第63話 丼な時も

 閉店後のちょっとした時間は、貴重な考察の時間。

「ふ~ん・・・アジフライって、卵でとじても・・・案外いけるもんねぇ。」

 丼物メニューの試作、あるいは思索。定食という形で出すのもいいけど、丼にした方がよりフレンドリーなのではないかと考えた。毎日のように来てくれる地元の人達や漁師はもちろん、フラッとやって来た観光客でも丼の方が頼みやすいのではないかと思って。

 別に、洗う食器の数を減らそうとか考えているわけではない。

 で、取り敢えず「丼物と言えばカツ丼」という単純な発想から、アジフライを卵とじにしてご飯の上にのせてみたのだけど・・・。

「うん、悪くないけど・・・ちょっと、もったいない気がするわね。」

 そのままで充分美味しいものに出汁の味を付け卵でとじる・・・というのは、やっぱりやり過ぎよね。

「もう少し淡白な味の物なら、合うのかしら・・・。」

 こういう形なら、普段安値で買い叩かれているキズモノや未利用魚なんて呼ばれている魚たちを、ちゃんと扱ってあげられる。

「うん、次はお刺身系ね・・・。」

 単に刺身をご飯の上にのせただけでは芸が無いし、それをにしたところで大差はない。

「う~ん・・・となると、ご飯の方ね。」

 混ぜご飯の上に刺身を数種類のせる。これなら立派に料理になってくれそうだ。

「うんうん、悪くないんじゃない?」

 刻んだ大葉に擦ったゴマを入れて・・・っと。

「うん?もう一声、何か欲しいわね。」

 ありきたりじゃ満足意出来ない性分。

「う~ん、何か・・・ないかなぁ。」

 出汁醤油なんかを入れるのはよくある感じだし・・・卵じゃ、卵かけご飯だし・・・ん、たまご?

「あぁ・・・錦糸卵ねぇ。うん、いいかも・・・。」

 早速薄焼き玉子を作り、細長く切って混ぜご飯の上にのせる。これだけでも充分美味しそうだ。

「これにお刺身がのったら・・・むふっ、なかなか豪華なんじゃない?」

 今日は取り敢えずで、そこらにあるモノをのせてみる。

「ふふっ、いいじゃない。ねぇ。これにお味噌汁とお新香が付けば・・・うん、立派立派っ。」

 その時期その時期の美味しい魚をのせれば、これは名物になるかも知れない。

「さぁて、もうひとつくらい何か欲しいわね。」

 フライ・刺身ときたから、次はお魚以外で・・・。

「ん?貝類?・・・あぁ、ホンビノスガイか・・・うん、酒蒸しと佃煮の二色丼なんてのも良いかも。」

 酒蒸しは今は出来ないけど、佃煮ならストックがある。

「うん。これをのせるなら・・・ご飯は、少しサッパリした感じが良いわね。」

 サッパリと言えば、お酢・生姜・・・ん?ガリ・・・よりは、紅ショウガ。

「うんっ、紅ショウガ。どっかにあったわねぇ。」

 これもストックがある。何かもうひとつアクセントが欲しい時に活躍してくれている。

「ふふふ、紅ショウガご飯・・・なかなか色鮮やかでいいわね~。」

 その上にのる茶色い佃煮とのコントラストが良い。

「ん・・・ふんふん・・・んあっ。うん、イイじゃないイイじゃない。」

 佃煮の甘ったるさを紅ショウガが程よく緩和してくれている。

「むふふ、これも当たりなんじゃない?」

 コレに酒蒸しが加わるのだから、贅沢な一杯だ。

「うん、よしよし・・・あとは、フライのヤツをもう少し考えなくっちゃねぇ。」

 どちらにしても、もうお腹いっぱい。小盛りにしたとはいえ、三杯も食べれば・・・ねぇ。

「ふぅ、今日はおしまいっと。」

 この考察は、また日を改めてするとしよう。

「さ、お片付けお片付け・・・。」


 いろいろと考えなければいけないことも多いし、それなりに責任が掛かる仕事だけど、とても貴重な経験と共に充実した日々を過ごしている。こんな生活に巡り合えるなんて、きっと私は幸せ者なんだろう。

「あぁ・・・やっぱり、ガリも捨てがたいわねぇ・・・。」

 だって、湯船にかってまでこんなこと考えてるんだもん。

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