第65話 晴子さんはパートです

「え?でも晴子さんのとこって、まだ小学・・・?」

「うん、3年生。ねぇ。いくらなんでもまだ早いわよねぇ。ウチの人にもそう言ったんだけどさぁ。『早いに越したことは無い』なんて呑気なこと言ってんのよ、も~。」

 晴子さんの息子が急に「僕絶対に大学に行く」と言いだして、なんだか困惑している様子。特別「成績優秀」という訳でもなく、人の顔を見れば口癖のように「腹減った」と言う息子が・・・と。

「それは・・・ねぇ、やりたいことがあるんなら早いに越したことは無いけど、そうでもないんなら、そんな先のことより今日の晩御飯の方が大事よね。」

「ねぇ~。絶対そうよねぇ。」

「えぇ。でなきゃ・・・誰か良い人でもできたか・・・。」

「え~?良い人ぉ?」

「ふふっ、うん。無理してでもカッコつけたい人・・・とか?」

「え、それって・・・まさかぁ~?」

「ふふふ、あってもおかしくないお年頃なんじゃない?」

「あ~・・・やっぱりそうなのかな?」

「えぇ、きっとそうですよぉ。」

「え~、でもさぁ・・・今どき勉強が出来たからって・・・ねぇ。」

「それは、私に訊かれても・・・ふふふ。」


 晴子さんは漁協のパート職員。暇さえあれば住民たちとお茶を飲みながら世間話に興じ・・・と、一見すると何も仕事をしていないように見えるのだが、持ち前のコミュニケーション力を発揮して、時にワーカホリック過ぎる鈴木ちゃんと漁師や港の住民たちとの重要な「つなぎ役」になっている。どんなことでも晴子さんに話しておけば、次の日には鈴木ちゃんに話が通っている・・・といった具合だ。仕事以外では至ってドライな鈴木ちゃんが住民たちと円滑な関係を築けているのは、ひとえに晴子さんのおかげである。


 そんな晴子さんに時々おかずを作ってあげている。いや「晴子さんに・・・」というよりは、その育ち盛りな坊やに。

「でさぁ、今日のは何?」

「ふふぅん、今日はねぇ、玉子焼きの中にホンビノスガイの佃煮を入れてみたんです。ほら『う巻き』ってあるでしょ?あんな感じにしてみようかなぁって。」

「へぇ、なんだか贅沢ねぇ。」

「ふふっ、ウナギほど高級品じゃないですけどねぇ。」

「ううん、立派立派~。ウチじゃぁ『ヨーコちゃんの玉子焼き』ってだけでもう御馳走なんだから。」

「まぁ、それは・・・ふふっ、持ち上げすぎですよ~。」

「そんな事ないって~。ウチの人なんか『これは、料亭の味だ。』なんて言ってんだから~。」

「あら・・・ふ、ふふっ、ありがとうございますっ。」

 子供の頃から作り続けてきた玉子焼きが、徐々に「港の名物」になってきている。嬉しいような、どこか気恥ずかしいような・・・。

「ねぇねぇねぇ、でさぁ、ヨーコちゃんはどんなだったの?」

「へ?」

「大学時代。」

「大学時代?」

「うんっ。賑やかなキャンパスライフだったんでしょ?」

「あ~・・・だと、良かったんですけどねぇ。」

「えっ?違うの?こんな可愛いのに?」

「え、ぃや・・・まぁ、う~ん・・・。あぁほら、私は毎日ご飯作んなきゃいけなかったから、放課後の・・・ねぇ、友達付き合いとか参加しなかったんで、結局ちゃんとした友達も作れずに・・・ふふ、勉強ばっかりしてました。」

「へ~、意外~。案外サッパリしてたのねぇ。」

「ふふふ、えぇ。おかげで必要な単位は3年間で取っちゃって、残った1年で調理師とか管理栄養士なんかの勉強を出来たんですけどね。」

「へ~・・・えっ?大学の時に取ったの?」

「いやぁ、さすがにすぐには取れなくて・・・えぇ、仕事しながら。」

「はぁ~、やっぱりヨーコちゃん勉強家なのねぇ。」

「いやいやいや、ただの成り行きですよぉ。やる気の持って行き場に、たまたまそういうのがあったってだけですから。」

「ふふっ、ウチの子にもそういうのが見つかるかねぇ・・・?」

「えぇ、きっと何か・・・向こうからやってきますよ。」

「向こうから?」

「えぇ。人生の目標なんて、努力したからって見つかるもんじゃないですからね。」

「あら・・・なんか、達観してるわね。」

「え?そう、ですか?」

「うん・・・お釈迦様みたい。」

「え、え~っ?やだ、そんな大層なもんじゃないですよ~。」

「はははっ、ちょっと言い過ぎたかなぁ?」

「も~、だいぶ言い過ぎです。」

「はははっ、そっかそっか。」

 こんなおしゃべり上手な晴子さんのおかげで、今日も雫港は滞りなく一日を終えられるのです。


「ありがとねぇ。いや~、おかずひとつ得しちゃったぁ。」

 粗熱のとれた玉子焼きを、お皿に乗せラップをしてから渡す。

「ふふっ、またいつでもどうぞ~。」

「あらぁ、そんなこと言うと・・・ふふ、毎日来ちゃうぞ~。ははは、じゃぁねぇ。」

 いつも明るい晴子さんは、どことなく昭和の香りをまとっている。

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