第50話 晴れた休日
今日は休日。
「ん~っ!さすが鈴木ちゃんの天気はよく当たるわねぇ。」
雲ひとつ無い快晴。
「よ~し、やるかぁ・・・。」
鈴木ちゃんの天気予報を聞いて、この日は朝から釣りと決めていた。
「へっへっへっ。さぁ、初陣よ。」
棟梁に新しく作ってもらった疑似餌。「小エビに似たヤツを・・・」とお願いしていたヤツ。これで今までとは違ったヤツが釣れてくれるはずだ。
「あ、帽子・・・う~ん、一応持ってくか。」
堤防の突端で糸を垂れる。それにしても朝の港は気持ち良い。
「エビの動きって・・・こんな感じ、かしらね。」
竿を動かし、疑似餌に動きを付ける。こういうやり方に、重たい竿は向かない。
「はぁ、源ちゃんのお下がりじゃ・・・難しいわね。」
もっと軽い竿が欲しいわ。
「・・・うん、まぁ一投目はこんなもんね。」
いきなり釣れるほど甘くは無い。
「もうちょっと、奥かしらね・・・よっと。」
太く重い竿に、小さな疑似餌。やはり妙なバランスだ。棟梁に言ったら、竿も作ってくれるかしら。
「ふふっ、『ウチは釣具屋じゃねぇ』とか言われそうね・・・よっと。」
放った重りと疑似餌が、朝の静かな海にポチャンと落ちる。
「小エビの動き、小エビの動き・・・。」
懸命に竿を動かすと・・・。
「あっ、いま、なんか当たった。よしっ、もうちょい、もうちょい・・・ん~ダメかぁ。」
反応はあったが、掛かってはくれなかった。
「く~っ。よし、あの辺ね。もういっちょ~・・・っと。」
反応があった辺りに放り込むと、再び同じような反応があった。
「よ~し、そうよ・・・そのまま食ってちょうだいぃ・・・。」
竿先をピクピクと動かし、食いつくのを待つ。
「よしっ!」
グッと強い引きに合わせて竿を引くと、一気に竿が重くなった。
「食った・・・っ。」
掛かってしまえばこっちのもん。
「よ~し、よ~し、よ~し、逃げちゃダメよ~・・・。」
慎重に、且つ素早くリールを巻き、勢いよく引き抜く。
「お~、へへ~ん。ゲットだぜぇ。」
目玉のギョロっとしたこの顔つきは・・・。
「ん、メバル・・・かしら?へ~、この辺でも釣れるのねぇ。」
煮ても焼いても、刺身でも美味い・・・はず。
「ふふふ、うんっ。立派なおかず。よ~し・・・。」
もう一匹・・・といきたいところだけど、一人で食べるにはもうこれで十分だ。
「そうね、乱獲はいけないわね。」
私ひとり頑張ったところで影響は無いんだろうけど、食べきれないほど釣るのはお行儀悪いからね。
『ハマ屋』の前まで戻ってきて、ひとつ思い出した。
「あ、お布団干そうと思ってたんだわ。」
獲物を台所に置き、良く手を洗ってから二階に上がる。日が当たるうちに干しておけば、今日の夜はフカフカのお布団で眠れる。
「うんっ、これで良し・・・っと。」
このサイズの魚を
「よ~し、じゃぁ半分はお刺身にして、もう半分は・・・。」
揚げようかとも思ったけど、この少量を揚げるために油を用意するのはもったいない気がして・・・。
「うん・・・そうね、煮付けにしちゃいましょ。」
下ごしらえを済ませたら、一旦冷蔵庫に入れる。
「よしっ、その前にもう一仕事っと。」
この晴天は大掃除にもってこい。とは言っても、そんなに大規模にやるわけでなく、普段やり逃しているところを集中的にやるつもり。
「ふぅん、案外帽子って役に立つものね。」
逆向きにかぶると、上手い具合に髪をまとめてくれる。
「さぁて、やるか。」
