第30話 フミさんの憂鬱
「ヨーコちゃぁん、ちょっと助けてぇ。」
豆腐屋のフミさんが、重そうに袋をもって現れた。
「あら、これ・・・おから?」
「そう、ウチのおからなんだけどねぇ。これ・・・ヨーコちゃんの腕で、なんとか『美味しく』してくれないかしら。」
「え・・・なんとか美味しく・・・って。あの、お野菜と一緒に炊いて『卯の花』にしたらすごく美味しいじゃないですか。」
「そうなのっ、卯の花にするとすごく美味しいんだけどさ。ほらあんた、ウチ豆腐屋でしょ?こう毎日毎日毎日似たようなのが続くとさぁ・・・ねぇ。」
周りを見渡し、人目が無いのを確認して。
「・・・さすがに、飽きるのよ。」
豆腐屋の嫁とは思えないひとこと。あ、いや『豆腐屋の嫁だから』の切実な悩みか?
「で?これで何か卯の花ではないものを作ってくれ、と?」
「そうなの。そろそろ変わったもの見つけないとあんた、あたし死ぬまでもたないわよぉ。」
「そ、そんな大袈裟なぁ・・・。」
私のところには、時々こういう『宿題』がやって来る。おやっさんの頃もそうだったのかなぁ?
「ん~・・・まぁ、何か作れないこともなさそうですけど・・・。」
「ホント?何か作れそう?」
「え、えぇ。大概こういうものって、玉子と砂糖を混ぜて焼いたら美味しく・・・って、あれ?前、随分前だけど、真輝ちゃんがおからを使ったクッキー作ってませんでした?」
「えぇ、ず~いぶん前にねぇ。あれも美味しかったんだけど、たま~にしか作ってくれないのよあの子ったら。」
「ふふふっ、真輝ちゃんの気まぐれクッキーね。」
「ホントよぉ。あの子ああいうとこセンスあるのにあんた、なかなか小出しにするのよねぇ。」
「ふふっ。じゃぁ、洋菓子は真輝ちゃんに任せるとして、何かおかずになりそうなものですかね。」
「えぇ、よろしく頼むわね。」
そう言ってフミさんは、颯爽と帰っていった。
頼まれごとに弱い性分。さて、何を作ろうかしら。
おからハンバーグ・・・は既にスーパーに並んでるし、がんも・・・はタケさんとこで作ってるし、う~ん。薄く延ばしてフライパンで焼いたら、タコスとかトルティーヤみたいな感じにならないかしら。う~ん、おかずになりそうなものねぇ・・・。
おからの山がハラハラと崩れる様が、なんだか『肉そぼろ』のように見えた。
「ん?ちょっと面白そうね。」
え~っと、醤油とお砂糖と、ん~お味噌もちょっと入れようかしら・・・。フライパンに油を引いて、おからを・・・全部入れて失敗すると嫌だから、お茶碗一杯ぐらいかな。よいしょっと。パラパラになるまで炒めたら、合わせておいた調味料を投入っと。
「おぉ、イイ感じっ。」
見た目は合格。
「でも、大事なのはお味の方なのよねぇ。」
よいしょと一口放り込むと、味の方も案外悪くない。甘辛さの奥でちゃんと自分がおからであることを主張している。
「うん・・・悪くないけど、なんかこう・・・パンチが足りないわね。ん~マラソンに例えると、10キロ手前な感じ?」
ピリッと刺激のあるもの・・・っと、生姜があったわ。
みじん切りにして入れると、爽やかな香りが広がった。
「ふふっ、そうよねぇ、やっぱり肉料理には生姜よねぇ。」
まぁ、おからだけど・・・。
馴染んだところで再び味見。
「うんっ、うんうん・・・ん?う~ん、もう一声、なんか『まとめ役』がいるといいわねぇ。」
師匠のハチミツと目が合う。まだ瓶に半分くらいある。ハチミツと生姜の相性の良さは、歴史が証明している。
「うんっ、これ入れてみましょ。」
スプーンに一杯入れたところで、程よくまとまってくれた。
「むふっ、美味しいの出来ちゃった。」
このたまらなくご飯が欲しくなる感じ、これならフミさんも納得してくれるかな。
「あ、それなら・・・ふふっ、やってみましょ。」
さっき頭をよぎったアイディアを試してみようと思った。これと合わせたら面白いだろうなぁと。
少量の小麦粉と塩を少々まぜ、よくこねる。しっかりまとまってきたところで手のひら大に伸ばし、フライパンで焼いていく。焦がすのイヤだから弱火でじっくりと。
「う~ん、上手くいってくれるかなぁ・・・。」
火加減を見ていると、
「こんにちは~。」
