第34話 お墓参りと白いお饅頭

 バスに揺られ、電車に揺られ。今日はお墓参り。

 以前は母の月命日に必ず来ていたけど、父が亡くなり雫港に移ってからは、すっかりご無沙汰になることが多くなってしまっていた。


 今日は『ハマ屋』が休みの日。


「和尚さぁん、こんにちは~。」

「あぁ小川さん、いらっしゃい。今日は良かったねぇ、天気がよくて。」

「えぇ、気持ちいいお天気ですね。」

 ここの和尚さんとは、母が亡くなってからの付き合いだから、もう三十年以上になる。何かあるたびに親身になって相談に乗ってくれ、その度に的確なアドバイスで私たち父子を助けてくれた。あまりに親しくしているので、小さかった私は一時期、本当の親族だと思っていた。

「はぁい、和尚さんお土産~。」

 近くの港の干物を少し。残念ながら、雫港のものではない。

「まぁ、いつもありがとうねぇ。」

「いえいえ。どうです、お変わりありませんか?」

「えぇ、全くもって元気元気。」

 竹ぼうきを片手に『力こぶ』を作って見せる和尚。

「ふふっ、それなら良かった。」

「そちらはどうです、港の暮らしは?」

「えぇ、みんなでワイワイガヤガヤ仲良くやってます。」

「うん、それなら良かったぁ。」


「あらぁ、だいぶ雑草が伸びてるわねぇ。」

 お墓の周りの草むしりをして、キレイにしてからお花とお線香を供える。

「お父さぁん、お母さんと仲良くやってる?ねぇ『アナタしばらく見ないうちに随分と老けたわねぇ』なんて言われてない?」

 独り言が多いのは、どうやら子供の頃かららしい。

「ねぇ、夫婦で仲良く暮らしてよぉ。喧嘩したからって下りて来られても、私なにもしてあげられないからねぇ。」

 手を合わせながら言う台詞では無い気がするな。

「ふふっ、じゃぁまた来るね。」


 和尚が淹れたお茶をいただき、しばらく世間話などを楽しんでからお寺をあとにする。

「それじゃぁ和尚さん、また来ますね。」

「えぇえぇ、いつでもいらっしゃい。」

「はい。・・・あ、わたしお見合い話なんか持ってこられても困りますからねっ。」

「はいはい、分かった分かったぁ。」

「ふふっ、ではまた。」


 『ハマ屋』に戻ると、店先で美冴ちゃんがネコの幸一に遊んでもらっていた。

「あっ、ヨーコさんおかえりなさ~い。」

「ふふふっ、ただいま美冴ちゃん。」

「ミャ~お。」

「はぁい幸一も、ただいま。」

 足下にスリスリといつもの愛情表現。

「あぁ、はいはい分かったよぉ。」

 朝にやったアジの頭だけでは不満だったかしら。

「ねぇ、ヨーコさん。それって、いつもの・・・?」

 手提げの紙袋が気になった様子。

「えぇ、いつものよ。」

「やったぁ、『うまいうますぎる』ぅ~。」

 以前お土産で買ってきて以来、いたく気に入ってしまった美冴ちゃん。

「ふふっ、美冴ちゃん本当にこれ好きねぇ。」

「だってぇ、ホントに『うますぎる』んだもん。」

「ふふ、じゃぁお茶でも淹れましょうかねぇ。」

「やったぁ、むふふっ。」


「ヨーコさん・・・。もうひとつ、いい?」

 ひとつでは満足できない様子。

「ダ~メ。みんなの分もあるんだから。」

「えぇ~。・・・食べちゃえば分かんないかなぁ、とか・・・。」

「ダ~メっ、ひとりひとつよ。」

「はぁ~ぃ・・・。」

 包み紙を見つめながらお茶をすする美冴ちゃん。

「ふふっ・・・もう。じゃぁ今度は多めに買ってきてあげるわね。だからそれまでお預け。」

「はぁ~い。」

 名残惜しそうに、わざと大きな音を立ててお茶をひとすすり。

「もぉ・・・ふふふっ。」

 私に妹がいたらこんな感じだったのかなぁ・・・なんて、勝手な想像をめぐらしてみたり。

「あっ、いたいた。」

 と、真輝ちゃんが入ってきた。

「ねぇ、ヨーコさ・・・あれ美冴ちゃん、ご機嫌斜め?」

「だってぇ、ヨーコさんが『ひとつしか食べちゃダメ』って言うんだもん。」

「あ、あのいつもの白いお饅頭ですか?」

「えぇ、『ひとりひとつよ』って言ったら・・・。」

「ははっ、美冴ちゃん大好きだもんねぇ。」

「うぅ~・・・。」

 大袈裟にいじけたふりをして見せている。

「なら、私の分も食べていいわよ。」

