第64話 帰ってきた源ちゃんの計画
「はぁっ?じゃぁなにか?俺がこの二ヶ月遊びまわってたってのか?」
北陸方面へ二ヶ月もの間「研修旅行」に出ていた源ちゃんが帰ってきた。
「ぃや、そこまでは言ってないけどさぁ。きっと、ゆっくり羽を伸ばしてきたんだろうなぁって。」
「あのなぁ~・・・もう、信頼がねぇなぁ俺も。」
「ふふふ、日頃の行いじゃない?」
今日はタイミング良く真輝ちゃんがお手伝いに来てくれている。
「あ?真輝ぃ、お前までそんなことを・・・。」
源ちゃんが言うには、この二ヶ月各地で「漁師たちによる漁以外の収入源」の調査や体験をしてきたのだそうだ。観光船や6次産業化への挑戦、海上巡視や半農半漁などなど。いろいろと見るうちに、釣り船計画への未練が「船宿計画」へと形を変え、再び源ちゃんの目標として大きな存在になってきたようで・・・。
「でもさぁ、釣り船ならまだしも『船宿』となると勝手が違いすぎるんじゃない?」
「も~、だからこうやって一人で動く前に計画を話してるんじゃないか。俺ひとりの頭で考えたって上手く行きそうも無いのは分かってっからさぁ。」
「ふ~ん、源ちゃんにしてはちゃんと考えてるんだぁ。」
今日の真輝ちゃんは、ちょっと強気・・・いや、嬉しいのかな。飼い主が帰ってきて尻尾を振ってるワンちゃんみたい。
「お、俺だって少しは・・・だなぁ。」
「で、それで?何をどうするつもりなの?」
「あ、あぁ。空き家をひとつ、一棟貸しの宿にしてだなぁ・・・そこにお客さん泊まってもらって、俺の船に乗って釣りに行ってだなぁ・・・。」
「ん?随分とアバウトねぇ。」
「あ?だ、だから俺ひとりの頭で考えたらこんなもんだって・・・で、だなぁ。夜でも朝でも、そのお客さんの行きたい時間に行けるようにしておいてだなぁ・・・あぁ、だから・・・釣りたい時間に釣りに行けるし、ほらぁ、星空を見るために船を出したっていいし・・・そんな宿をだなぁ・・・ん~・・・そんなとこだ。」
「ちょ、ちょっとぉ、最後投げ出さないでよ。」
「あぁ~・・・だからぁ・・・土日を釣り三昧に出来る、そんな宿だ。」
随分簡素化されたけど、こっちの方が分かりやすい気もする・・・。
「ん?ってことはさぁ、源ちゃん・・・。」
真輝ちゃんの「まとめ力」に期待。
「休日祝日限定の宿泊プランに、釣り放題がついてくる感じ?」
「あぁ・・・そんな、感じだ。」
「ふ~ん、なるほどねぇ・・・ってことはさぁ、その空き家を宿として使えるようにするための準備とか、部屋の掃除とかお布団の準備とか・・・その他もろもろ準備しなきゃいけないこといっぱいあるけど、それ源ちゃん一人で全部やるの?」
「はぁ?だ~か~ら~っ、俺一人じゃどうにもなんねぇからこうやってだなぁ・・・もう、分かんねぇかなぁ・・・。」
いや、分からなくもないが、半端な気持ちで始められると周りが迷惑するのよ。
「もう鈴木ちゃんには話したの?」
「いや、まだだ。鈴木ちゃんに話したら、準備もできてねぇのに先に動き出しちゃうだろ?」
うん、それはその通りだと思う。
「じゃぁ、どこから手を付けるつもり?」
「それが、サッパリ・・・。」
頼りない・・・非常に頼りない。
「も~っ、しょうがないなぁ・・・ぅんっ。まずは、鈴木ちゃんと棟梁に頼めば空き家を宿に変えるのはすぐできるとして、やっぱり釣りの方よね。ねぇ源ちゃん、アンタ本当に大丈夫なの?お客さん乗せて海に出るのよ?釣らせなきゃいけないのよ?『坊主でした~、あはははは~。』じゃぁ済まないのよ?」
「あぁ、それは・・・大丈夫だ。」
「もう、本当に大丈夫だって言える?」
「あぁ・・・。」
「本当かなぁ・・・。」
「俺・・・不思議な光景を見たんだ。」
「・・・え?」