と、真輝ちゃんがやって来た。
真輝ちゃんはフミさんの娘さんで美冴ちゃんとは幼馴染。彼女は物腰が柔らかく、少し引っ込み思案なところがある。まぁ「フミさんや美冴ちゃんに比べれば」だけど。現在は都内在住だが、休日にはこうして帰ってきている。
「あら、真輝ちゃんいらっしゃい。」
「すいませんヨーコさん、母がまた何かお願いしたみたいで・・・。」
「ううん、いいのよ。ふふっ、おかげでひとつ美味しいの出来たから。あぁ座って、味見てもらえる?」
「は、はい。」
焼け具合を気にしつつ『肉そぼろ風』を小皿で出す。
「まぁ、いい香りぃ。これ・・・おからなんですよねぇ?」
「えぇ、食べてみて。」
「はい、いただきます。」
ちゃんと手を合わせてからお行儀よく食べるのは、フミさんのしつけがしっかりとしているからだろう。
「あら・・・美味しい・・・。ヨーコさんっ、これ美味しいっ!」
「ふふっ、気に入ってもらえた?」
「はい、とってもっ。・・・あの、これ何かのレシピですか?」
「ん?ううん、パッと思い付きでやってみたの。ねぇ、もう一つ試してるのがあるからちょっと待ってて。」
裏返すと程よい焼き加減。
「むふっ、イイ感じっ。」
「それ、何です?」
「アレねぇ、少し小麦粉まぜてこねたヤツをね、あぁやって焼いてみてるのよ。アレでコレをはさんだら『タコスみたいにならないかなぁ』って思ってね。」
「あの・・・それも『思い付き』ですか?」
「うん。まぁ、どうなるかはやってみないと分からないけどね~。」
「ヨーコさん・・・すごい・・・。」
「ん?」
「あ・・・ううん。」
「ん・・・あぁ、そろそろいい具合かなぁ。」
良い具合のキツネ色。
「よしっと。まずは味見~っと。」
そのうちの一枚を半分にちぎって片方は真輝ちゃんに。
「はいっ、熱いから気を付けて。」
「あ、はい。」
一口に放り込むと香ばしい香りが広がった。
「ん~・・・ふんふん。うん、思ったより良いわね。」
「ぅんっ。えぇ、香ばしくて美味しいです。」
「あぁ、でもちょっと粉っぽいかなぁ?」
「え、いえ、本場のタコスもこんな感じでしたよ。」
「あら、メキシコ行ったことあるの?」
「あぁ、いえ。私のは『メキシコ人がやってるタコス屋さん』ですけど・・・。」
「ふふっ、じゃぁ間違いないわねっ。」
「うふっ、はい。」
「よしっ、じゃぁ、はさんでみよう。」
真ん中に『肉そぼろ風』を多めに乗せ半分に折ると、立派な『タコス風』が出来上がった。
「はぁい、どうぞ~。」
「はいっ、いただきます。」
一瞬ためらった後、大きな口を開けて一口でいった。
「・・・どう?」
「ん・・・おはははおひふひは・・・。」
「はははっ、もう、一口でいくからぁ。」
「ん、んっ・・・はぁ。」
「ふふっ、どう?」
「はい、おからがお肉みたいで美味しいです。ホントに、本物のタコスみたいに。」
「ホント?良かったぁ。じゃぁ、私もっ。」
真輝ちゃんに負けじと、私も一口でいく。
「ん~・・・うん、うんうん・・・うん・・・あぁ、良いわねぇ。あぁ、でももうちょっと・・・うん、野菜が少し入ると良いかも。」
ん~野菜・・・葉物の野菜・・・っと。
「あっ、大根の葉っぱがあったっ。ねぇ真輝ちゃん、もう少し付き合ってくれる?」
「え、えぇ。」
大根の葉をザックザックと切り、炒めていく。味付けはシンプルに醤油と少量の砂糖。砂糖を少しだけ入れるが味付けのキモ。仕上げにごま油を入れ、香ばしさを足してやる。
「よしっ、取り急ぎこんなとこかしら。真輝ちゃん、第二弾行くわよ。」
「は、はいっ。」
再びの『タコス風』を、真輝ちゃんは懲りずにまた一口でいった。
「もう・・・ふふふっ、どうかしら?」
「ん・・・うんっ・・・うんうんっ・・・ん、はぁっ。ヨーコさんっ、これ美味しいっ!」
「ホント?ふふっ、じゃぁ、私も。」
一口に放り込む。咀嚼するたびに大根の葉がシャキシャキと心地良く、『肉そぼろ風』と混ざり合って豊かなハーモニーを奏でている。うん、これは一口でいくのが正解だな。
「うん・・・。ふふふっ、うん、これは大成功ねっ。」
「はいっ、私もそう思いますっ。やっぱりヨーコさん天才ですっ。」
「そんなぁ、『天才』なんて言いすぎよぉ。」