「えっ、いいの?」

「ダ~メ。ダメよ真輝ちゃん、甘やかしちゃダメ。」

「むぅぃ~・・・。」

「ふふふっ、じゃぁそんな美冴ちゃんにもコレ食べてみてもらおうかな~。」

「あぁ、そういえば真輝ちゃん何持ってきたの?」

「おからのクッキーをね、また焼いてみたんで、ヨーコさんに味見てもらおうと思ってね。」

「あらぁ、いいじゃない。」

「えぇ、前のよりしっとりとした食感になってると思うんだけど、どうかなぁって。ねぇだから、美冴ちゃんも食べてみて。」

「うん。あ、じゃぁお茶いれるね。」

 すっかり笑顔の美冴ちゃん。こういう「色気より食い気」な所も、やっぱりカワイイ。

「今回はねぇ、事前におからを丁寧にすりつぶして・・・うん、滑らかにしてからやってみたんで、『口溶けの良さ』みたいなのが出てると思うんだけど・・・。」

 四角い形のクッキー。見た感じは前回と変わらない。

「では早速・・・実食っ。ふふっ。」

 ひと口サイズなのがありがたい。

「ぅん・・・ふんふん。」

 確かにしっとり感が出ているし、口溶けの良さもある。何より、あとからやって来る大豆の香りがとても良い。

「真輝ちゃん・・・うん、すごく美味しいっ。前のも良かったけど、またぐっと良くなってる。」

「ホントっ!?よかったぁ~。」

「じゃ、私もいただきま~ぁ・・・っん。」

 言い終わらないうちに、ヒョイとひとつ放り込んだ美冴ちゃん。

「ふふふっ、どう?」

「んん~っ。」

 その表情が、すでに「美味しい」と言っている。

「ふふっ、お気に召しましたか?」

「うん・・・これは、売れると思う!」

「またぁ~、美冴ちゃん大袈裟なんだからぁ。」

「ううん、真輝ちゃん。これ、案外いけるかもよっ。」

「も~、ヨーコさんまで。あんまり乗せない下くださいよぉ。」

「いやいやホント、ねぇ美冴ちゃん。」

「うんっ、絶対売れる。」

「も、もう~・・・。」

 照れてるのか喜んでいるのか、なんとも言えない表情の真輝ちゃん。

「ふふっ、ねぇ今度お店に出してみたら?フミさんに言って、お揚げさんの横にでも置かせてもらってさ。」

「う、売れますかねぇ・・・。」

「えぇ、きっと買ってもらえるわよ。ほら『日曜日限定』とか書いといてさ。」

「あぁそれイイっ。なんだかんだ言って限定商品には弱いもの。ねぇ。」

「う、うん・・・。お母さんに相談してみよう・・・かな。」

「うん、そうなさいよ。やってみてダメなら止めればいいんだし。」

「そうそう、売れ残ったら全部私が食べてあげるからっ。」

「ふふふっ、もう、美冴ちゃんったら食いしん坊さん。」

「はははっ、ホント真輝ちゃんの言う通りっ。」

「え~、そうかなぁ?」

 とか言いながら、もうひとつとクッキーに手が伸びる。

「ほら。」

「あ・・・も、む~ぃ、イイもんっ。」

 と一気に三枚大きな口に放り込み、モグモグモグモグとやっている。

「も~、カワイイんだからぁ。」

「ふふっ、美冴ちゃん・・・美味しい?」

「ん?・・・ぅふんっ。」

「うん、ならよかった。」


 結局真輝ちゃんの分の『白いお饅頭』を半分こし、仲良く並んでお茶をすする二人。

「ねぇ、真輝ちゃん。なんで四角くしたの?丸とかハートとかの方がカワイイんじゃない?」

 最後の一枚をありがたくいただきながら訊いてみた。

「あ、それねぇ。一応・・・お豆腐の形にね、してみてるんですよ。」

「あぁなるほどねぇ・・・ふふっ。」

 タケさんも良い娘さんを持ったなぁ・・・なんて。

「ねぇ、ヨーコさん・・・。」

「・・・ん?」

 真輝ちゃんが何かを言いかけて、

「ん・・・ううん、なんでもないっ。」

 と、優しく笑って見せた。

「・・・うん、そう。」

 真輝ちゃんが何を言おうとしたかは分からなくはないけど、あえてこちらから聞くことではないし、その気になったらちゃんと話してくるだろう。

 それにしても、満面の笑みを浮かべて饅頭を食べる美冴ちゃん。この何とも言えない子供っぽさが、やっぱりカワイイ。

「ん~・・・むふふ。」


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