第61話 試店出店
「あら、決まったの?良かったじゃない。」
真輝ちゃんと明音さんの洋菓子店『しおまねき』が、開店に向けて動き出している。前から話していた道の駅への出店が決まったようで・・・。
「はい、まずは試験的に一日だけということですが・・・えぇ、大きな一歩を、踏み出しますっ。」
希望とやる気にあふれる明音さんと、
「でもぉ、ホントに大丈夫なのかなぁ・・・。」
ここに来て
「で、いつなの?」
「はい、ちょうど一週間後なんです。」
「えぇっ?随分と急な話になったわねぇ。」
「えぇ、予定していた方が急にキャンセルになったようで『それでも良ければ・・・』ということで。ねっ、真輝ちゃん。」
「う~ん、でもぉ・・・やっぱり急すぎません?だって、昨日の今日の一週間後ですよ~?」
「ん・・・えっと、昨日の今日の・・・?」
「あぁ。昨日道の駅の人と話をしまして、日程の擦り合わせとかをしたんですけど・・・今日になって『一週間後で良ければ空いたのですが・・・』って言われまして、もう『これは渡りに船よっ』って。で、すぐお願いしますって返事をしまして。」
「も~、なんで明音さんこんなにノリノリかなぁ。」
「だって、やっとお店を出せるんですよ?ワクワクとドキドキとウキウキで、もう溢れてますっ。」
「ん~、一週間しかないのにぃ?」
「一週間もあれば大丈夫ですっ。」
やる気、元気、鈴木(旧姓森川)。
「ふふふ、明音さん?そんな悠長なことは言ってられないいわよ。ねぇ。二人とも仕事しながらなんだから、一週間なんてあっという間よ?」
「そ、そうですよぉ。私なんて週末しか帰ってこれないから、実質金曜の夜と土曜日しかないんですよぉ。」
「ふふふ、大丈夫っ。事前に出来ることはコツコツ準備してましたから。」
「え、そうなの?」
「えぇ。POPとか簡易的なポスターのデザインとかは、もう出来ているんです。」
「明音さん、いつの間に・・・。」
「ふふ、いつも頑張ってる人と暮らしてると・・・ね、自然と『私も負けてらんない』って気になるんです。」
お互いに刺激を与えあえる、良い関係にあるようね。
「ヨーコさ~ん、鈴木ちゃんの『頑張り屋さん気質』が明音さんにも
「ふふっ、いいんじゃない?真輝ちゃんも負けてらんないわよ?」
「う、う~・・・私も頑張りたいのにぃ・・・。」
その対象である源ちゃんは、まだ北陸方面で研修の旅の中。
「ねぇ、もう何を出すかは決めてるの?」
「あ、はいっ。一応今回は3種類持っていきます。真輝ちゃんのクッキーと私のパウンドケーキと・・・ふふ、もうひとつは『大工のマドレーヌ』。」
「えっ?マドレーヌ持っていくの?」
「はいっ、棟梁にも気に入ってもらえましたし・・・ねっ。」
「うん。ウチのお母さんが気に入っちゃって『あんたコレ絶対出さなきゃ駄目よっ』なんて言い出しちゃったから・・・。」
「あらぁ、フミさんが?」
「えぇ、あのあと硬い方の生地に少~しだけシナモンを入れるようにしたんですけど、どうやらそれが気に入ってもらえたようで。」
「うん、『あんたコレ絶対流行るわよっ』って・・・。」
「ふふ、フミさんのお墨付きなら間違いないんじゃない?」
「え~、そんなのアテになるのかなぁ・・・。」
娘としては不安なんだろうけど、フミさんのそういう感覚は結構鋭い。実際真輝ちゃんのクッキーだって・・・。
「作る量なんかは、もう決めてるの?」
「えぇ、その辺はもうっ。気合入れていっぱい作るつもりですっ。」
「も~、この元気が当日まで続けばいいけど・・・。」
「ふふふ。そうよ~明音さん。『今回限り』って言うんならそれも良いけど、ずっと続けるつもりなんでしょ?ねぇ、それなら無理のない範囲でやらなきゃ。」
「えぇ、そうですけど・・・せっかくの機会ですから、多くの人に見てもらいたいんです。それに・・・あんまり少量だと、ねっ、景気悪いですし。」
「あ・・・ふふふ、そうねっ。」
「えぇ、ですからヨーコさん・・・っ。」
「・・・ん?」
「あ、はいっ、私からもお願いしますっ。」
「ん・・・えっ?」
・・・で、土曜日。
「ねぇ、明音さ~ん。焼き具合はこんな感じでいいの?」
「え・・・あ、はいっ。いい具合ですっ。」
結局手伝ってる私。
「はぁ・・・私も人が良いなぁ・・・。」
「ん?ヨーコさん、なにか?」
「あ、ううん。なんでもない・・・。」
パウンドケーキの焼き具合は、私に
「はい、じゃぁ私は次のマドレーヌ焼きに行ってきます。」
「あ、うん・・・。」
軽やかに出ていく明音さん。出会った時は「思い切った事をする人だなぁ・・・」って思ったけど、こうして一緒に暮らすようになって、彼女の積極性に港の人達が刺激を受けていることを肌で感じる。もちろん私も・・・。
「さぁて、じゃぁ次のを焼きますか。」
日曜日。日暮れ。
「ただいまぁ~。」
「ただいま戻りましたぁ。」
道の駅への出店を終えた二人が、疲れた顔して帰ってきた。
「あぁ~、お疲れさま~。どうだったぁ?」
