第53話 漁師の居場所、私の居場所。

 雨の日が続いている。

「うんっ、温かいもんいっぱい作ってやんきゃ。」

 雨が降っても、漁師は海に出る。なんでも、波の少ない雨の日は大漁になる傾向にあるのだそうだ。魚たちも「この雨じゃ人間どもも攻めては来るまい・・・」なんて油断するのかしら?まぁそんな訳だから、雨の中体を冷やして帰ってくる漁師たちのために、すぐに体の温まるものを用意するようにしている。

「まずは、お味噌汁の準備ねぇ・・・。」

 昔の人が言った「根菜は体を温める」というのが事実であるという事を、今の生活の中で実感してきている。この辺りは意外と農家も多く、多種の野菜を栽培しているので、幸い野菜の仕入れに困ることは無い・・・と、鈴木ちゃんが話していた。

「うんうん、ありがたいことです。」

 ザクザクと野菜を刻む音が、朝の『ハマ屋』に響いている。


 港に帰り仕事を終えた漁師たちが、続々と『ハマ屋』にやって来る。

「ヨーコぉ、お湯割りね。」

 入って来るなりお湯割りを頼む漁師は多い。言うには、熱燗より速く体があったまるのだそうだ。こちらとしても、手数が少なく済むので助かると言えば助かる。

「はいよ~。今日はなに、良かったの?」

「あぁ、今日は・・・へへっ、良かったねぇ~。」

 大量の日は機嫌が良い。漁師たちはみんな態度に出る。陽気に呑む日、落ち込む日・・・日々様々だけど、こんなに楽しく過ごしてくれるのなら、雨の日が続くも悪くはない。まぁ、洗濯物は乾かないけど。

「今日はお野菜たっぷりの味噌汁があるわよ~。」

「おぉ、じゃぁそれとご飯ちょうだい。」

「そんだけで良いの?」

「あぁ。ご飯はどんぶりでねぇ。」

「ふふふ、あいよ~。」

 どんぶりにいっぱいのご飯を出してやる。

「はぁ~い、味噌汁にご飯ねぇ。」

「おぉ、ありがと。いや~これで今日一日が報われるってもんだよ~。」

「やだなぁ、そんな大袈裟なもんかい?」

「そりゃそうさ。こうして『腹減った~』って時に暖かいご飯と具沢山な味噌汁出してくれるんだからさぁ・・・なぁ、コレって結構な贅沢だぜぇ。」

「へぇ、そうかねぇ。」

「あぁ、そうさ。ヨーコも海に出てみりゃわかる。」

「ふ~ん・・・じゃぁ、私が海に出たら誰がご飯作るんだい?」

「あ・・・そ、それは困るっ。やっぱり『ハマ屋』に居てくれっ。」

 漁師たちが大きな笑い声をあげた。

「ふふっ、ね。はぁい、誰かお代わりは~?」

 感謝の気持ちを言わなきゃなのは私の方だ。彼らがいてくれるおかげで、日本中の食卓に魚が並ぶわけだからね。


 食事が終わるとの漁師たちは第2ラウンドを始める。

「はぁ~い、刺身盛りと骨の揚げたのねぇ。」

「おぉ、サンキュサンキュ・・・あぁヨーコ、もう一本・・・。」

 と、お銚子を振り振り。

「お代わり?じゃぁ、もうそれで最後ねぇ。」

「え~?今日はまだまだ行くよ~。」

「あら、呑み過ぎは良くないわよ~。」

「いやいやぁ、まだそんなには呑んでないって。なぁ。」

 同席の漁師たちも、皆頷き同意する。

「も~、そうやってると・・・ふふ、また奥さんに怒られるわよ~。」

「え、も、も~。ココでかぁちゃんの名前出さないでよぉ~。」

 奥さんに頭が上がらないのは、どこの家も同じらしい。

「そうでもしないと、今度は私が怒られるのよぉ。『ヨーコちゃん、ウチの人にあんまり呑ませないでぇ』って。」

「も~、かぁちゃん・・・たまには心行くまで吞ませてよ~。」

「ふふ。そうやっていつも玄関先でひっくり返ってるんでしょ?奥さん言ってたわよ~。」

「あ、え・・・も~、ウチのかぁちゃんそんなことまで・・・?」

「へっへっへ・・・。」

 婦人の会のネットワークよ。

「で、どうする?それで締めにする?それとも・・・?」

「あぁも~、分かったよ~。それで締めにするから・・・あれだ、とびきり熱いのにして。」

「ふふふっ、あいよ。」

 こんな漁師たちとのやり取りが、私にとっては本当に掛け替えのないものなんだ。縁もゆかりも無いこの町に出来た、私の居場所なんだから。

「ヨーコぉ、お勘定~。」

「はぁ~い、いつもありがとねぇ。」

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