「いえ、ホントに・・・。こんなのサッと作れちゃう・・・って、本当に、すごいです。」
「あぁ、いやぁ・・・ほら、材料が良いのよ。」
やっぱり『褒められる』って、なんかくすぐったい。
「あの・・・ヨーコさんは、どこかで料理の勉強を?」
「ん?ううん、特別『勉強した』って訳じゃないけど。ほら、ウチは父子家庭だったから・・・。」
「え?父子家庭だったんですか?」
「うん。あれ、話さなかったっけ?」
「はい。」
そうか、真輝ちゃんにはこの話はしなかったか。
「あら・・・うん、でね。だから、ちっちゃい頃から料理はしてたのよ。」
「そうだったんですねぇ。」
「うん。もう毎日の事だから『同じじゃ飽きる』って・・・食べるのも作るのもね、で、手を変え品を変えやってるうちに、サッといろいろ出来るようになっちゃった。」
「はぁ・・・。」
感嘆の声を上げる真輝ちゃん。
「まぁ、父が言うには、母は料理上手な人だったそうだから、その辺を受け継いだのかなぁって。」
「あの、私も・・・出来るようになりますか?・・・あぁ、私も多少はやりますから、あの、料理本とか見ながら作るのはそれなりに出来ますけど、ヨーコさんみたいに『あっ、アレとコレでこうしましょっ』って具合には、なかなかいかなくて・・・。」
「・・・ふふっ、真輝ちゃんにも出来るようになるわよ。」
「そうでしょうか・・・。」
「えぇ。ねぇ、真輝ちゃんは『美味しいもの』を食べるの、好き?」
「はい・・・。」
「うん。じゃぁ、料理をするのは、好き?」
「はい。」
「うんっ。なら大丈夫。」
「そうなんですか?」
「うん。だってほら、『好きこそものの上手種』って言うでしょ?」
「え、えぇ。」
「ねっ。『好き』って気持ちがあれば必ず上達するわよ。」
「は、はい・・・。」
なんとも自信なさげな返事。
「もう、大丈夫よ。それにほら、いつかの『おからクッキー』、あれ美味しかったもの。」
「え・・・あ、はい。ありがとうございます・・・。」
「また作ってほしいなぁ。」
ちょっとおねだり。
「え・・・は、はい。また・・・うん。はいっ、また作りますっ。」
「やったぁ、ふふふっ。・・・あぁ、ねぇ、フミさん呼んでらっしゃいよ。これ食べてみてもらわなきゃ。」
「あぁ、そうですね。すぐ呼んできますっ。」
「ふん・・・うんうん・・・はぁっ。うん、ヨーコちゃんあんた、やってくれたわねぇっ。」
独特な表現で称賛してくれるフミさん。
「ふふふっ、気に入っていただけました?」
「そりゃぁあんた、気に入るも気に入らないも、すごく美味しいわよ。これ、ホントにウチのおからなのよねぇ?」
「えぇ、もちろん。」
「なぁにこの、中の『肉そぼろ』みたいなの。ごはんにもすんごく合いそうじゃない。」
「えぇ、そう思います。」
「ならレシピ教えてよ、これウチでも作るからさぁ。」
「いやいや、こんなので良ければいつでも作りますよ。」
「あらホント?作ってくれる?なら助かるわあんた。」
「実はねぇフミさん、これに『少し柚子をすったのを入れともいいかなぁ』とか、『山椒を少しきかせても面白いかなぁ』とか考えてるんですよ。」
「あらぁヨーコちゃん、あんたよくそんなアイディアがポンポンと出てくるわねぇ。」
「へへっ、そりゃぁねぇ、もとのおからが美味しいから、いろいろやってみたくなるんです。」
「へぇ、そんなら他にもいろいろ出来そうかい?」
「えぇ、パッと思いつくのは今日やっちゃいましたけど・・・うん、もう少し考えたらまた何か出来そうです。」
「あぁ、それなら良かったぁ。これであんた、しばらくは飽きずにおからと付き合っていけそうだわぁ。」
「ふふふっ、『卯の花』も忘れないであげてください。」
「はははっ、そうね。これからも上手く付き合っていくわ。」
このフミさんの豪快な笑い方が好きだ。真似はできないけど。
「あの、ヨーコさん・・・やっぱり、私・・・。」
真輝ちゃんはフミさんの前だと余計におとなしく見える。
「ん?なぁに?」
「あの、私、時々お手伝いに来てもいいですか?」
「え、えぇ、いいけど・・・。」
「それで、あの・・・料理も、教えてもらえます?」
「えぇ、私のでよければ。」
