第51話 二人の晩餐

 日が沈むと『ハマ屋』は閉店。暖簾のれんはもう引っ込めた。

「明音さん、今日は遅いの?」

 店内には鈴木ちゃんひとり。

「いえ、少し遅れる程度だそうです。」

「そう。じゃぁ、もう始めちゃっていいかしら?」

「えぇ、お願いします。」

 明音さんが休日の前の日は、この『ハマ屋』で夕食を取るのが段々と習慣になってきた。

「今日はねぇ、コレがあるのよ。」

 小さな缶を鈴木ちゃんの目の前、カウンターの上に置く。

「え・・・っと、カレー粉、ですか?」

「うん。朝、明音さんがね『今日はこれでお願いします』って置いてったのよ。」

「あら、そうでしたか。」

「ふふっ。だからね、今日はカレー風味で押していくわよ。」

「あ、はい・・・。」

「・・・あれ?カレーは嫌い?」

「いやいや、そんなことは無いですけど・・・。あの・・・明音さんが、わがままを言いまして・・・。」

「ん?ううん、いいのよ。私もね、こうやってリクエストもらえると嬉しいんだから。」

「それなら、良いのですが・・・。」

「うん。それにねぇ鈴木ちゃん・・・。」

「はい?」

「明音さん、鈴木ちゃんが思ってる以上に、この港に馴染んでるわよ。」

「そ、そう・・・なんです、ね。」

「えぇ、もうすっかり。」

「それなら・・・えぇ、良かったです。」

「うん。」


 手を動かしながら、鈴木ちゃんの最近の取り組みについて聞く。

「どうなの?空き家の件、上手いこと行きそうなの?」

「あぁ・・・えぇ。やはり『貸別荘的な使い方』っていうのが、現実的なのかなぁ・・・って、思ってきてるんですよねぇ。」

 この雫港に何件かある空き家を有効活用する方法に、なんとか道筋をつけようと考えをめぐらす日々が続いている。

「やっぱり、そうなるのね。」

「えぇ。少ない元手では、これが現実的かと・・・。」

「そうよねぇ。都会からそんなに遠くなくて、適度な田舎体験ができるって、この辺の良さだからねぇ。」

「えぇ。でも・・・なんか、決め手に欠けるんですよねぇ。」

「決め手?」

「えぇ・・・なんというか、他所よそとの差別化が出来ないというか、しにくいというか・・・。」

「あぁ・・・確かに、ありがちなアイディアっちゃぁアイディアね。」

「えぇ。」

 タチウオをムニエルにする準備。小麦粉にはカレー粉を混ぜる。

「そう言えばさぁ、源ちゃんが『釣り船をやりたい』みたいなこと言ってたけど・・・。」

「あぁ、言ってましたねぇ・・・『アンタには無理ってヨーコに言われた』って言ってましたけど。」

「はははっ。そこまでハッキリとは・・・ははっ、言ったかも。」

「ふふふっ。結構、落ち込んでましたよ。」

「ふふっ、源ちゃんは詰めが甘いのよ・・・あぁ、でもさぁ、そういうのを組み合わせてみたらどうなの?ほら、『海の真ん中で夜空を見よう』とかとさぁ。」

「えぇ・・・なので、今後はそういう可能性を探ってみるつもりです。」

「うん・・・。あぁ、明音さん、おかえりなさい。」

 そこへ、明音さんが帰ってきた。

「はぁ、ただいま戻りましたぁ。」

 手にはケーキ屋さんの箱を持っている。

「あれ?今日は、なんかの記念日?」

「あ、いえいえ、普通の日ですよ。デザートにイイかなぁと思って、買ってきてみたんです。あぁ、もちろんヨーコさんの分もありますよ。」

「あらぁ、なんだか悪いわねぇ。」

「いえ、いつもお弁当作ってもらっているので。」

「ふふっ、毎日コツコツ作った甲斐があったわ・・・あ、じゃぁ冷蔵庫に入れとくわね。」

 鈴木ちゃんの隣に、ちょこんと座る明音さん。

「さぁて、じゃあ・・・始めますかっ。」

「はいっ。」

「お願いします。」


 お刺身には、冷酒を合わせて。

「その白身の方はさぁ、こっちのカレー塩を付けてみてくれる?きっと合うと思うんだ。」

 白身魚を使ったカレーがあるんだから刺身でも合うだろう・・・という安直な考え。

