第62話 続・煙のような話

「鈴木ちゃんも懲りないわねぇ・・・。」

 モクモクと『ハマ屋』の前で煙をあげている。

「だって・・・こんなに美味しい魚なんですから、絶対美味しくなるはずなんですっ。」

 前回はイマイチな結果に終わってしまった「燻製の試作・思索」に、再び挑んでいる。今回は気合の入りようが違う。

 明音さんに影響されてる部分はもちろんあるのだろうが・・・、

「こないだは、棟梁に『ただの煙臭い刺身だ』なんて言われちゃったもんねぇ。」

 悔しい思いの方が強いのかな。でも、アレは確かに美味しくなかった。

「今回は大丈夫ですっ。桜のチップも用意しましたから。」

 う~ん、そういう問題なのかしら?相変わらず燻煙機は、棟梁が一斗缶を改造して作ったもの。

「今度こそ・・・棟梁に・・・『旨い』って、言ってもらうんだ・・・。」

 気合十分なのは良いんだけど・・・。

「ねぇ、鈴木ちゃ~ん。そもそも、なんでうちの前でやるの?もっと広いとこでやれば良いじゃない。」

「そ、それはそうですが・・・ここなら、いざという時に消火器もありますし・・・。」

「いや、消火器なら漁協にだって・・・あぁいやっ、目の前が海なんだから水ならいくらでもあるでしょう?」

「あ・・・それも、そうですねぇ・・・。」

 なんて言ってるうちに、ものすごい勢いで煙が上がりだした。

「うわっ・・・っぷぁ。オホッ、ぅオホッ・・・。」

 風向き悪く、鈴木ちゃんは大量の煙の直撃を食らった。私は私で、あまりにも煙が勢いよく上がるもんだから、

「あぁっ、洗濯物~っ。」

 慌てて二階に駆け上がる。洗濯物まで一緒にいぶされたら、たまったもんじゃない。

「あぁ、まだ半乾きだぁ・・・も~、こんないい天気なのに・・・。」

 仕方ない、今日は部屋干しだ。


「あ~はっはっはっは、そうよね、そうなるわよねぇ・・・ふははっ。」

 素子さんの大笑い。あまりの煙にかと思って飛び出してきた素子さんに、事の顛末を話していたところ。

「まぁ、鈴木ちゃんの情熱も分からなくは無いですけど・・・ねぇ。」

 煙の量は程よい具合に落ち着いたが、桜のチップによる「良い香り」が押し付けがましく漂っている。

「鈴木ちゃ~ん?なんでも程々が肝心よ~。」

「あ、はいぃ・・・。」

 素子さんに言われ小さくなってる鈴木ちゃんを、猫の幸一が「お前さんは何をやっとるんじゃ?」と言わんばかりに見上げている。あくび。

「ふふふ。ねぇ、前回のはそんなに不味かったの?」

「あぁ・・・えぇ。棟梁の言う『煙臭い刺身』ってのがアタリですね。」

「ふふ、それはそれで食べてみたい気が・・・。」

「も~、ダメですよぉ。そんなことしたら、また鈴木ちゃん調子に乗るから。」

「あら・・・そうねっ。」

 手を止めず火の具合を見ている鈴木ちゃんを、時折「ポンッ」と吹き出す煙が襲う。あの燻煙機、どこか構造上の欠陥があるんじゃないかしら。


 3時間もの格闘の末仕上がった、鈴木ちゃん渾身のスズキの燻製。

「なになになに、出来たの?」

 鈴木ちゃんからの報告を受け、再びやってきた素子さん。

「えぇ、こんな具合です。」

「まぁ~、良く焼けてるわねぇ。」

「ふふ、すっかり香ばしく・・・ねぇ、鈴木ちゃん。」

「んん・・・もう、笑うんなら笑ってくださいよ『コレじゃ焼き魚じゃない』って。」

 見るからに、しっかり中まで火が通っている・・・を通り越して、一部は焦げてもいる。

「やっぱり火が強かったのよぉ。あんなにモクモクやってるからさぁ・・・。」

「う~・・・『しっかり香りを付けねば』と、思ったんですけど・・・。」

「まぁ、ともあれ食べてみましょうよ、ねっ。」

「えぇ、そうですね。」

 切り分けようとしたものの、身が割れてしまって上手くいかず、結局ほぐして小皿に盛った。軽く塩を振る。香りは良い。

「はぁ・・・うん『煙臭い』感じじゃぁないわね。」

「うぅ、またかどのある言い方を・・・。」

「ふふふ。じゃぁ、いただきます。」

 ひとくち口の中に入れて、素子さんの顔が歪んだ。

「んん?結構・・・結構な、香りねぇ・・・っ。」

 香りは良い、良すぎるくらいだ。

「美味しく無い、ですか?」

 素子さんの表情に不安が増す鈴木ちゃん。

「ん・・・ぅん、はぁ。ほら、鈴木ちゃんも食べてごらんなさいよ。」

「あ、はい・・・。」

 一縷の望みを込めて、鈴木ちゃんも。

「ん・・・んん・・・ん~?」

 こう目の前で二人も顔を歪めてたら、私食べる気無くなるわよ。

「鈴木ちゃん・・・?」

「ん~・・・木を、食べてるみたいです・・・。」

「はぁっ?」

「はははっ。でもヨーコちゃん、そんな感じよぉ。木の香りが最初にバーンって来て、その後にあまり味のしない繊維質をモシャモシャしてる感じ。」

「はい・・・魚の味も香りも、どっか飛んで行っちゃいました・・・。」

 なら、余計食べる気しないわよ。

「はぁ・・・やっぱり僕は、こういうことは向いてないのでしょうか?」

 あまりにも決定的な結果に、

「うん、そうねっ。」

「うんっ、向いてないわね。」

 二人の意見は当然の一致を見る。

「うぅ・・・お二人にそこまでハッキリ言われると、むしろ清々しいです。」

 もはや悔しくも無い・・・といった表情か。

「ふふっ、だからさぁ。こういうことは私もいるし明音さんもいるし、ねぇ、出来る人がやれば・・・ねぇ。」

「はい・・・。」

「だから、そうだなぁ・・・塩焼きにした魚に最後に桜の香りを付ける・・・とかだったら、イケるんじゃないかな?」

「まぁ、良さそうねぇ。」

「えぇ。ただ、そんなオシャレなのを『ハマ屋』に求めるかは別として・・・。」

「あぁ・・・無いわねっ。普通の塩焼きが良いわ。」

「ふふふ・・・ねっ。」

「そう・・・ですね。」


 そんなこんなで、鈴木ちゃんの燻製を作る企画は頓挫してしまったのでした。まぁ、鈴木ちゃんのことだから別の企画をすぐ考えるんだろうけど、次こそは「煙のような話」にならないように・・・いや、そうなったらなったで、その時々を楽しめたらそれでいいのかな?


 追伸。残った燻製(?)は幸一が美味しく食べてくれました。

「あんたも変なもん好きねぇ・・・。」

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