「あぁ。こうやってさぁ、釣り船とか船宿とかのお手伝いしててさぁ。当然自然が相手だから、釣れない日もあるわけさ・・・なぁ。でもさぁ、それでもお客さん・・・うん、なんか嬉しそうなんだ。一匹も釣れねぇんだから船長と喧嘩んなってもおかしくねぇのに、みんな笑顔で『いやぁ、釣れなかったねぇ。』って言ってんだ。」
「へぇ・・・。」
「いや、もちろんコッチとしては申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど・・・お客さんが言うには『釣れなくても楽しい』『釣れないのも釣りだから』って言うんだ。漁師としては信じらんねぇけどさぁ・・・。」
「え~?そのお客さんが特別なんじゃない?」
「あぁ、最初はそう思ったんだけどさぁ。別のお客さんも同じような事を言うし、別の日のお客さんも似たようなこと言うんだ。だからさぁ『あぁ、漁師とは違う感覚を持ってるんだなぁ。』なんて思ってさぁ。それなら・・・釣りを満喫するって目的なら、俺だって楽しませる自信はあるしさぁ。」
「へぇ、自信あるんだ。」
「あ、あぁ。俺だって、漁師始めてこの方一瞬だって飽きたことはねぇからなっ。」
「ふ~ん・・・釣りってそんなに面白い?」
「あぁ、もちろんっ。ヨーコだって少しは味わってるだろ?」
「あ、えぇ・・・まぁね。でも、釣れなかったら腹立つけど・・・。」
「ふふっ。」
真輝ちゃんの笑い声が、いつになく明るい。
「うん・・・じゃぁ、釣りの方はそれでも良いとして、宿の運営の方はどうするの?」
「う~ん・・・それ、なんだよな。」
「そうよ。お客さんの面倒見るのも源ちゃん一人でやるっていうんなら文句は言わないけど、さすがにそこまで手が回らないでしょ?」
「あぁ・・・。」
「まぁ、ご飯はウチに来てもらえばいいとして、その他もろもろは?宿としてやるにはそれなりの許可がいると思うけど、それは?」
「あ、ま、まぁ・・・事務的なことは鈴木ちゃんに相談すればどうにかなるとしても、やっぱり接客となると・・・なぁ。」
「私は出来ないわよ。『ハマ屋』で手一杯なんだから。」
「あぁ、分かってるよ・・・。」
「あ、じゃぁ私・・・。」
と、真輝ちゃん。
「私・・・お手伝い、しちゃおっかな。」
「え、真輝?手伝ってくれるのか?」
「え、あ・・・うん、どっちにしても土日はコッチに帰ってきてるし・・・それにほら、接客のお勉強にもなるし・・・ねっ。」
「あ、あぁ、そうしてもらえると、助かる・・・うん。」
真輝ちゃんが、勇気のある所を見せた。
「ふふっ、良かったじゃない。ねぇ。」
「あぁ・・・これなら、鈴木ちゃんに話しても良さそう・・・だ、よな?」
「えぇ。あとは鈴木ちゃんの頭も借りれば、プランだけは出来上がりそうね。」
「あぁ、そうだな。」
「でも、その前にさぁ源ちゃん?素子さんにちゃんと『ただいま』って言ってきた?」
「あっ・・・まだ。」
「も~、これだぁ。」
「ふふ、源ちゃんったら、今度こそ張り倒されるよ~。」
「あぁあぁ・・・い、いって来るっ。」
慌てて出ていく源ちゃんに、大きなカバンが置いていかれた。
「も~、そそっかしいなぁ。」
「ホントっ・・・ふふふ。」
「ふふ・・・ふふふ・・・。」
カウンターを拭きながら、真輝ちゃんがひとり微笑んでいる。
「ん?真輝ちゃん?」
「ヨーコさん私・・・ちょっと、頑張っちゃいました。」
「・・・うん。」
「ふふ、ヨーコさんのアシストのおかげです。」
「ん?私、なんかした?」
「もう、ヨーコさんったら・・・。」
真輝ちゃんの恋も、一歩前進・・・かな?
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