第29話 鈴木ちゃんの青空

 とうとう降ってきてしまった。

「あぁ~も~ぉ・・・。」

「鈴木ちゃん、降ってきちゃったわね。」

「なぁんで僕は、こうも上手くいかないんですかねぇ。」

 肩を落としうなだれる鈴木ちゃん。

「もう、鈴木ちゃんのせいじゃないわよ。」


 この日は鈴木ちゃん企画による『星空を楽しむ会』の当日。


「せっかく皆さんにお願いして、ヨーコさんにも協力してもらって、夜に時間を作ってもらったのに、雨が降ったら何にもならないじゃないかぁ。きれいな星空が月明かりに邪魔されないようにと、こうして新月の日を選んだのにぃ。」

「仕方ないじゃない、お天気とは喧嘩できないわよ。」

「そうですけど・・・。」

「それに鈴木ちゃんなら、もう何日も前から『この日は晴れない』って分かってたんでしょ?」

「そ、そうですけどっ。」


 気象予報士でもある鈴木ちゃんとしては、ここ数日複雑な心境だったろう。ここ『雫港』をアピールするための渾身の企画の、その当日が近づくにつれ「この日は晴れそうもない」という予報を自分で出すんだから。


「で、大丈夫なの?皆さんに連絡したの?」

 珍しく参加希望者がいた。それも複数。

「えぇ、先ほど『悔しいですが・・・』と。」

 事務仕事に手抜かりはない鈴木ちゃん。

「うん、それなら良し。」

「・・・良くないです。」

「あ・・・、良くはないか。」

「良くないですぅ。この雫港をアピールできる絶好の機会だったのに、雨に降られてしまうなんてぇ、良くないですよぉ・・・あぁ、も~・・・。」

 ついにカウンターに突っ伏してしまった。

「ほぉら、鈴木ちゃん。こんなとこで寝ると風邪ひくわよ。」

「もう、いいです。」

「ダメよぉ。鈴木ちゃんが休んだら、誰が漁協の仕事するの?」

「もう、終わりです。雫港はもう終わりです。この町に光が差す日は訪れません・・・。」

「もぉ、大袈裟よぉ雨が降ったくらいで。また企画すればいいじゃない。」

「駄目ですぅ。『一度中止になった』という前科のある企画には誰も参加なんかしてくれません。」

「そ、そんなことないわよぉ。」

 この人トコトン落ち込むと、こんなひねくれ方するんだ。

 ガラララ・・・と優しく戸が開いて、

「こんにちは・・・。」

「あらっ、いらっしゃい。」

 明音さんだ。あれ以来、明音さんは休みのたびにちょくちょく来ている。

「鈴木ちゃん・・・こらっ、鈴木ちゃん。シャキッとしなさいっ。」

「いえいえ、いいんですよヨーコさん。きっとこんな事になってはいないかと思ってましたから。」

「いや、でも・・・。」

「いえ、いいんですよ。」

 と、自然に鈴木ちゃんの隣に座った。

「彼ね、」

 明音さんは鈴木ちゃんの事を、まだ『彼』と呼んでる。

「彼ね、この企画のことをとても楽しそうに話してたんです。『この星空を見たらきっとみんな喜ぶぞぉ』って、『こんな都会の近くで見られるなんて』って。だから晴れそうもないって聞いた時は、『あぁ、きっと落ち込んでるんだろうなぁ』って思って。そしたら案の定・・・。」

