第66話 その名は編集さん
「どうも~・・・。」
「あら編集さん、いらっしゃい。」
港に暮らす作家・みなとわたる先生の担当の編集さん。いつも先生の所へ行った帰りに『ハマ屋』に寄ってくれる。
「編集さんの仕事も大変ねぇ。作家さんとこと会社との往復が毎日でしょ?」
「いえいえ、もう慣れっこですから。」
ここ最近は三日と空けずに顔を見せている。ということは、先生の作品もそろそろ大詰めということか。
「でもさぁ・・・ねぇ、電話とかじゃやっぱりダメなもんなの?」
「あ~、もちろん電話で済んでしまうこともあるんですが・・・若い頃、ある先生に『電話じゃ伝えきれねぇことだから本にすんじゃねぇか』って言われて、それ以来ちょっとしたことでも、こうして会いに行くようにしているんです。」
「へぇ~。」
作家の矜持・・・と言ったものなのだろうか。
「まぁ、電話じゃ伝わらない部分・・・例えば、資料を渡したときの先生の表情とかってのは、実際に会わないと分からないですからねぇ。それに・・・おかげでこうして行く先々で美味しいものにもありつけるというモノです。」
「ふ~ん、アチコチで美味しい思いしてるんだぁ。」
「んん・・・なんか、含みのある言い方だなぁ~。」
「ふふっ。ねぇ、これも経費で落ちるんでしょ?」
「え、えぇ・・・多少は。」
「ふふふ、ほらぁ。」
「あ、はい・・・。」
「ふふん。まぁ、これぐらいの楽しみが無いとねぇ・・・で、今日はなんにする?」
「え~と・・・では、刺身3点盛り定食で。」
「はいよ~。」
「ねぇ、それにしても今日はまた大荷物ねぇ。」
参考資料として用意した書籍やら参考書やら写真集やらを、山のように持っている。
「えぇ、先生に『もういらないから持って帰っていいよ』って言われまして・・・。」
「にしても、この量はさぁ。ねぇ、何回かに分けて・・・って訳に行かなかったの?」
そもそもが、少しづつ複数回に分けて運び込まれたモノなんだから・・・。
「いえ、このぐらいの量なら・・・まぁ、時々あることなので。」
「へぇ、そうなの?」
「えぇ。我々編集は、結構力仕事なんですよ。」
「はぁ~・・・。」
私には、無理だわ。途中でひっくり返っちゃう。
「ねぇねぇ、でさぁ。今度のお話はどんななの?」
「あぁ、それは・・・。」
うん、発表前に言いたくないのは分かる。
「ん~ちょっとぐらい、ねっ。」
「ん・・・まぁ、ちょっとなら、いいかな?」
「へへへ・・・で、どんな話?」
「えぇ、あの・・・縁結びの神様のお話で、狸の姿を借りて現れるんですが・・・。」
「へぇ、狸の姿で?・・・なに、今回はファンタジーなの?」
「いやぁそれが、先生的にはファンタジーとして扱って欲しくないようで、純粋な恋愛小説の中の一つのスパイスとして狸の神様がいる・・・という感覚のようです。」
「へぇ・・・そうなると、売る方としては、なかなか扱いが難しんじゃない?最近はジャンル分けが結構細かいんでしょ?」
「えぇまぁ・・・でも、その辺が我々の腕の見せ所と言いますか・・・。」
「ふ~ん・・・ふふ、なかなか頼もしいわね。」
頼もしい腕っ節と仕事ぶり・・・と、この食べっぷり。
「あの・・・僕、今回でみなと先生の担当を外れるんです。」
「・・・え?なにそれは、なんかの責任を取らされて・・・?」
「あ~いえいえ、よくある配置転換ですよ。若手も育てなきゃいけませんし、僕だってほかに担当している先生方いますから・・・えぇ、うまくバランスを取りながら、我々出版社も新陳代謝を繰り返していかなければなりませんからね。」
「ん~、まぁそうよね。」
「えぇ。ですから、今回は・・・もう、どうしても力が入ってしまいますね~。これまで先生と積み重ねてきたものを総動員して、どうあっても満足のいく作品に仕上げたいんです。」
「ふふふ、卒業論文みたいな感じ?」
「あ~・・・そんな感じでしょうかね。えぇ。そうやって積み重ねてきたものを、ちゃんと後任に伝えて行かなければなりませんからね。」
「うん、そうね・・・。」
私も、このお店をいつかは誰かに・・・。
「あ、ねぇねぇ。後任の人ってどんな人?」
「あぁ、若手の女の子でねぇ、えらく真っ直ぐな・・・ふふ、面白い奴です。」
「えらく真っ直ぐ・・・?」
「えぇ。あぁ、今度連れてきますよ。引継ぎもしなきゃですしね。」
「あ、うんっ。楽しみにしてる。」
えらく真っ直ぐな女の子・・・ねぇ。
「・・・あ、おかわりは?」
「ん・・・あぁ、いただきますっ。」
「はいよ。」
後日連れてきた後任は・・・。
「はじめまして、あなたがヨーコさんですね。」
話し方からして「えらく真っ直ぐ」が伝わってくる。
「先輩から話は聞いております。なんでも本当は『ヒロコ』なのにちょっとした勘違いから『ヨーコ』と呼ばれるようになり・・・」
あらら、しゃべりだすと止まらないタイプかしら?
見た感じ小柄だし華奢だから、腕っ節の方はああまり期待できないかもしれないけど・・・
「おぉ、これが噂の・・・。では、いただきます。」
なかなかの食べっぷり。それに、見惚れるほど食べ方が綺麗。
「あの・・・ご飯のおかわりを頂けませんでしょうか?」
「え・・・あ、はいよ~。」
なんだか、楽しみがひとつ増えたわね。
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