第23話 お祭り(当日)

 こうしてお祭り当日を迎えた。


 いつもより早く起きた。

 今日は長い一日になりそうだ。


 炊きあがったご飯にお酢をまぶす。

 本当はお寿司屋さんが使うような「大きな桶」のようなものがあると良いのだけれど、どこを探しても無いので直接お釜にお酢を入れ手早くまぜていく。

 きっと先代もそうしていたのだろう・・・と思うことにして。

 ここでもちゃんと味見をする。

「・・・うん、いい具合っ。」

 お酢がご飯の甘みを引き出している、お酢の力ってすごいな・・・。

 昨日炊いた油揚げに詰めて、『お稲荷さん』にしていく。

 最初にできた二つは小皿に乗せ神棚に。

 柏手を打ってから、

「無事にお祭りの日を迎えることができました、今日も一日よろしくお願いします。」

『お祈り』ってちょっとしたことだけど、これだけで気持ちがシャキッとする。


 神社では大掃除が始まっていた。

 大きな神社ではないのだが、住民総出で行う。社は外側だけでなく内部の埃も払い、しっかり雑巾がけをする。御神体に触れられるのはこの時だけだが、みんな愛情を込めてゴシゴシやっている。ちょっとした植木の剪定も同時に行うので、結構大掛かりだ。

 隅々まできれいにしたら、「時々やってくる神主」が祝詞を上げてお祭りの「本体」は終了。


 みんなが『ハマ屋』に下りてきたころ、私の作業も大詰めをむかえていた。

「ヨーコさぁん、お手伝いに来たよぉ。」

 元気よく入ってきた美冴ちゃんに、

「ありがと、でももうじき終わるのよ。」

 大皿に二つ、山盛りのお稲荷さん。

 後に続いて入ってきた素子さんが、

「あぁ、出来てるわね。じゃぁ、これあたし配ってきちゃうね。」 

 と大皿をヒョイと持ち上げ、みんなの方へ持って行った。

 この港で一番の力持ちは素子さんかもしれない・・・。

「あっ、じゃぁ私もぉ。」

 と、もう一つの大皿を美冴ちゃんが持っていこうとしたので、

「あぁ待って、まだここに少しあるから、これが終わったらね。」

 と、引き留めた。美冴ちゃんの腕ではひっくり返し・・・いや、持ち上がらないだろう。

「それより一つ食べてみて、味はどうかなぁ。」

「うんっ。」

 待ってましたとばかりに、ひとつ放り込む美冴ちゃん。

「・・・ぅふ、・・・ふふ、・・・ぅんふん。」

「・・・どう?」

「・・・うん~、美味しいぃ~。」

「ホント?良かった~。ねぇ、去年と比べてどうかな?」

「ん?う~ん・・・。」

 少し考えて、

「ちょっと前なら覚えちゃいるがぁ、一年も前だと・・・分かんねぇなぁ・・・」

 どっかで聞いたようなセリフを言い出した。

「もう、美冴ちゃんったら可笑しい。」

 この子ったら、どこで覚えたのかしら。

 テヘヘと笑う美冴ちゃん。

 私にもこんな頃があったのかなぁ・・・。


 山ほどあったお稲荷さんを平らげた後、漁師たちが港に集まり車座になった。

『漁師唄』の奉納が始まる。

 漁協の鈴木ちゃんが「資料用」にとカメラを回している。


  波よ しぶきよ 昨日なら

  たじろぐことも あるけれど

  波よ しぶきよ 今日ならば

  越えて見せよう 男の心


 一人一節ずつ、持ち回りで歌う。

 決まった文句があるのだが、「ド忘れしてもつっかえてはいけない」という決まりがあるそうで、時折文脈がおかしくなるところがある。

 海の神様も、おおらかな人だ。


  漁師が一人 海の上

  かわいい女房が ハマで待つ

  無事に帰れと ハマで待つ


 海で鍛えた自慢ののどで、皆声高に唄う。

 ひとり調子外れは、源ちゃんだ。


  魚を追えば どこまで行くか

  腕に覚えのある者よ

  雲を追い越し どこまで行くか

  熱き心を持つ者よ


 最後はきれいに揃った『一丁締め』で、お祭りは無事に終了した。


 後片付けを終えると、雫港はすっかり「普段通り」に戻っていた。

 ここ『ハマ屋』でも、いつもの顔がいつもの席におさまっている。

「それにしても、源ちゃん・・・」

 私は我慢できず、吹き出してしまった。

「なんだよヨーコぉ、人の顔見て笑うなんて失礼な奴だなぁ。」

「ふふふっ、ごめんごめん。でもあんた、歌の練習した方がいいわよ。」

「おぃ、それを・・・しょうがねえだろぉ、ガキの頃から『歌』はからっきしなんだから・・・。」

「えぇ?お兄ちゃんが『からっきし』なのは歌だけじゃないでしょ。」

「おぉい美冴、そりゃどういうことだ?」

「私は忘れてないからねぇ、小学校の時に算数のテストで40点取って大喜びしてたの。」

「えっ?・・・50点満点で?」

「まさかぁ、100点満点でよ。ねぇお兄ちゃん。」

「ば、ばかぁ、あれ・・・あれは、200点満点の、テストだ・・・。」

『ハマ屋』に沈黙が訪れた。

 ・・・こいつにホントに漁師がつとまるのかしら。

 この沈黙に源ちゃんは耐え切れず、

「ば、バカっそれになぁ、今時の機械がありゃ算数なんか出来なくたってなぁ、こうやって立派に漁師やってられるんだいっ。」

「あら、じゃぁその機械が海の真ん中で壊れたらどうするの?ちゃんと帰ってこれる?」

「あ、あったりまえだろヨーコぉ!俺ぁなぁ・・・俺は・・・。」

 何か言いかけて、黙ってしまった。

「あの、ヨーコさん。」

 代わりに口を開いたのは、父親でもある船長。

「熱燗を、もう一本。」

「・・・はぁい、熱燗ですねぇ。」

「あっ、じゃ今日は私も呑んじゃおうかなぁ。」

「えっ美冴ちゃんはまだ呑ん・・・ん?呑んでもいい年なんだっけ?」

「も~ヨーコさんったら。私こう見えても案外大人なんですからねぇ。」

 腕を組み怒ったフリをする美冴ちゃんは、子供っぽい。

「あ~そうだった。・・・はいじゃコレ、美冴ちゃんにお猪口ねぇ。」

「やった~、大人のお酒ぇ~。」


 日没にはきれいに「お開き」にするのが、この雫港の決まり。

 ひとりになった店内で、後片付けを終え一息つく。

 今日は少し疲れたから、早めに休むとしよう。

 お風呂に入り、戸締りと火元の確認をする。

 床に付き目を閉じると、昼間聞いた『漁師唄』がよみがえる。


  かわいい女房が ハマで待つ

  無事に帰れと ハマで待つ


「・・・ぷっ。」

 不覚にも源ちゃんの調子外れを思い出してしまった。

 来年もあれを聞くことになるのかなぁ・・・。

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