第59話 源ちゃんの絵葉書

「はぁい先生、お待たせ~。アジのなめろう丼ねぇ・・・ふぅ。」

「おぉ、ありがとうございます。」

 新鮮なアジをダダダダダダ・・・と、叩きに叩いて作ったをご飯に乗せ丼に仕立てた、シンプルだけど体力の要る一杯。

「先生、分かってますよねぇ?それ作るのに腕がパンパンになるんですからねぇ。心して食べてくださいよ~。」

「あ・・・は、はい。いただきます。」

 いつもは「アジフライ一択」の先生だけど、美冴ちゃんに「ヨーコさんのなめろう最高だからっ!死ぬ前に一度は食べてっ。ホントだからっ。」と勧められたのだそうだ。

「はむ・・・ん・・・うんうん・・・。」

 美冴ちゃんの表現はオーバーな事が多いけど、それも「感想に感情を足したもの」と考えれば、そういう表現になるのも分からないことも無い。

「ん・・・はぁ、なるほど~。美冴ちゃんの言う通りですねぇ。アジの旨味が存分に引き出されています。」

「ふふふ、お気に召しましたでしょうか?」

「えぇ、すごく美味しいです。」

 腕をパンパンにした甲斐があったわ。

「ふふん、アジフライとどっちがイイ?」

「え・・・っと、困りましたねぇ・・・。」

 珍しく困惑の表情を見せる。

「じゃぁ『一生どっちか』って言われたら?」

「ん・・・アジフライっ。」

「あ~、やっぱりそっちかぁ。」

 アジフライの牙城、崩れず。

「あ・・・で、源ちゃんなんですって?」

「え?あぁ、そうそうそう・・・。」

 研修名目で北陸地方を回っている源ちゃんから絵葉書が届いた。期間はひと月の予定だったのだが・・・。

「えぇっとねぇ・・・あぁ、これだ。なんでもねぇ、予定を一か月延ばすんですって。」

 先生に源ちゃんからの絵葉書を見せる。短い文章の添えられた裏は、何故か「雪の兼六園」の写真。

「へぇ、今回は随分と熱心ですねぇ。」

「ふふ・・・ねぇ。」

 予定を一か月も延長するのだから、よほど学びたいことがあるのだろう・・・と、思いたいが。

「どうせ遊んでまわってるんでしょう?時間が経つのって早いですからねぇ、遊んでる時って。」

「う~ん、あるいは・・・。」

「ん?」

「良い人でも・・・出来たのでしょうか?」

「先生?真輝ちゃんが聞いたら泣くわよ。」

「そ・・・そうですけど・・・でも、二人はまだ・・・そういう関係では無いのでしょう?まして・・・源ちゃんには、届いていないようですから・・・。」

「ん~・・・そうなのよ、ねぇ。」

 思い切りがつかない真輝ちゃんと、鈍感な源ちゃん。そばで見てるこっちは、本当にじれったい。

「ねぇ、先生・・・もし・・・もしよ。もし、そんなことに・・・源ちゃんが『彼女を連れて帰る』なんてことになったら・・・私、どうしたら良いのかしら。」

「ん~・・・困りましたねぇ・・・。彼女がいる手前『源ちゃんのバカ~っ』なんて怒鳴りつけるわけにもいきませんし・・・それも、真輝ちゃんの気持ちを知らずにとった行動ですから・・・ねぇ。」

「ねぇ・・・はぁ。」

「ああ見えて源ちゃん、意外とモテるんですよねぇ。」

「えっ?そうなの?」

「えぇ。面倒見の良い所がありますから。」

「あ~、確かに・・・。」

 長年「美冴ちゃんの兄」をやってるだけの事はある。

「はぁ・・・心配ねぇ。」

 こんなこと杞憂に終わればいいけど。

「えぇ。変な子じゃなければいいですけど・・・。」

「ん?」

「・・・ん?」

「先生ぇ?」

「ん・・・すいません。」


 日暮れ前の素子さん。

「そもそもさぁ、こういうのって自分の家に送るもんなんじゃないの?ねぇ、なんで『ハマ屋』に送るかなぁウチの子は、も~。」

「そう言えば、お土産がウチの届いたことがありましたねぇ。」

「あ~っ、あったわねぇ。んで、ウチには洗濯物だけが届いたやつねぇ。も~、あの子な~んか抜けてるとこあるわよねぇ。」

「え・・・ふふっ、えぇ。さすが船長の子です。」

「あ・・・ははは、そうねっ。間違いなくあの人の子ねっ、ふふふ。もぉ~、ヨーコちゃんも言ってくれるぅ。」

「ふふふ、すいません。」

 素子さんの手で「雪の兼六園」がパタパタと揺れている。

「それにしても、よく一か月も延長する気になったわよねぇ。」

「えぇ・・・やっぱり、何かあったのでしょうか?」

「ふふっ・・・まぁどっちにしても、心配してるような事にはならないと思うわよ。」

「そうだと、いいんですけど。」

「えぇ。あの子にそんな度胸無いもの。」

「・・・度胸?」

「うん、考えてもみて。たったひと月かそこらの関係で、あの子にそんなことできると思う?」

「あぁ・・・。」

「まぁ、逆なら別だけど・・・。」

「逆・・・?」

「あ・・・あぁ、ほら『たで食う虫も好き好き』って言うでしょ?ねぇ『源ちゃんには、ずっとここにいて欲しいのっ』て言う子が現れても、おかしくはないじゃない?もうそれなりに、いい年なんだしさ。」

「そうですけど・・・。」

 真輝ちゃんにそれを言う勇気があればねぇ。

「どっちにしても、ヨーコちゃんが心配するような事じゃないって。ねぇ、なるようになるわよ。真輝ちゃんだって、ある程度は覚悟してると思うし・・・それにほらっ、まだあの子に『良い人が出来た』って決まった訳じゃないんでしょ?ねぇ。」

「あ・・・そ、そうですねっ。」

「ねっ、だから大丈夫。いざという時には、このお母ちゃんに任せなさい・・・ってね。」

「ふふふ。はい、頼りにしてます。」


 「予定をひと月延ばす」の絵葉書一枚で、これだけの憶測を呼ぶ源ちゃん。一体、日頃の行いが良いのか悪いのか・・・。

 それにしても、なんで「雪の兼六園」の絵葉書にしたのかしら。日本海の名所なんて、他にいくらでもあるだろうに・・・。

 そんなんだから「遊び惚けてる疑惑」が出たりするのよ。ね、源ちゃん。

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