「・・・はい、案の定です。」

「これっ鈴木ちゃん。いい加減シャキッとしないと、明音さん怒って帰っちゃうわよ。」

「いえいえ、いいんです。こういう時くらい落ち込ませてあげましょうよ。」

「もう、しょうがないんだからぁ。」

「ふふっ。あっそれよりヨーコさん、お土産があるんです。私昨日まで伊勢に行ってまして、伊勢と言えば・・・、」

「赤福っ!?」

「あ、はいっ。赤福お持ちしました。あの、今日までなのでみなさんでどうぞ。」

「やったぁ、赤福~。ふふっ、ありがとうございます。」

「どういたしまして。」

「ふふふっ。ねぇ、伊勢へは旅行で?」

「いえ、残念ながらお仕事で・・・。」

「あらぁ。で、どうでした伊勢の方は?」

「えぇ、とてもいいお天気でしたよ、海もきれいでしたし。」

「そうですかぁ・・・。伊勢は、晴れてましたか・・・。」

「こら鈴木ちゃん、性格悪いわよ。」

「ふふっ。そうですよぉ、そろそろ諦めてください。」

「うぅ~・・・。」

「も~、ダメだこりゃ。あ、ねぇ明音さん、何か食べます?・・・あぁ、伊勢帰りじゃぁ美味しいものいっぱい食べてきたかなぁ?」

「は、はい・・・。あ、じゃぁ、あの玉子焼きを作っていただけます?」

「はぁい、玉子焼きね。」


 雨は、本降りだ。


「ヨーコさん、ただいまぁ。はぁ~、濡れちゃった濡れちゃった。」

「おかえり、美冴ちゃ・・・って、ビショビショじゃないっ。どうしたの、傘は?」

「ヨーコさん、それがねぇ・・・あ、明音さんいらっしゃい。それがねぇ、傘持ってくの忘れちゃったのよぉ。」

「え~、あんだけ鈴木ちゃんが『今日は雨が降ります』って言ってたのに?」

「そうなのぉ。朝バタバタしてたら、うっかり忘れちゃってぇ。」

「・・・そうです。今日は、雨が降ります。」

「あれ?ヨーコさん・・・鈴木ちゃん、どうしたの?」

「まぁ、見ての通りよ。」

「え、何?明音さんに怒られてションボリしてるの?あぁっ!、なにっ鈴木ちゃん明音さんに何かしたのっ?」

「いやいや美冴ちゃん、そうじゃなくてね。ほらぁ、今日は・・・。」

「今日?・・・あぁっ、今日は『星空を楽しむ会』だっけ?あぁ、だからか~・・・雨降っちゃったもんねぇ。」

「ふふっ、そう。ずっとこの調子なのよ。」

「鈴木ちゃぁん、そうやって落ち込んでてもしょうがないでしょう。降っちゃったもんは降っちゃったんだからぁ。」

「そうですけどぉ・・・。せっかくの星空がぁ・・・見て欲しかったなぁ。」

「もう、だらしない大人だなぁ。」

「せめて雨だけでも、上がってくれたらぁ・・・。」

 鈴木ちゃんの切実な願いに、

「でも、曇ってる時点でアウトですけどね。」

 明音さんの笑顔の一言。

「う~・・・明音さんの意地悪ぅ・・・。」

「あ、明音さん・・・。結構、キビシイこと言うわね。」

「え?そうでしょうか?」

 この人、天然か?

