた、じれったい二人。
「棟梁、誰か知り合いにいない?」
「そう言われてもねぇ・・・あぁ、なら仲買の人にでも誰か乗ってもらったらいいんじゃないのかい?当然魚にも詳しいわけだし。」
「あぁ、そうね。今度みんなに話してみる・・・源ちゃんと合いそうな人ね。」
「ははっ、そうだね。そりゃ大事だ。」
そんなこんなで今日も日が暮れる。気付けば他人の心配ばっかりしている自分が時々嫌になるけれど、案外そういう自分も好きだったりするから、これからもつい続けてしまうんだろうなぁと思う今日この頃。
「はぁ~っ、お星さまがキレイねぇ。ね、幸一もそう思うでしょ?」
「ミャ~お・・・。」
「ん?なによ、その気の無い返事。」
猫が相手じゃ、ロマンもなんもありゃしないわ。
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