第45話 煮るなり焼くなり
「はぁ、
貝を剝いている。ホンビノスガイ。
「も~、今度やるときは剝き身にしてもらおう・・・ん~っ、今度があればの話だけどっ・・・と。」
慣れない作業は余計に時間がかかる。
発端は昨日のこと。
「ヨーコさん、『佃煮』って作れます?」
と、鈴木ちゃん。
「佃煮?ん~・・・まぁ、作れなくは無いと思うけど・・・。」
「あぁ良かった~。では、明日ホンビノスガイが5キロ届きますので、よろしくお願いします。」
そう言うと、
「え?鈴木ちゃんっ?ちょっと~?」
サッと行ってしまった。
「・・・え?ホンビノスガイが、5キロ・・・?」
そいつはお昼前、発泡スチロールの箱にギッチリ詰まってやって来た。
「それにしても、同じ東京湾の仲間とはいえ・・・よその港で上がったものを扱うのって、気が引けるのよね・・・っと、ふう。も~、この辺にしとこう。」
10個ほどを残して剝く作業をやめた。
「あとは、このまま焼いてやるからいいわ。」
剝き身になったホンビノスガイを、水で洗ってから鍋に入れる。
「えっと、醤油とみりんと・・・ん?お砂糖で、いいかしらね。」
本当はザラメが良いんだろうけど・・・なんて思いながら佃煮の大まかなレシピを振り返っている。
「うん・・・うん、なんとかなるわよ。」
お鍋からいい匂いがしてきた頃に、フミさんが文字通りお茶を飲みにやって来た。
「なに、なになに?いい匂いさせちゃってアンタどうしちゃったの?」
「あぁ、フミさん。ふふっ、なかなかの大仕事になっちゃいました。」
「佃煮?」
「えぇ、そうなんですよ。鈴木ちゃんがホンビノスガイを取り寄せてきて『作って』って言うもんだから・・・。」
「あらあら、鈴木ちゃんも人使いが荒いわねぇ。」
「ふふふっ、ホントですよ。昨日の今日ですからね。」
「はははっ、じゃぁ特別手当もらわなきゃ。」
「えぇ、しっかり請求してやるわ。・・・あぁ、少し味見てもらえます?」
下町生まれのフミさんにとっては、佃煮は地元の味みたいなもの。
「え、いいの?ふっふっふ、良いタイミングで来たわ。」
小皿にひとつ取り、フミさんの前に出す。見るからに「まだ早い」感じがする。
「どれどれ・・・ん・・・ふん・・・うんうん、うん。まだ若い感じするけど、良い塩梅よ。」
「あぁ、それなら良かったぁ。」
もう少し煮詰めたら火は止めてしまおう。あまり煮過ぎると硬くなりそうだし。
「ふふっ。ヨーコちゃんアンタなんでも美味しく作るわねぇ。」
「え?あ、も、も~やめてくださいよぉ。褒めても何も出ませんよ~。」
「も~照れちゃってぇ、可愛いんだから~。」
「もう、フミさん・・・。」
そりゃ、照れますよって。
「そ、そうだ、ねぇフミさん。こっちの殻付きの焼きますけど、いかがです?」
「あら、いいわねぇ。」
「ついでに一本、付けます?」
「はははっ、さすがにアンタまだ早いわよ~。」
「ふふふっ、それもそうですね。」
結局二人で6つも食べた。
鍋の中で佃煮が良い照り具合を見せている。
「それにしても鈴木ちゃん、なんで急に『佃煮』なんて言い出したのかしらねぇ。」
「えぇ。私もそれを聞きたかったんですけど・・・訊く間もなくサッと行ってしまったのでねぇ・・・。まぁ、おかげで当分付け合わせには困らないけど。」
「あら、それならそれでもいいじゃない。」
「そうですけど・・・ん~、どうせならココで上がったもので作りたかったなぁ、なんてねぇ。」
「あ~、それもそうねぇ。」
日が傾き出し、そろそろ漁師たちの晩酌の時間。
「ありゃ、もうこんな時間。んじゃ私そろそろ戻るわ、晩御飯作んなきゃだし。」
「あぁ、じゃぁ、ちょっと持ってきます?」
「いいの?悪いわねぇ。」
小鉢に入れてあげる。
「ふふ~ん、おかずひとつ得しちゃったぁ。んじゃぁ、ヨーコちゃん。またねぇ。」
「はい、またぁ。」
5分と置かず鈴木ちゃんがやって来た。
「そこでフミさんに会って・・・えぇ、美味しいの出来たんですって?」
「もぉ、鈴木ちゃん。大変だったんだからねぇ。」
小皿で出してやると、
「おぉ~、いい具合ですねぇ・・・。」
ひとしきり眺めてから口に運んだ。
「ん・・・ぅん・・・ん~、はぁ。うん、やっぱりヨーコさんにお願いしてよかったぁ。」
どうやらお気に召した様子。
「で、鈴木ちゃん。なんで『佃煮』なの?」
「・・・ぅん?」
「ぃや、だから・・・なんで急に『佃煮作って』なんて言い出したの?」
「あ・・・あぁ、それはですねぇ・・・うん。やっぱり僕は、この雫港には『名物』が必要だと思うんです。」
「う・・・うん。私も、それは必要だと思うけど・・・。でも、なんで『佃煮』?なんで『ホンビノスガイ』?」
「それは・・・あの・・・東京湾で獲れるもので、なにか美味しいもの作れないかなぁって・・・。ホンビノスガイって近年獲れるようになったものですし、伝統的なモノとの組み合わせならまだ出回ってないんじゃないか・・・なんて思って。」
「まぁ、確かに『ホンビノスガイの佃煮』ってあまり聞かないけど・・・それって雫港の名物になる?よその港に上がったものよ?」
「そうですけど・・・。」
しょげた顔の鈴木ちゃんを明音さんに見せるのは、なんか・・・申し訳ないのよね。個人的には見ていたいけど。
「もう、分かったわよ。鈴木ちゃんがそう言うなら作るけど・・・これが『雫港の名物』になるかどうかは、もっとちゃんと考えること。いい?」
「はい・・・。」
「それと・・・今度取り寄せる時は『剝き身』にしてもらってちょうだい。この量剝くの大変なのよ。」
「あ・・・はい。」
「うん。じゃぁ、はい、この話はコレでおしまいっ。ねぇ、これ焼いても美味しいんだけど、食べる?」
「え、はい。いただきます。」
「うん。じゃぁ、明音さんが帰ってきたら二人でいらっしゃい。」
「あ、はいっ。」
はぁ、私もなんだかんだ人が良いなぁ。
この「ホンビノスガイの佃煮」が雫港の名物になるかはまだ未知数だけど、有難いことに(と言うべきなのか?)評判になってしまったので、定期的に作ることになった。
「も~っ。だから『剝き身にして』って言ったのに~っ。」
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