「ホント?じゃ、じゃぁよろしくお願いしますっ。」
「あらぁ、真輝あんた、いつからそんな料理に前向きになったの?」
「えっと・・・うん、あのね。一人暮らしはじめて、当然料理もするようになって、料理本とか見ながらある程度作れるんだけど・・・うん。今日、ヨーコさんの仕事を見てて『こんな風にサッと出来るようになりたいなぁ』って思って・・・ね。ほらっそれに、ねぇ、自分の母親が料理本見なきゃごはんが作れないなんて、イヤでしょ?」
真輝ちゃんは、自分が母親になったところまで想像していたんだ・・・。
「ま、真輝あんた・・・そ、そうなのねっ、あんたやっと源ちゃんに気持ち伝えたのねっ?」
「うわぁ~っ、ダメダメダメっ、お母さんダメぇ~っ、そんな人前で言うことじゃないからぁ~っ。」
大慌てでフミさんを制止する真輝ちゃん。
「も~・・・ね、ねぇヨーコさん。今のは、聞かなかったことに・・・。」
「ふふっ、ダ~メっ。」
「う~、そんな殺生なぁ。」
「ふふふっ、隠してもダメよ。あの真輝ちゃんの源ちゃんを見る目を見たら、誰だってピンと来るんだから。」
「え、あの・・・もしかして、バレバレでした?」
「うんっ。まぁ、当の本人は気付いてないみたいだけどねぇ。」
「あぁ、やっぱり・・・。」
「じゃぁなに、あんたまだ言ってないの?」
「うん・・・。まだ、言ってないの。」
「んも~、それじゃぁダメじゃないの~。」
「そうよぉ、うっかりしてるとどっかのカワイ子ちゃんに持ってかれるわよ。」
「ん~・・・それは、困ります。」
「そんなら真輝ちゃん、自分から行かなきゃダメよ。」
「そうで、しょうか?」
「そうよぉ。男なんてみ~んな鈍感なんだから、『気付いて~』って思ってるだけじゃぁ気付いてくれないわよ。」
「そ、そうなんですねぇ。」
「そうよ真輝、こうと決めたらドンと行かなきゃっ。あんたほら『女は度胸』って言うでしょ?」
「うん・・・ん?『女は愛嬌』じゃなかったっけ?」
「ん?そうだっけ?」
「そうよ。ねぇ、ヨーコさん。」
「ん?・・・っと、うん。どっちも大事っ。」
「はっはっはっ、ヨーコちゃんの言う通りだわぁ。さぁ、そうと決まれば真輝、今から言いに行くわよっ。」
「わ~っ、ま、待ってお母さんっ、私にも心の準備が・・・。」
「も~、あんたそうやっていつまで準備してるつもりなのぉ。」
「そ、そうだけど・・・。ちゃんと気持ちを整えてからじゃないと、私、勢い余って押し倒しちゃいそうで・・・。」
「ふふふっ、それならそれでも良いんじゃない?」
「んも~ヨーコさん、笑い事じゃないってぇ。」
「ふふっ、ごめんごめん。」
「でも真輝、あんたホントに、ちゃんと伝えなきゃダメだからね。」
「うん、分かってる。」
「そうじゃなきゃあたし、死んでも死にきれないんだからぁ。」
「も、も~お母さん大袈裟よぉ。」
「ふふっ、あながち大袈裟でもないかもよ~。」
「もぉ、ヨーコさんまでぇ。・・・もう。」
真輝ちゃんが大きく息をして、両手をグッと握った。
「うん・・・私、ちゃんと伝えるから。ちゃんと伝えて、絶対、源ちゃんのお嫁さんになるから。だから、あの・・・み、見守っていて、ください。」
「うん、もちろん。もし源ちゃんが変な女連れてきたら、ひっぱたいてやるんだからっ。」
「そ、そうよあんた。そんでもって東京湾にでも浮かべてやるわよっ。」
「も、も~ふたりとも大袈裟なんだからぁ、ふふふっ。」
そんなこんなあって、我が『ハマ屋』におからを使たメニューが加わった。最初は「フミさんの為に・・・」って事だったけど、思った以上に出来が良かったのでウチでも出すことにした。例の『肉そぼろ風』を定食の付け合わせにすると、「ご飯に合う」と評判になり、ここでもタケさんの言う「ウチの豆腐は調理してもまた旨い」を証明することになった。
少し調子に乗って、
「コレ、もう少し濃いめに味付けしたら、うどんにも合わないかしら・・・。」
なんて考えてしまっている。
そして真輝ちゃんの人生が動き出したわけだけど、それはまた別の話。
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