「ヨーコさぁん、どうもこうもなよぉ。ねぇ明音さん。」
「はい。お客さん相手に商売するのが、こんなに大変だとは思いませんでした。」
「ふふふ、でしょ~?」
普段はオフィスワークが中心の二人。まして目の前でお金のやり取りをするとなると、使う神経がいつもとは違いすぎる。
「で、どうなの?売れたの?」
「あ、えぇ、ありがたいことにクッキーとマドレーヌは売り切れましたぁ。」
清々しさすら感じる真輝ちゃんに対し、
「パウンドケーキは・・・だいぶ、残ってしまいました。」
浮かない顔の明音さん。そりゃ疲労度も倍増するってもの。
「ありゃぁ、残っちゃったか・・・。」
「すいません。せっかくたくさん焼いていただいたのに・・・。」
「ううん、謝ることじゃないわよ。さぁ二人とも座って、反省会しましょ。」
「はぁ~い。」
パウンドケーキが売れ残った理由は、その大きさにあるのだろう・・・という意見で、取り敢えず一致した。
「はむぅ・・・ん、こんなに美味ひぃのに・・・。」
口の中をパウンドケーキで一杯にして、明音さんがモゴモゴ言っている。
「ふふっ。やっぱりねぇ、いきなりこの大きさのを一本丸々はいきにくいわよ。」
「やっぱり、そうでしたねぇ・・・。」
真輝ちゃんもそれに同意。
「次回は、予めスライスにしておくとか半分のサイズを用意するとか・・・ね。」
「えぇ、そうですね。」
「・・・ひはいはほぉひふぁふ・・・。」
口の中がモゴモゴで一杯の明音さん。
「・・・ん?」
それを豆乳で一気に流し込み、
「んぐぅ・・・はぁっ。次回はそうします。」
そう悔しそうに言うと間髪入れずに、
「よ~し、じゃぁ次は・・・うん『アーモンドスライス入り』よ。」
と、次の一本に手をかけた。この人・・・全部食べる気だ。
「ちょっと明音さんっ・・・わ、私の分も、少しは取っといて・・・。」
「それは、私の胃袋に訊いてくださいっ。」
「も~・・・明音さんっ?」
「はい?」
「・・・太るわよ。」
「ん・・・っ。」
これにはさすがに手が止まる。
「ね?日持ちするんだから、少しづつにしましょ・・・っと、私はコレとコレ~。」
隙を見てプレーンとシナモンを確保する。このシナモンが、焼いてる時からいい匂いしてたのよねぇ。
「あ~っ、ヨーコさん二つも取った~。じゃぁ、私もコレとコレ~。」
真輝ちゃんも二つ確保した。
「うぅ~、美味しいので・・・食べて成仏させてあげてください・・・。」
「太る」の一言ですっかりしょげてしまった明音さん。
「ふふふっ。ねぇ、それにしても、よくマドレーヌ売り切れたわねぇ。」
「あぁ、それぇ。やっぱりネーミングの勝利です。」
「ネーミングの?」
「えぇ、『大工のマドレーヌ?』って足を止めてくれた人が結構いましたから。」
「へぇ、そうなの?」
「えぇ、それと・・・ふふっ、明音さんのPOPの効果もね。」
「私のPOP?」
「うんっ。あの二層になってるのを分かりやすく表現したPOP。あれのおかげで本当に説明するのが助かったんだからぁ。」
「あら、明音さんの準備の賜物ね。」
「そ、そう言っていただけると・・・ん~、ちょっと恥ずかしいです。」
うん、明音さんのこの笑顔っ。
「ねぇ、次回は?そういう話は出なかったの?」
「あぁ、一応・・・改めて日程を・・・ってことなんですが。」
「ん~、なんだか・・・微妙な言い方ねぇ。」
「えぇ。でも、今回とっても勉強になったし、大きな一歩になりましたから・・・ねぇ明音さん。」
「はい・・・概ね成功だったんじゃないかと思います。」
「うん、それなら良かった・・・でも、次は手伝わないわよ?」
「え~、ヨーコさんのケチ~。」
ふてくされる素振りを見せる真輝ちゃんを、
「真輝ちゃん・・・。」
明音さんが制し、続けた。
「ヨーコさん、今回は本当にお世話になりました。次回はちゃんと二人だけで出来るようにしっかり準備して、美味しいお菓子を届けられるように頑張ります・・・ので、これからも私たちのことを、見いていてください、ね。」
「・・・うん。期待してるから、ね。」
この程度の言葉しか返せない自分が、なんとも・・・もどかしい。
「あぁ、でも・・・切羽詰まった時には、また・・・。」
「ふふっ、もう。分かってるわよ。その時はその時、ねっ。」
「ふふふ、はいっ。」
「で・・・もう一本、チョコチップが残ってますけど・・・どうする?じゃんけん?三等分?」
「ん~・・・明音さん?」
「む~・・・んっ、三等分でっ。」
こんな具合に『しおまねき』の試験的な出店は無事に終えることができた。バタバタだったけど、ドキドキとワクワクが詰まった濃密な一週間だったなぁ。
「はぁ、今日はよく眠れそうね・・・。」
今夜はシナモンの香りのするパウンドケーキのベッドで、フカフカの夢を見るわ・・・って、メルヘンかっ。
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