第67話 仮出港

「ちょ、ちょっとっ。なんで私がやることになるのよっ。」

「しょうがねぇだろ、他に候補がいねぇんだからぁ。」

 源ちゃんの未来を見据えた計画。頭で考えてるだけじゃらちが明かないと、一度実際に客を乗せてやってみようということになった。シミュレーションというやつだ。

 その「客役」を私にやれと、源ちゃんが言ってきた。

「他にいなくもないでしょ?美冴ちゃんだって真輝ちゃんだって良いし、棟梁だって先生だっているんだし・・・なんで私なのよ。」

「そりゃぁ・・・美冴は釣りやらねぇし、真輝は船酔いが酷いし、棟梁は食べる専門で先生はカナヅチだ。」

 よくもまぁ、こんなにも出来ない理由をスラスラと・・・。

「じ、じゃぁ・・・フミさんとか素子さんとか・・・。」

「それじゃぁ、なんか監視されてるみてぇじゃねぇか。授業参観じゃねぇんだから。」

 この期に及んで客を選ぶつもりか?いや、そもそもシミュレーションなんて授業参観みたいなもんなんじゃないのか?

「と、とにかくだっ。その日時間があって、ある程度釣りのできるんがヨーコしかいねぇんだから。なっ、やってくれよぉ。」

「よぉ・・・って言われてもねぇ・・・。」

「なぁ、頼むよ~。客役がいねぇと勝手が掴めねぇからぁ。」

「ん~・・・もうっ、分かったわよぉ。その代わり、二人っきりはイヤよっ。」

「あ?」

「イヤよ。誰もいない海の上で二人っきりなんて、絶対イヤっ。」

「そ、そんなに嫌がんなくっても・・・別になんもしねぇからぁ。」

「ホントかなぁ・・・?」

「あ、当たり前だろ~。いくらなんでも客に手ぇ出したりしねぇって。」

「・・・あぁ、そうね。」

 さすがに見境なく手を出したりはしないわよねぇ。そんなことをしようもんなら、間違いなく素子さんに・・・。

「でもねぇ、源ちゃん。やっぱり二人っきりって訳にはいかないわよ?」

「だから~・・・。」

「いい?これはシミュレーションなんでしょ?なら、それを見届ける人が必要なんじゃない?源ちゃんがちゃんとを出来ているかどうかをさぁ。」

「あぁ・・・それも、そうだな・・・。」

「うん。だから、誰かもう一人くらいはいないと・・・ねっ。」

「誰か・・・ねぇ。」


 当日、朝。港にやって来たのは・・・。

「ふんふふ~ん、今日は念願の~、ヨーコちゃんとの釣りデート~、るんるる~ん・・・。」

 漁協のパート職員、晴子さん。

「あの~、晴子さん・・・?」

「んも~、分かってるわよぉ。今日は源ちゃんの釣り船計画のシミュレーションで、私たちは客役なんでしょ?」

「えぇ、ですから・・・。」

「だから私たちは、普通に『お客さん』してればいいのよねぇ?・・・ねっ、源ちゃん?」

「あ・・・えぇ、客に徹してくれたらそれで・・・。」

「ね、ねっ、ほらぁ。ふふ~ん、ヨーコちゃんとデート~・・・。」

「は、はぁ・・・。」

 なんか、想像してたのと違う・・・。

「じゃぁ・・・出しますよ~。」

「はぁ~いっ、ふんふふ~ん・・・。」

 晴子さんは、釣りの経験がない。源ちゃんが言うには「常連客がビギナーを連れてくることはある」そうだから、そういうことも想定してのことなのだろうが・・・私だって、人に教えられる程の経験があるわけじゃない。

「ねぇ、ヨーコちゃん。これ、どうやんの?」

「えっと、ココんところを、こうやって・・・ん?」

 まして、生きたエサを扱うのは初めてだ。

「あぁもうっ、じれってぇな~。いいか、ココをこうやってだなぁ・・・。」

 と、つい手を出してしまう源ちゃん。分からない人に教えてあげるのは良いけど・・・。

「源ちゃん?お客さんに対してそういう態度でいると・・・嫌われるか惚れられるかのどっちかだからねっ。」 

「あぁ、分かる~。ワイルドな男って妙にわよねぇ。」

「あぁっ?な、なんだよ。そんなこと言ってねぇで、早く針下ろさねぇと魚逃げちまうぞぉ。」

「あらやだぁ、源ちゃんったら照れてる~。」

 有り余るコミュニケーション力を、ここぞとばかりに源ちゃん一人に集中砲火する晴子さん。

「あ、あははは・・・。」

 う、うん・・・こんな客もいるかもしれないわね・・・。


 そんなこんなで「珍道中」の様相を呈してしまった今回のシミュレーション。釣果の方が芳しくなかったのはご想像の通り。

「そもそもなぁ、ちゃんと指示したタイミングで針を落としてればだなぁ・・・。」

「はぁっ?じゃぁなに?釣れなかったのは客が悪いっての?いい?こっちはプロの漁師じゃないのよ?多少まごついたり針を落とすのに手こずったりするでしょうよぉ。ね~晴子さんもなんとか言ってやってくださいよぉ。」

「まぁまぁまぁ、ヨーコちゃんもそうカッカしないの。ねぇ、楽しかったんだから良いじゃない。まるっきり『坊主』ってわけでもなかったんだしさぁ。」

 マゴチが二尾。どちらも晴子さんが上げた。

「まぁ、晴子さんはそうでしょうけど・・・。」

 そうじゃなくても、晴子さんは終始楽しそうだった。

「ねぇ、それよりさぁ。せっかく釣ったんだから早く美味しくしてよぉ。」

「あ・・・そ、そうね。」

 釣りたての魚を味わうまでが、源ちゃんのプラン。

「ん~・・・じゃぁ、お刺身と唐揚げ・・・ん?天ぷらの方が良いかしら?」

 この計画に携わる以上、私ももっと勉強しなきゃダメね。どんな魚が来るかは、釣れるまで分からないんだから。

「よ~しっ、やりますか。」


「・・・ねぇ、だからさぁ源ちゃん。タイミングが遅れるのが分かってるんなら、その分早めに合図出してやるとかさぁ。ねぇ。それを『俺の言ったタイミングで出さないのが悪い』なんて言い方されたら、ヨーコちゃんじゃなくっても怒るわよ。でしょ?」

「はい・・・。」

 しっかり晴子さんにダメ出しされてる源ちゃん。この計画の成功には、源ちゃんの成長が欠かせない・・・ということが分かったのが、今回の一番の収穫なのかな。

「次は私乗らないからなねぇ。」

「え~、そんなこと言わねぇでさぁ・・・。」

「私『さばく専門』なんで・・・ふふっ。」

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