第22話 お祭り(前日)

 明日は港のお祭り。

 だから今日は、その準備で朝から大忙し。


 という訳でもない。


 昼過ぎになっても、

「ねぇ、棟梁?明日お祭りよねぇ?」

「あぁ、そうだよ。」

「こんなにゆっくりしてて、いいのかしら?」

「まぁ『お祭り』とは言っても、別にドンチャン騒ぎする訳じゃないからねぇ。」

「それは聞いてますけど・・・あまりにも『普段通り』すぎるんじゃないかしら。」

「ふふっ、それがこの『雫港』の良い所なんだよ。」

 それは実感してきている。

「えぇ、そのようですね。」


 ここ『雫港』のお祭りは、実に穏やかなお祭りだ。

 裏の小山に神社がある。

 海の安全と豊漁を祈願する、という港町にはよくある神社だ。

 そこには常駐の神主はおらず、小ぶりだが立派な社があり住民たちの「心意気」でキレイに保たれていた。

 年に一度のお祭りの日には、社や境内を住民総出で「大掃除」し、お清めした後でまた一年の安全と豊漁をお祈りする。

 それが終わると漁師たちは港に集まり、今度は海の神様に「漁師唄」を奉納する。

 きっと何代にもわたって受け継がれてきた形式なのだろう。

 住民の「性質」がよく表れたお祭りだと思う。


「私ねぇ『お祭り』っていうから、てっきりお神輿ワッショイしたり、焼きそばとか綿菓子とかの露店が出たりするもんだと期待してたんだけど・・・。」

「ははっ、拍子抜けしたでしょ?」

「え、えぇ正直・・・。」

「でもねぇ、本来『お祭り』ってそういうもんじゃないのかなぁって思うんだよねぇ。ほらぁ『祀る儀式』なんだからさぁ。」

「えぇ、そうですよねぇ。」

 なんて話していると、豆腐屋のタケさんがやって来た。

「はいよぉ、お揚げさんお待たせ~。」

 それも大量の油揚げと一緒に。

「えっなに?タケさんコレ?」

「なに・・・って、『お揚げさん』。」

「ぃや、それは見れば分かるのよ。なんでこんなに大量に?」

「あれ?ヨーコちゃん聞いてないかい?」

 と棟梁。

「えっ、なに?」

「『お稲荷さん』、お祭りで振る舞うやつ。」

「お祭りで振る舞うお稲荷さん?」

 初耳、ですけど・・・。

「・・・こんなにぃ?・・・ぃ、いくつあんのよっ。」

「え~っと200枚だから、400個分ね。」

 と爽やかにタケさん。

「400~ぅ!?」

 なかなか日常では聞かない数字だ。

「よ、400って・・・お稲荷さん・・・。」

 そうよねぇ、祭りの前日に『飲食店』がゆっくりできるわけないわよねぇ。

「私が、作るのよ・・・ねぇ。」

「うん、『ハマ屋』の担当だからね。」

 と、平然としている棟梁。

 なぜ誰も教えてくれなかったのかしら。

「・・・お祭りって明日よねぇ。」

「あ、あぁそうだよ・・・。」

「明日の、何時ごろ?」

「お昼には揃っていてほしいねぇ。」

 明日のお昼に、400個・・・。

 これも『ハマ屋』の仕事というのなら、やらなければいけない以上やらなければならない。

 ・・・うん、よしっ。

「私なりの味付けでいいかしら?」

「うん、少し甘めだった気がするね。」

「少し甘め、ね・・・うんっ、やってやろうじゃないの。」

 にわかに『お祭り気分』が出てきた。


 普段『倉庫』と呼んでいる調理器具や調味料のストックを置いてあるスペースに、大きな鍋がある。

 前々から気になってはいたけれど、この大きな鍋はこの為にあったのね。

 油揚げを半分に切って、口を開いてから湯通しする。

 程よく油を落とさないと、味が染みてくれない。

 と、簡単に言ったがこの量である。事前に心の準備が欲しかったな・・・。

 ワッシワッシ作業を進めていると、美冴ちゃんがやってきて

「何かお手伝いしましょうか?」

 なんて能天気に言うので、お客の相手をお願いした。

 きっと美冴ちゃんがやったら、油揚げが穴だらけになってしまうだろう。


 下ごしらえが終わる頃には、すっかり日が傾いていた。

 棟梁が帰る前に聞いておかなければ、

「中のご飯はどんなのでした?」

「ご飯?あぁ、軽くお酢がきいてる感じだったね。酸っぱすぎず甘くも無く・・・って具合かな?」

「その他には?」

「その他?」

「だから、ゴマとか大葉の刻んだのが入ってたとか・・・。」

「ぃやぁ、そういうのは無かった。ただご飯が詰まったるだけだったねぇ。」

「あぁ、それなら良かったぁ。」

「・・・ん?」

「・・・いやぁほら、お稲荷さんはシンプルなのが一番だから。」

「あぁ、そうだよねぇ。」

 今から用意するのは面倒・・・とは、なかなか言いにくい。


 日が沈むと『ハマ屋』は店仕舞い。

 今日は閉店後にも作業が続く。


 大きな鍋に油揚げを入れる。

 雑に放り込んでもいいのだけれど、きれいに並べて入れたくなるのが「心情」というものだろう。

 たれ(と呼んでいいのかな?)は醤油・みりん・砂糖を合わせて作る。

 加減が分からないので、隣に置いた鍋で味見をしながら合わせていく。

「少し甘め、って言ってたわよねぇ。」

 油揚げの量ともバランスを取らないといけないし、失敗できない作業なので緊張と集中を要する。

 多少煮詰まることも考慮したが、最終的には「私にとって少し甘め」なところでまとめた。

 大きな鍋にたれを移し、火にかける。

 フツフツいってきたら、火を加減しそのまましばらく炊く。

 目を離して焦がしでもしたら取り返しがつかないので、緊張の時間が続く。

 煮詰まり具合を見るため味見、

「・・・ぅん、いいんじゃないかしら。」

 火を止めフタをする。

 朝にはしっかり味が染みているだろう。

「よし、あとはご飯ね。」

 どれだけ炊けば足りるのか見当もつかないが、業務用のガス釜はそれなりに容量がある。

「・・・いつも通りで、足りそうね。」

 足りなかったら、笑ってごまかせばいいや・・・なんて思ってしまったり。

 ふと神棚を見上げると、先代の笑顔の写真と目が合った。

「おやっさんも、結構大変な仕事をしてたんだねぇ。」

 先代を「おやっさん」と呼ぶことにも慣れてきた。

「私・・・好きよ、この町もここの人たちも。」

 もちろんこの『ハマ屋』も。

「ねぇ、ずっとここに居るつもりだから、上からちゃんと見ていてくださいね。」

 先代の笑顔は、今日も清々しい。

「さぁて、明日も早いぞ~。」


 こうしてお祭り当日を迎えた。


(つづく)

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