第55話 ある日の夕暮れ
ダダダダダダ・・・
「う~ん、まだ足りないわねぇ。」
ダダダダダダダダ・・・
アジのなめろうを作っている。なんでも、なめろうというのは「叩けば叩くほど美味くなる」のだそうで、
「少し粘り気が出るまで・・・って、言ってたわねぇ。」
どうやら今まで作ってきたのは中途半端なものだったらしい。
「ん~・・・もうちょっとかしら・・・?」
ダダダダダダダダダダ・・・
そこに美冴ちゃんが帰ってきた。
「ヨーコさん、ただいまぁ~。」
「あ~おかえり、美冴ちゃん。」
「何やってるんです?外まで『ダダダダダぁ~』って聞こえてましたけど。」
「これ?ふふっ、これねぇ。アジをね、なめろうにしてるの。」
「あぁ、時々作ってくれてるヤツ・・・?そんなに派手に叩いてましたっけ?」
「そうなの。私も知らなかったんだけどさぁ、なめろうって叩けば叩くほど美味しくなるんですって。」
「へぇ~。」
「うん、だからねぇ。こうやってみんなが帰っちゃったあとでやってみようって始めたんだけど・・・まぁ、これが結構大変でねぇ。」
「ふふ、ヨーコさんもこだわるから・・・。」
「いやいや。少しでもね、美味しいものを食べてもらいたいなぁってね・・・うん~、こんなもんでいいかなぁ。」
ねっとりとした質感が、表面の照り具合からも分かる。
「あ、じゃぁ私もひとくち~。」
「ふふっ、も~。はいはい、分かってますよ~。」
美冴ちゃんの分を小皿に取り分け出してやる。
「これねぇ、お酢つけて食べると美味しいらしいのよ。」
「お酢?酸っぱくならない?」
「ふふっ、ねぇ。でもそれが良いらしいのよ。ちょっとやってみて。」
「う、うん・・・。」
まずは何もつけずにひとくち。
「ん?ん~っ、美味しいコレ~。アジの旨味がうわぁ~・・・って。」
両手を広げて表現する美冴ちゃん。
「ホント?それなら良かった~。ふふふ、メッタ打ちにした甲斐があったわね。」
「メッタ打ち・・・?」
「うん、大袈裟じゃなくホントにそう。これは量産できないわねぇ。」
「う~ん・・・。」
しみじみと見つめて、美冴ちゃんはもうひとくち。
「あ、お酢。試してみる?」
「ん?ん~・・・うん、要らないと思う。」
「あら、そう?じゃぁ、それはまた今度ねぇ。」
「うん・・・。あっ、そうそう。」
「ん?」
「ヨーコさんに報告がありますっ。」
「ん、なになに?あっ、彼氏でも出来た?」
「ん~・・・だったら良かったんだけど・・・でも、結構良い報告です。」
「うんうん。」
「わたくし、この度・・・。」
「うん。」
「遂にっ。」
「うん・・・?」
「大学を卒業する目途が立ちました~っ。」
「お~っ、おめでとう~。」
「はい~、やっとここまで来ましたぁ。」
「あ・・・ん?『目途が』ってことは・・・あれ、怪しかったの?」
「そう、怪しかったの・・・。単位がねぇ、ギリギリなのがいくつかあってねぇ。でもやっと『このまま行ければ』ってとこまで持ってこれたのよぉ。」
「ふふっ、良かったじゃない。」
「ホントっ。これでやっと理容師の勉強も再開できるわ~。」
大学に通いながら美容師のアシスタントのバイトもして、さらに理容師の資格の勉強も・・・となると、美冴ちゃんは本当によくやってると思う。
「ふふ、ご苦労様。」
「うん、ありがと。」
「あ、でもアレよ。油断しちゃダメよ。」
「あぅ~・・・そうなんですよねぇ。ギリギリなのはギリギリなんだぁ。」
と、そこへ、
「ヨーコちゃ~ん。」
と素子さんが入ってきた。
「あら美冴、帰ってたの。」
「うん、ただいま。」
「ふふ。ねぇ素子さん、聞きました?美冴ちゃん、卒業の目途が立ったんですって。」
「あらっ、本当?単位足りそうなの?」
「うん、なんとかなりそうなとこまで来たぁ。」
「まぁ、良かったじゃない。一時はどうなることかと・・・ねぇ。あ、それでさぁヨーコちゃん。晩御飯まだでしょ?」
「えぇ、これからですけど・・・?」
「あ~良かったぁ。ねぇ、今夜ウチで食べない?」
「え、今夜ですか?」
「うん。ほら、いま源ちゃん居ないからさぁ、ご飯が余っちゃってねぇ。」
「も~、お母さんがいつも通り炊くからでしょ~。」
「いやぁ、つい癖でさぁ・・・。」
源ちゃんは今、北陸方面で研修の旅を。
「ふふふ・・・。」
「ねぇ、だからさヨーコちゃん。そうしましょうよ、ねっ。」
「え、あ、はい・・・。」
「よしっ、決まりっ。さぁ、準備準備っと。」
「あ~では、こっち片付けたら行きます。」
「うん。じゃ、美冴置いてくから使って。美冴、ちゃんとお手伝いするのよ~。」
「はぁ~い・・・。」
出ていく素子さんの背中が、いつになく楽しそうだ。
後片付けを終え、アジのメッタ打ち・・・いや、なめろうを持って素子さんの所へ。
「あれ、船長は?」
「うん。あの人はもう寝ちゃった。」
「あ、そう・・・ですか。」
「うん。ふふっ、だからねぇ。今日は女子会よ~。」
「え?ふふふっ、はいっ。」
その女子会のメニューは、豚の生姜焼きに始まり肉のオンパレードだった。漁師の家なのに・・・。
「あの人の前じゃ言いにくいけどさぁ、やっぱりお肉って・・・ふふ、美味しいわよねっ。」
相変わらず、素子さんのおにぎりは大きかった。
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