第58話 看板とマドレーヌと

「大体腰ぐらいの高さで、両手で持てるくらいの大きさだな・・・。」

「ん~・・・と、これくらいですか?」

「あ、あ~・・・ぅん、そんぐらいだな。」

 明音さんと棟梁が、何やら話し込んでいる。

「で、ここんとこを・・・こんな具合にやると、簡単に畳まるようになるから、持ち運びも楽だとは思うんだ。」

 図面を見ながら、身振り手振りを交えて・・・。

「え、ここを・・・こういう具合、ですか?」

「うん、そうそうそう・・・。」

 明音さんと真輝ちゃんが開店準備中の洋菓子店『しおまねき』。その看板の制作は、棟梁に依頼してある。今回はその進捗・中間報告といったところか。

「ねぇねぇ、持ち運びできる感じにしたの?」

「えぇ。当面は間借りするような形になりますので、ヒョイと運べるようにしてもらったんです。」

「ふ~ん・・・じゃぁ、ちゃんとお店が出来たら大きいのをド~ンと?」

「あ・・・う~ん、どうなんでしょう・・・。このくらいの大きさのが、お店の前にチョコンと置いてるのも・・・それはそれで可愛らしくて良いかなぁ、なんて思ってるんですけど・・・。それにほら、『ハマ屋』の暖簾みたいに開店の目印にもなりますしね。」

「あぁ・・・ふふ、なるほどねぇ。」

 しっかり未来を想像している明音さん。

「それでさぁ、明音さん。字は本当にこれで良いのかい?もっとしっかりとしたフォントにも出来るけど?」

 別の紙を見ると、キレイだけど可愛らしい文字で「洋菓子 しおまねき」と書かれている。

「あ、いえ。コレが良いんですっ。なんてったって、真輝ちゃんの『渾身の一筆』ですからっ。」

「でもなぁ・・・コレを再現すんのは、なかなかなぁ・・・。」

「あら棟梁、そんな弱気で良いの?」

「いやぁ、そうは言うけどさぁヨーコちゃん。こういうのって大変なんだぜぇ。ちょっとした違いが全体の印象を大きく左右するんだからぁ。」

「ふふっ、ならなおさら棟梁の腕の見せどころじゃない。」

「ん~・・・まぁ、そうなんだけどさぁ・・・。」

 この、まんざらでもない表情。

「で、あの・・・棟梁?」

「ん・・・?」

「あの・・・おいくらくらい、掛かります?」

「いくらって・・・お代かい?」

「・・・えぇ。」

「ぃやぁ、いいよいいよ。お代はいただかねぇ。」

「いえ、そういう訳には・・・。」

「いやぁ、いいんだよ。材料なんてそこいらに、いくらでもあるんだし・・・。それにほら、アレだ・・・若いもんが港に店を開こうってんだから、応援してやらねぇわけにいかねぇから、なぁ。」

 なんか、カッコいいこと言ってる。

「ふふふ・・・棟梁?それって、お師匠さんの受け売りよね。」

「あ・・・ん、まぁ、そうなる・・・かなぁ?」

「ふふ、照れちゃって・・・。」

「あの、棟梁のお師匠さん?」

「えぇ。棟梁の、お師匠さん。ほら、そこにある『ハマ屋』の看板。それを作った時に・・・ねぇ。」

「あ、あぁ。この『ハマ屋』が出来る時にさ・・・ちょうど潰す船があったんで、そこから使えそうな板を一枚拝借してきて、ウチの師匠が看板にあつらえたんだ。」

「その時に言った台詞なのよねぇ。」

「あぁ・・・あ~もちろんその場にいたわけじゃねぇから、ホントのことは分かんねぇけど・・・うん。『そう言った』って話なんだなぁ。」

「へ~、お師匠さんもカッコ良かったんですねぇ。」

「あ、あぁ。」

 明音さんがサラっと棟梁のことも褒めたのを、棟梁は気付いたかしら。

「あぁ、でも・・・だからって、まるっきりって訳にはいきませんっ。何か私から・・・お礼、というか・・・お返しというか・・・あの、何かさせてください。」

「う~ん・・・何かって言われてもねぇ・・・ねぇ、ヨーコちゃん。」

「うん~・・・そうねぇ・・・あ、じゃぁさぁ棟梁。何かお菓子のリクエストでもさせてもらったら?」

「リクエストぉ?」

「あ、はいっ。なんでも言ってくださいっ。私に作れるものなら何でも・・・っ。」

「そうだねぇ・・・。」

 言おうか言うまいか・・・と、モジモジしている。私には、ひとつ心当たりがあるんだけどなぁ。

「ねぇ・・・棟梁?」

「あ、あぁ・・・じゃぁ、お願いしてもいいかな・・・その、マドレーヌ・・・。」

「え・・・あ、はいっ。お任せくださいっ。」

「ふふふ、良かったわねぇ棟梁。」

「あ、あぁ。」

「棟梁のお母さんの味なのよ、ねっ。」

「あぁ・・・うん。」

 照れくさそうにうつむく棟梁に対し、明音さんが、

「えっ?棟梁のお母さんってフランス人なんですか?」

 なんて言うもんだから、可笑しくなってしまった。

「へっ?なんでそう・・・ん~、そう見えるかい?」

「いえっ、そうは見えないから驚いていますっ。」

「はははっ。そうよね、そうは見えないわよねっ。ふふふっ。」

「もぉ、ヨーコちゃん?笑いすぎだよ。」

「ふふっ、ごめんごめん・・・。」

 だって棟梁って、どう見たって「西洋人離れ」してるんですもの。

「も~・・・。ウチの母ちゃん、ハイカラな人でさぁ。よく休みの日に、色々とお菓子を焼いてくれたんだよ。それで・・・さぁ。」

「あら、ふふっ・・・そういうことだったんですね。」

 そう言ってる明音さんも、笑いをこらえている。

「ふふふ。マドレーヌの型なら持ってきてますので、すぐにでも・・・あ、それより何か特別な日の方が良いですか?お誕生日とか母の日とか。」

「いやぁ、そんな大層なモンにしないでくれやぃ。」

 しっかり明音さんにからかわれている棟梁。

「ねぇ明音さん、いっそのことラインナップに入れたらどう?マドレーヌ。」

「あ~、それも良いですねぇ。ねぇ、『大工のマドレーヌ』とか名前つけて売り出したら・・・ふふっ、人気になっちゃったりして。」

「あらぁ、良いわねぇそれ。」

「いやぁ、そんな名前じゃぁ売れんだろぉ。」

「えぇ?分かんないわよぉ・・・ねぇ。」

「えぇ。世の中どんなモノが売れるかなんて、予測できませんから、ねぇ。」

「へぇ、そんなもんかねぇ・・・。」


 後日。明音さんの試作、もしくは思索。

「これがですねぇ・・・おからを使った硬めの生地と通常の生地との二層になってましてね・・・。」

「へぇ、案外手が込んでるのねぇ。」

「えぇ、だって・・・ふふっ、思い付いちゃったんですもの。」

 どうやら「大工のマドレーヌ」を本気でカタチにするつもりらしい。それにしても、こういうワーカホリックな姿勢は鈴木ちゃんに・・・いや、「似たもの夫婦」ってことなの、かな。

「ん・・・うんうん、イケるイケるっ。」

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