第44話 美冴ちゃんの推し

「ヨーコさぁん、いっちゃったよ~・・・。」

 美冴ちゃんが入って来るなり、ボヤいている。

「ん?・・・どうしたの?」

「そりゃぁさぁ、一昨年あたりから噂されてたから・・・まぁ、覚悟ができてないじゃないけどぉ・・・。」

「だから、どうしたのよ。」

「う~ん・・・っ。」

 もどかしいような、腹立たしいような。そんな表情でカウンターに座る。

「美冴ちゃん・・・?」

「はぁ・・・いっちゃったのよ、ウチのエースがメジャーに行っちゃったのよぉ。」

「エース・・・?メジャー・・・あぁ。」

 美冴ちゃんの贔屓の野球チームのエースピッチャーが、今年からメジャーリーグでプレーすることになった・・・という話のようだ。

「いいんじゃない?より強い高いレベルで勝負できるんなら、そっちの方がさぁ。」

 お茶を出す。今日はほうじ茶。

「う~ん、それはそうなんだけどぉ・・・じゃぁウチは今年どうやって戦えばいいのよぉ。やっと立派なエースに育って今年は15勝間違いなしって、彼を柱に今年こそ優勝だぁって盛り上がってたところなのにさぁ・・・もぉ~。」

「ふふ、他の選手がその分頑張れば良いんじゃない?伸び盛りの若手とか、いるんでしょ?」

「う~ん、それがねぇ・・・。」

「・・・いないの?」

「いや~・・・ん~、いなくは無いんだけど・・・去年の働きとか考えると、ねぇ。」

「望みうすなの?」

「・・・うん。」

 勢いよくお茶をすする美冴ちゃん。

「そりゃぁねぇ、メジャーでプレイしたい気持ちも分かるし、ファンとしてはそれを応援したいけど・・・それに彼だってこないだうち『ここでプレーし続ける』ってチーム愛を語っていたのに・・・それなのにさぁ。」

「ふふっ。それなら、きっとすぐに帰ってきてくれるわよ。」

「ん~っ!それはそれで困るもんっ。行ったからには3年・・・ん~、5年は活躍してきてくれないと~。わざわざウチのエースが行くんだからぁ。」

「あ・・・あら、そうなの、ね。」

 乙女心は複雑ねぇ。

「それなら、尚更応援してあげないとね。」

「そうだけどぉ・・・。」

 ズズズ・・・と、またお茶をすする。

「私は、野球のことは詳しくないけどさぁ。ねぇ、若い子達が成長していくのを見届けるってのも、ファンの楽しみなんじゃないの?」

「う~ん、ホントはそうなんだけど・・・。」

「ホントは?」

「うん。ねぇ、ヨーコさん知ってる?ウチのチーム、弱いんだよ。」

 まぁ、随分ハッキリと。

「そ・・・そう、なの?」

「うんっ。だからね。あんなに良いピッチャーは、そう簡単には出てこないの。」

「そう、なのね・・・。」

「だからさぁ~、彼に行かれるとこまるのよぉ~。」

 カウンターを両手で擦りながら、渾身の嘆き節。

「ふふふっ。彼は、幸せ者ね。」

「・・・へ?」

「ねぇ。だって、こんなに応援してくれる人がいるんですもの。」

「ぅあ~・・・う~ん・・・。」

 少し、照れてる?

「・・・あっ、ねぇ。ヨーコさんは何か無いの?応援してるの。」

 照れ隠しに話題を変えたな。

「そうね~。私は、スポーツはあんまり・・・。」

「へ~・・・じゃぁ、スポーツ以外は?」

「ん~・・・応援、ねぇ・・・。」

 思い当たる節があるとすれば・・・。

「ふふっ。今は真輝ちゃんのこと・・・かしらねぇ。」

「あ~、その件ねぇ・・・私も早くはっきりしてほしいわ~。」

 源ちゃんに思いを寄せる真輝ちゃんの件。

「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ。なんで気付かないのかしら。」

「男の人って、そういう・・・鈍感なとこあるわよねぇ。」

「ぅん・・・に、しても鈍感すぎじゃない?我が兄としては、心配なのよ。」

 幼馴染と兄に挟まれた、この悩み。

「ふふ、でも・・・それが源ちゃんの良さでもあるんじゃない?」

「えぇ?そうかなぁ?」

「えぇ。そういう鈍感さって・・・ほら、坊主で帰ってもケロっとしてたりさ。」

「あぁ、そうかぁ・・・鈍感さにも良さはあるのかぁ・・・。」

 フゥとため息をついて、お茶を飲みほした。

「お代わり?」

「あ、うん。お願いします。」

 湯飲みが新しい湯気を上げる。

「このまま言わないつもりなのかなぁ・・・真輝ちゃん。」

「え?そんなことは無いはずよ。」

「そうよねぇ・・・はぁ。」

「ふふふっ。」

「・・・ん?」

「こっちも応援のし甲斐があるわね。」

「あ・・・ん~・・・っもう~、だからウチは今年どうやって戦えばいいのよぉ~・・・。」

 あら、話が戻ってしまった。

「ふふっ、お茶よりお酒が良かったかしら?」

「ん?ううん、お茶でいい・・・今呑むとになっちゃうから。」

 酒の「呑み方」はきっちり教わっている美冴ちゃん。

「ん?ふふっ、それもそうね。」

「うん。・・・あぁ~っ、それにしてもなんでウチはドラフトで即戦力を取らなかったのかしらっ。」


 こうして、美冴ちゃんの嘆きは日没までダラダラと続いたのでした。

「せめて打線がもっとさぁ・・・。」

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