第35話 串焼き
「棟梁、もうじき焼けますよぉ。」
焼き鳥を焼いている。
別に、焼き鳥屋を始めたわけではない。
棟梁が今日、施工主の奥様から大量の焼き鳥をもらってきた。なんでもその奥様、ホームパーティーを企画していたんだそうだけど、いろいろと都合がつかない事が重なってキャンセルになってしまい、大量に用意していた食材の一部を「ウチでは食べきれないから」とお裾分けしてくれたんだそうだ。それにしても、この量は業務用か?
「こんな感じでどうかなぁ・・・。」
焼き魚用のグリルで焼いているので少し持て余す感があるが、それなりに上手く焼けている。
「おぉヨーコちゃん、焼けたかい?」
待ちきれない棟梁は、すでに赤い顔。
「えぇ。とりあえず塩でいいですよね。」
「あぁ、頼むよ。」
「先生の分もありますからねぇ。」
「はぁ~い。」
先生のお酒が珍しく進んでいる。
「先生なんか良いことあったの?今日は随分呑んでるけど。」
「あ~えぇ。実はね、以前朗読劇でやった演目を今度ね、演劇でやることになったんですよ。」
「へぇ、良かったじゃないですかぁ。」
「えぇ、ありがたいことですよ。ひとつの作品をまた違った形で見てもらえるんですからねぇ。」
「えぇ、そうですね。」
「なぁ先生、そういう時はギャラはどうなるんだい?」
「ギャラ?」
「あぁ、原稿料っつーのかな?朗読劇ん時にもらったのとはまた別にもらえるのかい?」
「え、えぇ、一応『原作使用料』という形で入ってきます。」
「あぁ、そいつぁいいや。一度書けば何度もお金が入って来るってのは良いねぇ。」
「もう棟梁、そんな笑ってばっかりはいられないんですよ。書いても書いても一銭にもならない日々を長く過ごしてきたわけですから、ねぇ先生。」
「え、えぇ。」
「そうなのかい?」
「おかげさまで今は、こうやって美味しいお酒が飲めるようになりました。」
「そういう、もんなんだねぇ。」
「えぇ・・・で、どうです?焼き具合は。」
「あ、あぁいい感じだよ。ちゃんと中まで火が通ってる。」
「それ・・・あんまり褒めた言い方じゃなわよ。」
「えっ、そうかい?え・・・っと、お、美味しい美味しい、うん。」
「ん~・・・なんかそれも嘘くさい。先生どうです?」
「えぇ、良い焼き具合ですよ。」
うん、シンプルが一番。
「あ、でもタレも食べてみたいかな。」
「タレですか?・・・タレ、ねぇ・・・う~ん。あぁ、煮魚のつゆで良ければありますけど・・・やってみますか?」
「え、えぇ。いいですねぇ。」
鍋からすくった煮魚のつゆを、焼きながら少しずつ絡めてゆく。途端に醤油と砂糖の焼ける匂いが漂い、猛烈に食欲をそそる。
「おぉ、イイ匂いがしてきたねぇ。」
「えぇ、もう少し待ってくださいねぇ。」
食べごろは、表面が少し焦げてきた頃だろう・・・きっと。
「う~・・・ん、こんなもんかな。」
「おぉ、焼けた焼けたぁ。」
いち早く食いつきアチチとやっている棟梁。
「ふふふっ、もう。先生どうです?」
「えぇ、いい具合ですよ。うん、やっぱり僕はタレの方が好きだなぁ。」
「少し、甘すぎません?」
「いや、そんなことは無いですよ。このくらい甘くても美味しいです。」
「へぇ、そうなのねぇ。棟梁は?」
「う~ん、ちょっと甘すぎるかなぁ。七味ある?」
「あぁ、はいはい。」
タレの好みも人それぞれなのね。
「ヨーコさん、おかわり。」
「あ~はいはい、どんどん焼きますよぉ。」
「あっ、こっちもお願い。」
と、お銚子を振る棟梁。
「はぁ~い、おかわりねぇ。」
「ねぇヨーコさん、またこういうの作ってほしいなぁ。」
すっかり上機嫌な先生、どうやら焼き鳥は好物らしい。
「いやぁ先生、今日はたまたま棟梁がいただいてきたからあるんで、毎日は出来ないわよ。」
「う~ん、やっぱりそうですかぁ。」
「なぁ、じゃあ魚でやってみたらどうだい?」
「魚・・・串焼きで?」
「そうそうそう。」
「あぁ、いいですねぇ。このタレ美味しいですし。」
「う~ん、魚・・・タレ・・・串焼き・・・。ねぇ、それって・・・照り焼きとそんなに変わんないんじゃない?」
「あ・・・それも、そうですね。」
「なぁ、じゃぁ内臓なんてどうだい?」
「え、ホルモンですか?」
「いやいや魚の内臓をさぁ。ほら、マグロの心臓なんて旨いっていうじゃない。」
「あぁ、なるほど・・・肝とかねぇ。」
「そうそう、港なら鮮度の良いのが手に入る訳だし、使わない手は無いと思うんだよね。」
確かに『港町ならでは』って感じはするわね。
「あぁそういえば、こないだ晴子さんもそんなこと言ってたわね。」
「ん?ハルちゃんかい?」
「えぇ、『捨てちゃうのもったいないわ~』って見てるのがあるって。」
「うん、イイじゃんイイじゃん。そういうの使おうよ。」
「えぇ、是非タレで。」
「ふふふ、そうね。じゃ明日にでもなんかやってみようかしら。」
「と、その前にヨーコちゃん。もう一本。」
と、お銚子を振る棟梁。
「もぉダ~メ、棟梁は呑みすぎです。」