「そ、それより美冴ちゃん、着替えてらっしゃいよ。濡れたまんまじゃ風邪ひくわよ。」

「そ、そうよね。着替えてきちゃうね。」


 着替え終えた美冴ちゃんが、赤福を頬張っている。

「ん~、おいひぃ。」

 それを見て明音さんは、

「美冴ちゃんは本当に美味しそうに食べるわねぇ。」

「むふっ。だって本当に美味しいもん。」

「ふふふっ、美冴ちゃんったらカワイイ。」

「へへっ、明音さんもね。」

「まぁ。」

 何をやってるんだか・・・。

 ガラララ・・・と控えめに戸が開いて、

「あの~、こんにちは・・・。」

 と、カップルが入ってきた。

「あら、いらっしゃい。どうぞ。」

「あ、はいぃお邪魔いたします。あの、漁協の鈴木さんは・・・。」

「えぇ、鈴木ちゃんならここに・・・鈴木ちゃんっ、お客さんよ。」

「いいえ、僕を訪ねてくる客なんていません。」

「こら、も~・・・。ごめんなさいねぇ、ずっとこんな調子なんですよぉ。」

「あぁ、いえ・・・。あの、僕たち、今日『星空を楽しむ会』に参加する予定だったんですけど、先ほど鈴木さんに『中止です』と案内を受けまして・・・。」

「えぇ、この天気ですものねぇ。」

「えぇ。それで、ふたりで話してて『せっかくだし行ってみようか』って事になりまして。」

「ほ~ら、鈴木ちゃん。『お客さん』よ。」

 すると鈴木ちゃん、ムクっと起き上がり、

「僕の力及ばず、雨にしてしまいました。お客様には合わせる顔もありません。」

 と、また突っ伏してしまった。

「もぉ、せっかく来てくれたのにそれはないんじゃない?・・・あぁ、ごめんなさいねぇ。どっか、そこらにでも座ってくださいな。」

「あ、はい。」

 と、カップルはテーブル席に座った。

「何か呑みます?」

「いえ、今日は車ですのでお酒は・・・。」

 すると彼女の方が、

「女将さんのおすすめは何ですか?」

 と、屈託なく訊いてきた。

 お、『女将さん』って、私のことよねぇ。

「そ、そうねぇ。一番はアジフライだけど、お刺身なら今日はカンパチがあるわよ。」

「えぇっ!今日カンパチあるの?」

 と、声を上げたのは美冴ちゃん。

「ふふっ、美冴ちゃんも食べる?」

「うんっ、食べる~!」

「ふふふっ。おふたりさんは?」

「あぁ、僕はアジフライを。」

「じゃぁ私はカンパチで。」

「はぁい、アジフライにカンパチねぇ。美冴ちゃん、お茶出してあげて。」

「あ、はぁいっ。」

 慣れた手つきでお茶をお入れ、カップルの前に出した。

「はぁい『ハマ屋』特製のお茶です。」

「いえいえ、普通のお茶ですよ。もう、美冴ちゃん適当なこと言わないのっ。」

「えへへっ。」


 ふたりの前に料理を出すと、彼女の方が、

「まぁ美味しそうっ、いただきまぁす。」

 と、ちゃんと手を合わせた。彼は良い子を見つけたな。

「はい、美冴ちゃんにもねぇ。」

「やった、久しぶりのカンパチぃ~。」

 手も合わせず食べ始めた美冴ちゃん。

「ほぉら、『いただきます』は?」

「ん・・・ん、ひははひはふ。」

「もう、この子ったら。」

 見ると明音さんは、無言で鈴木ちゃんの頭をなでている。さては鈴木ちゃん、ここぞとばかりに甘えてるな。

「ねぇ、鈴木ちゃん。そろそろ諦めて次のこと考えたら?こうして雨が降っても来てくれた人がいるんだからさぁ。」

「そうですよ、そろそろ元気出してください。」

 との明音さんの言葉に、やっと体を起こしカップルに話し掛けた。

「あの、また企画したら、こうして来ていただけますか?」

「えぇ、ぜひ企画してください。きっとまた来ますから。」

 彼女の方も、

「えぇ、またふたりで伺います。ねっ。」

 と、明るく応えた。

 すると気を良くしたのか鈴木ちゃん、やわら立ち上がり、

「よぉし、じゃぁ次はしし座流星群の頃にするぞ~。」

 なんて言い出した。

「あぁそうだ、船長に言って船を出してもらおう。海の真ん中で見たら、こう海面に星空が映って、きっとキレイだぞぉ・・・。」

 急にスイッチが入ってしまったな。

「鈴木ちゃん、仕事熱心なのはいいけど。明音さんのことほっといちゃ駄目だからね。」

「いえ、ヨーコさん。私のことはいいんですよ。」

「ダ~メっ。明音さんが良くっても、私が許さないからね。」

「も、もちろん。明音さんとのことは・・・ちゃんと、考えてます・・・。」

「ん?『ちゃんと』って?」

「で、ですから・・・あの・・・こ、こんなところで言えませんっ。」

「も~、じれったいなぁ。ねぇ、明音さん。」

「え・・・はい。」

 少し戸惑いながらも、幸せそうな明音さん。鈴木ちゃん気付いているかい、君は幸せもんなんだよ。


 カップルが帰り際に、

「あの、鈴木さん。絶対また企画してくださいね、僕たちきっと来ますから。」

「えぇ、ですから、その時までに・・・ねっ。」

 そう言って彼女は彼の腕をギュッとつかんだ。

「はいっ。必ず企画しますので、またぜひお越しください。」

 鈴木ちゃんはすっかりいつもの調子に戻った。


 雨は、まだ降っている。


「でも、良かったわね。そりゃぁ雨が降っちゃったのは残念だったけど、期待してくれている人がいるのが分かったんだからさ。ねぇ、鈴木ちゃん。」

「はい、希望が出てきました。」

「それに、こうして明音さんも来てくれて。」

「え、えぇ・・・はい。」

 気付くと明音さんは鈴木ちゃんの手を握っている。

「いい、鈴木ちゃん。油断してると、他のヤツに明音さん取られちゃうわよ。ねぇ?」

「いぇあの、ヨーコさん。私は・・・ずっと、離れません。」

 まぁ、なんと大胆な。

「そ、それじゃ明音さん。今日は、鈴木ちゃんとこに泊ってくの?」

「えっ?いえ、いけませんっ。結婚前の男女が一夜を共にするなんて・・・いけません。」

「はははっ。明音さんって、意外と古風なのねぇ。」

「そ、そうでしょうか?」

「ふふふっ、『意外と』ね。ふふっ。さぁて、日も沈んじゃったし店仕舞いとしますかね。美冴ちゃ~ん、後片付け手伝って~。」

「は~いっ。」


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