「わぁ、早速カレー風味ですね。」

「なるほど・・・いただきます。」

 相変わらず箸捌きが美しい明音さん。

「ふんふん・・・なるほどぉ、こうなるんですねぇ・・・ぅん。ふふっ、美味しいです。」

「ふふっ、良かった。鈴木ちゃんは?」

「えぇ。食べ慣れた魚が急にエスニックな感じになって・・・なんだか、新たな一面を感じています。」

「ね、案外いけるでしょ?」

「はい。」

「ふふ~ん。じゃぁ次は、タチウオのムニエル行くわよ~。」

 フライパンの上に乗せると、一気にカレーの匂いが広がった。

「うわぁっ、こちらもカレー風味ですね。」

「えぇ、今日はカレーで押していくわよぉ。」

「ふふふ、はいっ。」

 両面カリッと焼けたら出来上がり。

「はぁい、お待たせ~。」

「わぁ~、いい香り~。」

「ちょっと骨がうるさいから、気を付けて食べてねぇ。」

「あ、はい。」

 箸を入れると、パリッと良い音。

「このタチウオもねぇ、港で寂しくしてたのよ。」

「寂しく・・・?」

「そう。しっぽの方が少し切れててね・・・まぁこういうのは仕方ないと思うんだけど・・・でね、それだから見栄えが悪いってはじかれてたのよ。」

「へぇ、そうなんですねぇ。」

「そう。でもさぁ、そんな理由で市場しじょうからはじかれるっておかしいと思わない?しっぽが無いだけよ?そもそもしっぽのとこなんて食べないのに・・・ねぇ。」

「えぇ、こんなに美味しいのに。」

「ふふっ、ね。港で見てるとさぁ、そういうの結構見るのよねぇ。鱗が少し剥げてるだけで値段がつかないヤツとかさぁ、そりゃ多少鮮度なんかには影響するのかもしれないけど・・・ねぇ。鈴木ちゃん、ああいうのってなんとかなんないの?」

「え・・・えぇ、僕もねぇ、なんとかそういうものに、ちゃんとした値段がつくようにしていきたいんですけどねぇ・・・大きい市場いちばに持っていくと、結局買い叩かれてしまってねぇ・・・。」

「う~ん・・・そうなのねぇ。」

「ふふふっ。なら、私が美味しくいただきますっ。」

「ははっ、そうねっ。せめてみんなで美味しく食べてあげないとねっ。」

「ふふ、そうですね。」

「はいっ。じゃぁヨーコさん、お次は?」

「あぁ、はいはい。じゃぁ次はねぇ・・・。」

 カレーの香りが、食欲を大いに刺激する。


「ふふふ。それにしても、贅沢ですねぇ。」

 と、急に明音さん。

「え?」

「えぇ。だって、こうやってヨーコさんの手料理を独り占めできるんですもの。」

「へ?」

「あの・・・二人、ですけど・・・。」

 そう、鈴木ちゃんと二人。

「あっ、も、もちろんそうなんですけど・・・あの、私たちだけの為に、こうやってヨーコさんがお料理作ってくれるって・・・こんな贅沢な事しても良いのかなぁって・・・。」

「あら、私は嬉しいわよ。こうやって二人をおもてなしできるの。まぁ、もっと立派な料理を作れたらもっと良かったんだけどねぇ。」

「いえいえ、そんなことは・・・どれも、とても美味しいです。私が男ならヨーコさんをお嫁さんにしたいくらいですっ。」

「はははっ、もう。嬉しいこと言ってくれるんだから。」

「あ、明音さん、少し呑み過ぎでは・・・?」

「ん~?私は酔ってませんよぉ~。」

 少しお酒のまわった明音さん。ほんのり赤くて、可愛い。

「そ、そろそろ・・・締めにしますか、ね。」

「え、えぇ、そうしてください。」


 二人の晩餐(?)を終えて、明音さんのお土産のデザートをいただいている。ケーキだと思っていた箱の中身は、季節のフルーツたっぷりのゼリーだった。

「ん~っ、美味しいっ。」

 きっと良い値段するんだろなぁ・・・なんてつい考えしまう自分が、少し寂しい。それにしても・・・。

「う~ん、すっかりカレー屋さんの匂いになっちゃったわねぇ・・・寝る前にしっかり換気しなきゃ。」

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