まずは神棚から。
「よいしょ、っと。ちょっとの間、失礼しますよ~。」
神社のお札と写真を降ろす。おやっさんと奥さんの写真。
「うん、相変わらず良い表情してるわね・・・ふふっ『ヨーコさん』も。」
隅々までキレイにし、お札や写真を元の位置に戻す。
「はい、では・・・これからも変わらず、みんなのことを見ていてください。」
いつもより長く手を合わす。
「・・・ねっ。」
カウンターの隅やテーブルの端、椅子の背もたれなど普段
「あらぁ、結構汚れてるもんねぇ・・・う~ん、もうちょっと、マメにやんなきゃ。」
店内一通りキレイにし終えて、一息つく。
「ふぅ・・・と。あ・・・換気扇・・・・。」
ここにも日頃の汚れが。
「もう、しょうがないなぁ。」
気付いてしまったからには、やってしまいたい。カバーと羽根を外し、洗剤を入れたバケツに突っ込む。
「むぅ、こっちを先にやるべきだったわねぇ。」
カバーと羽根を浸けてるうちに、本体の方を洗う。
「よいしょ・・・っと、ん?あら、この洗剤よく落ちるわねぇ。」
業務用の威力に感激。
「家庭用に売ってるやつも、こんだけ落ちてくれると、もっと楽だったんだけどねぇ・・・っと。ふぅ。」
カバーと羽根もキレイにし、よくすすいでから元通りにする。
「これで良し・・・っと、はいっ。明日からもよろしくね、っと。」
店内を見渡し、ちょっとした自己満足。
「ふふっ。よしっ、一休み一休みっと。」
店の前の堤防に腰掛け、大きな空を見ている。
「う~んっ、何が良いって天気が良い。」
遮るものの何もない大空を、まるで独り占めしているみたいだ。
「考えてみれば・・・贅沢よねぇ。」
そこへ、
「ミャ~お・・・。」
猫の幸一がすり寄ってきた。
「あらぁ幸一・・・ん、なに?」
「ミャ~お。」
「ん・・・あ、今日ご飯まだだったわね。」
「ミャ~おっ。」
「あ~、ごめんごめん。もうちょっとしたら頭と骨が出るからね。」
「・・・ミャ~お。」
「ん?早くしろって?」
「ミャ~お。」
「んも~、分かったわよぉ。その代わり、私のご飯が先ですからね。」
「ミャ~お。」
「はいはいはい、ご飯にしますよ~。」
お昼ご飯には良い時間、かな。
「さぁて、じゃまずは・・・頭と骨で出汁をとって・・・っと。」
これは味噌汁にする。あとは煮付けと刺身の準備。
「う~ん、思ったより豪勢な感じになったわね。」
醤油とみりん、お酒も少し入れて濃いめの味付け。
「ん・・・少しは野菜も食べなさい。」
野菜多めの味噌汁にしよう。見ると、頭と骨で良い具合の出汁が取れている。
「お~、立派立派。」
そこらにある野菜を適当に切り、鍋に入れる。煮ている隙に刺身を切る。我ながら良い手際。
「ミャ~お。」
幸一がこちらを覗きこんでいる。
「はいはい、アンタのご飯もすぐできますよ。」
刺身、煮付け、味噌汁・・・。
「ふふふっ、立派な定食じゃない。ねぇ。良いとこ行ったら二千円は取れるわよ。」
海の恵みに感謝して。
「はい、いただきます。」
「ミャ~お。」
「ダ~メ、私が先。」
頭と骨が冷めるのを、待つ時間。
フガフガ言いながら、頭と骨にかぶりつく幸一。
「も~、そんなに焦って食べなくても、誰も取らないって。ふふっ、もう可愛いんだからぁ。」
見上げれば、変わらぬ青空。
「さぁて、午後はゆっくりしますかねぇ。」
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