「え~、いいじゃ~ん。」
「ダメです。こないだ奥さんに怒られたばかりでしょ?」
「はぁ~い・・・。」
朝の競り場は今日も賑やか。
「おぉヨーコちゃん、いくつか用意しておいたよ。」
「ごめんねぇ、昨日の今日で。」
「いやぁ、イイのイイの。」
昨日のうちに使えそうな内臓類を選り分けておいてもらえるようにお願いしておいた。胃袋に心臓、肝臓と浮袋。発泡スチロールの箱に並べられたそれらは、一見グロテスクでもある。
「ねぇ、これって生でもいけるの?」
「いやぁ~、生じゃない方がイイねぇ。」
「あぁ、やっぱりダメ?」
「うん、やっぱり心配だからねぇ。」
「そうよね、うん分かった。じゃぁまた、ありがとねぇ。」
「あぁ、あとで行くよ。」
「はぁい。」
いつもの仕込みの合間に、内臓たちの処理をする。まずはよ~く洗ってキレイにする。新鮮なだけあって、嫌な臭みは無い。キレイに洗ったら茹でて、しっかり中まで火を通す。
「あら、思ったより縮むわねぇ。」
充分火を通したら冷水に浸け粗熱を取り、程よい大きさに切り分ける。串に刺すことを考えると、多少大きめでいいかもしれない。
「ふん・・・ふ~ん、浮袋って案外美味しいのね。」
小気味よい食感が楽しく、茹でただけでも十分いける。
こんなことをしてたら、子供の頃に見ていたテレビ番組を思い出した。確か『ロイ・オルマイのぜ~んぶ食べちゃえ!』だったかな。アメリカの番組を吹き替えで放送してた。ひとつの食材をあの手この手でトコトン最後まで食べつくす・・・って、変な番組だったな。まぁ、そのおかげで料理の面白さを知ることができたんだけどね。あのおじさん、今も元気かなぁ。
一本の串に胃袋・肝臓・心臓・浮袋と順に刺して、なんとか10本分取れた。思いのほか様にはなっている。
「これは、ちゃんとメニューに入れようと思ったら大変だわ。」
あとは味次第かなぁと思っているところに、先生が入ってきた。
「あぁ、早速やってますねぇ。」
「えぇ、こんな感じに仕上がりました。」
「おぉ、いいですねぇ。では、一本お願いします。」
「はぁ~い。」
自分の分と合わせて二本焼く。相変わらずの焼き魚用のグリルだが、昨日さんざん焼いたおかげで勝手は掴んでいる。脂があるのか、火にかけてすぐにジュクジュクと食欲をそそる音がしてきた。
「先生は、やっぱりタレにしますか?」
「えぇ、お願いします。」
なんだか嬉しそうな先生。そんなにワクワクするほどの物なのかしら。
「じゃぁ私は、塩でやってみようかなぁ。」
今日は煮魚のつゆを別に分け、少しとろみが出るまで煮詰めたものを用意しておいた。一度でしっかりタレがのってくれる。醤油の焦げるいい匂い。すでに中まで火が通っているので、表面が美味しそうに焼けてきたら食べ頃だろう。
「先生、焼けましたよぉ。」
自分の分は軽く塩を振っただけにした。茹でただけであの感じなら、塩を振っただけでも十分いける気がしてね。
「はふっ・・・ほ、お?この食感が面白いですねぇ、なんですコレ?」
ハフハフしながら嬉しそうに食べる先生。
「え~とねぇ、上から浮袋・心臓・肝臓・胃袋ですね。」
「へぇ、浮袋ってこんな感じなんですねぇ。」
「えぇ、面白い食感ですよねぇ。タレの具合はどうですか?」
「・・・ふん、もう病み付きになりそうです。あぁ、心臓もコリっとしてて美味しい。」
「ふふっ、よかったぁ。」
お気に召していただいてなによりです。
「ヨーコさん、ご飯も欲しいなぁ。」
「あら、やっぱりそうなっちゃいます?」
「えぇ。あと、やっぱりアジフライも・・・。」
「ふふふ、はぁ~い。」
細身のわりに早食いの先生。
「あの串焼きは、メニューに入るんですか?」
「う~ん、評判が良ければ入れてもいいかなぁ・・・とは、思うんですけどねぇ。」
「えぇ、是非お願いしますっ。」
「ふふっ、でもねぇ、コレを毎日やるの大変だなぁ・・・なんて考えちゃうんですよねぇ。」
「え~、美味しいのにもったいない。」
「う~ん、コレを入れるとなると、何か減らさないと手が追い付かなくってねぇ。」
今日だって、ひとつ後回しになってるのがあるんだし。
「・・・アジフライが無くなっても良ければ、毎日できますけど?」
「そっ、それは困りますっ。」
「はははっ。もう、冗談ですよぉ。」
「それなら・・・いいですけど・・・。」
「ふふふ。でもまぁ、こんなに美味しいなら、何か考えなちゃいけませんねぇ。」
二本目をタレでやってる私。役得。
「ちなみに、今日のは何の魚だったんですか?」
「あぁこれ?、スズキだって言ってたわね。」
「あ~、スズキですかぁ。」
そろそろ地元の人達たちで込み合う時間。今日も変わらず一日が過ぎてゆく。
※作中にある『ロイ・オルマイのぜ~んぶ食べちゃえ!(Roy Olmai's Eat Them All)』なんて番組は実在しません・・・たぶん。
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