第49話 棟梁の息子

「ん~・・・ん、このくらい焼ければいいかなっと。あちっ。」

 港に行くと「大きさや数が揃わないから」という理由で、行き場を失っている魚に出会えたりする。今日はそこに小振りのスズキを見つけた。小振りではあるが、一人で食べるには持て余す大きさだ。コイツで「あの料理」を作ってみようと思った。

「え~っと?焼いたらほぐして・・・っと、お味噌と薬味ね。え~っと、ネギと・・・ショウガで、いいかな。」

 焼いたスズキを丁寧にほぐし、潰していく。そこに味噌と薬味を入れて、出汁でのばしていく。

「あれ?お味噌入れたら、もう一回焼くんだっけ?ん~・・・まぁ、いいか。」

 結果美味しければそれでいいや・・・なんて、横着な事を・・・。

「ふふ・・・そうよ、美味しければいいのよ。」

 そこに棟梁がやって来た。

「よいしょっ、ただいまぁ~。」

「あら、棟梁。今日は早いのねぇ。」

「あぁ、大工には『待つのも仕事』な日があんのよ。」

「へぇ、そうなの?あ、じゃぁ、いつもの感じでいい?」

「あぁ、お願い・・・あ~、今日はやっこさんで頼むよ。」

「はぁ~い。」

 熱めの熱燗に一品加えるのが、棟梁のいつものスタイル。定位置に腰を下ろすと、私の手元が気になった様子。

「あれぇ、今日は何作ってんの?」

「あぁ、これ?これねぇ・・・ふふっ、分かんないの。」

「は?分かんないって・・・。」

「はははっ。これねぇ、なんて呼んだらいいか分かんない料理なのよ。」

「へぇ、創作料理かい?」

「いやいや、そうじゃくて。これねぇ・・・白身の魚をね・・・今日はスズキだけど、じっくり焼いてよ~く潰して、それにお味噌と薬味を加えてね。で、出汁でのばしたものなんだけど・・・。」

「うんうん。」

「こういう料理ってね、日本中至る所にあるのよ。ご飯にかけたりしてね。」

「うん。」

「でね。これがそれぞれその土地土地で、みんな違う名前で呼ばれてたりするもんだから・・・ふふっ、もうなんて呼んだらいいのか分からないの。」

「へぇ、そいつぁ困ったねぇ。」

「ふふっ。まぁ、きっとこの辺での呼び方もあるだろうから、あとで素子さんにでも訊いてみる。」

「あぁ、そうだね。」

「で、どう?シメの一杯に。」

「あぁ、いいねぇ。でも、その前に・・・。」

「あ~はいはい、分かってますよ。」


 熱めの熱燗が、良い加減。

「はぁ~い、お待たせ~。あと、はいっ奴さんね。」

「おぉ、待ってましたぁ。」

 嬉しそうに受け取る姿は、まるで少年。

「ねぇ、そういえば。棟梁の息子さんって、いま宮大工の修行してるんですよねぇ。」

「あ?あぁ。もう、5年くらいになるかなぁ。奈良の方に行きっぱなし。」

「へぇ・・・あぁ、それでね。こないだ素子さんとそんな話になって・・・なんでも息子さん、棟梁にそっくりなんですって?」

「ははっ。あぁ、アイツ子供の頃からずっと言われてるんよ。」

「ふふ、それでねぇ。そんなに似てるんなら会ってみたいなぁ・・・なんて話になってね。ほら、同じ顔が二つ並んで真っ赤になってるのって・・・ねぇ、見てみたいじゃない?」

「はい?じゃぁなにかい?ここに親子で並んで酔っぱらってる姿を見てみたいってかい?」

「はははっ。えぇ、もう見分けつかなくなるんじゃないか・・・なんて考えたら可笑しくなってきちゃって、是非見たいなぁなんて、ねぇ。ふふふっ。」

「も~、ヨーコちゃんも趣味が悪いなぁ。」

「ふふっ、ごめんごめん。」

「ん~・・・まぁ、でも・・・いずれは、戻ってくるつもりでいるみたいだから・・・そいつを見られる日も、あるんじゃないかなぁ。」

 今日も手酌でチビチビと。

「ふふ・・・あぁ、戻ってくるつもりなんですね。」

「あぁ・・・そのつもりで、いるみたいよ。」

「ふ~ん・・・でも、棟梁?戻ってくるつもりなら、わざわざ修行に出さなくても・・・ねぇ、棟梁のもとでも充分勉強できただろうに。」

「あぁいやぁ・・・そいつぁ無理だなぁ。」

「え?やっぱり、親子だとやりにくい?」

「まぁ、それもあるけど・・・それじゃアイツの修行にはなんねぇからさぁ。」

「ん?棟梁だって、腕は一流なんでしょ?」

「あ、まぁ・・・それは・・・まぁ・・・ねぇ。でもアイツは、子供の頃から本当に器用だったからね。」

「へぇ、棟梁より?」

「あぁ。少なくとも、俺の子供の頃よりは、ね。」

 冷奴をキレイに4つに切って、そのうちの一つを口に運ぶ。

「中学校の頃、だったかな・・・夏休みの宿題ってあったでしょ?アレでアイツ、シャチホコ彫ってったんだよ。」

「シャチホコ?お城の上に乗ってる、アレ?」

「そうそうそう。それもアイツ、4月頃から材料の準備して資料集めて・・・ビックリするくらい立派なの作ってさぁ。だから・・・てっきり、木彫とかのさぁ、ああいう彫刻の方に行くもんだと思ってたけど・・・ぅん。高校入ってから、しばらくして『大工になりたいから親父のところで修行させてくれ』なんて、言い出してさぁ・・・。」

「あら、良かったじゃない。世の中じゃぁ『親父オヤジのようにはなりたくない』なんて方が一般的なのに。」

「あぁ、まぁ・・・そうなんだけどさぁ。こっちは、あのシャチホコ見せられちゃってるから・・・なんか『俺の手には余るなぁ』なんて思ってさぁ・・・んで、伝手つてを頼って今んところを紹介してもらってさぁ・・・。」

「へぇ~、それで宮大工ねぇ。」

「あぁ・・・宮大工ってのは、日本の大工の技術がみんな詰まってるんだ。だからそいつが習得できれば、木造の建築物は何でも作れるようになる・・・んで、それにアイツの器用さが加われば、本当に『立派な大工』になれると・・・思ったん、だな。へへっ。」

 息子の未来を思ってか、少し照れくさそうに笑った。

「ふふっ、なら・・・なおさら楽しみねっ。」

「え?」

「えぇ。ここに同じ顔が二つ並ぶの。」

「あ・・・もぉ、ヨーコちゃんも趣味が悪いなぁ。」

「はははっ、だって・・・想像したら、可笑しいんですもの。」

「も~・・・はぁい、もう一本。」

 いつの間にやらからになったお銚子を、棟梁は振ってみせた。

「あ~はいはい、もう一本ねぇ。」


 結局「あの料理」の名前は分からず、美味しいけど名前の分からない料理・・・という宙ぶらりんな状態になってしまっている。

「う~ん・・・さすがに『権兵衛さん』じゃ、かわいそうよね・・・。」

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