第21話 ブチの名は

 次の日も、当たり前のようにブチはやって来た。

「ミャ~ぉ。」

「あらなに、あんたホントに来たの?」

 嬉しそうにすり寄ってくる。

「こ~らぁ、スリスリしないのっ。」

「ミャ~ぉ。」

「も~、分かったわよぉ。今日は骨だけだからねぇ。」

 骨ぐらいなら毎日出る。


 フガフガ言いながら食べてるブチに、

「あらぁ、やっぱり来たわねこの子ぉ。」

 と、なんだか嬉しそうな素子さん。

「もう、素子さんが念を押すからホントに来ちゃいましたよぉ。」

「ミャ~ぉ。」

「あぁほらほら、まだこっちにもあるから最後まで食べちゃいなさい。」

「まぁ、ヨーコちゃんったらすっかりお母さんね~。」

「も~、いやですよぉ。」

 とか言いながら、私も少し嬉しかったりする。

「あ~ホントだぁ、可愛いブチぃ。」

 遅れて出てきた美冴ちゃん。

「おはよう美冴ちゃん。」

「おはようございますっ。」

「ミャ~ぉ。」

「あらっ、ニャンコちゃんもおはよう。」

 しっかり愛想を振りまくブチ。

 美冴ちゃんにもスリスリ。

「あぁも~、くすぐったいよぉ。」

「なんだいお前調子のいいやつだねぇ、あ~やっぱり『若い娘』の方がいいのかい?」

「ミャ~ぉ。」

「ん~?そんなことないよねぇ?ヨーコさんだって充分若いんだからぁ。」

『充分』って、美冴ちゃん・・・。

「で、名前は決まったんですか?」

「ん~、それねぇ・・・。」

「ふふふっ・・・」

 笑いが漏れる素子さん。

「素子さん?」

「ふふっ、ねぇヨーコちゃん。『コウイチ』が良いんじゃないかしら?」

「コウイチ・・・?」

「そう、オスのブチだから『幸一』。」

『ブチ』・・・『幸一』・・・。

「あぁっ、そうですねっ。『ブチ』と言えば『幸一』ですよねぇ。」

「えっ?なんでぇ?なんで『ブチと言えば幸一』なのぉ?」

「そうねぇ、美冴には分からないかもしれないわねぇ。」

「えぇ、もう少し『大人』になったらねぇ。」

「え~なぁに~?・・・こう見えても案外大人なんですけどぉ。」

「あら、そう言うわりにはボーイフレンドの一人も連れて来ないじゃない。」

「ぅえっ・・・、」

「ミャ~ぉ。」

「あ~あんたまでぇ。む~ぃ、いいもん、今に見てらっしゃい『草刈正雄』ばりのイイ男連れてくるんだからっ!」

「まぁ、美冴ちゃんったら威勢のいいこと。」

「ヨーコさんまでぇ。もういいもん、ご飯食べて学校行くっ。」

「忘れ物しないで行くのよ~。」

「分かってるぅ、も~子供じゃないんだからぁ~。」

 生意気言っても、ちゃんと朝ご飯を食べていく健康的な美冴ちゃん。


 案外すんなりと名前が決まったことを話すと、

「はははっ、いいじゃないっヨーコちゃん。『ブチの幸一』なんて素子ちゃんらしいや。」

 と棟梁大笑い。

「よかったなぁお前、『幸一』なんて立派な名前もらってなぁ。」

「ミャ~ぉ。」

「それは、いいけどさぁ・・・」

 なんか不機嫌な源ちゃん。

「あの、そいつの目の前に置いてあるやつ・・・」

「あぁ、あれ素子さんが持ってきてくれたの。『幸一に・・・』って。」

 安定感のあるやや浅めの茶碗。

「あれ、・・・俺の茶碗。」

「えっ?」

「俺が子供のころに使ってたやつ~っ!」

 源ちゃんの涙目は、もう見慣れた。

「も~なによぉ、子供のころのやつならいいじゃない。」

「よかぁないよお前さん。」

 なぜか口調が『寅さん』みたいに・・・、

「俺ぁあの茶碗で毎日ご飯を食べて、ここまで大きくなったんだよぉ。言ってみりゃぁあの茶碗には、俺の思い出がいっぱい詰まっているんだ。それをあぁた、よりにもよって猫にやっちゃうかなぁ。」

 意外と様になってる。練習したのかなぁ?

「いいじゃないのよ、どうせもう使いやしないんでしょ?」

 少しつられてしまった。

「あぁそりゃぁもう使うことはないだろうさ、使うことはないだろうけどさぁ。だからって断りもなく猫になんて・・・あぁ母ちゃん、俺ぁ悲しいよ。」

「ミャ~ぉ。」

「おぅおぅおぅ、お前もそう思うかい。・・・ってなんでお前に慰められなきゃいけないんだよっ。」

「ミャ~ぉ。」

「あら、息ぴったり。」

「あぁ、兄弟みてぇだったなぁ。」

「もぅやめてくださいよ棟梁まで、コイツぁ猫ですぜぇ。それを兄弟だなんて・・・。」

「まぁそう言うなって源ちゃん。美冴ちゃんが生まれた時『男の子がいい~っ』って泣いてたの忘れちゃったかい?」

「あらぁ、そんなことがあったのぉ?」

「あぁ、しばらく大変だったんだから。『男の子、男の子ぉ。』って。」

「・・・お、ぉ覚えてないやぃ。」

 恥ずかしそうにそっぽを向く源ちゃん。

「じゃぁ、ちょうどよかったじゃない、『弟』が出来て。」

「よ、よしてくれよヨーコぉ。」

「ほらぁ幸一、お兄ちゃんよ~。」

「ミャ~ぉ。」

「バカっお前まで真に受け・・・こらぁスリスリするなぁ~。」

 早速『お兄ちゃん』にすり寄る幸一。

「あら、源ちゃんネコ嫌いだったっけ?」

「そうじゃねぇけどぉ・・・、こんな毛むくじゃらな弟なんてやだぁ~。」

 とかなんとか言いつつ、結局嬉しそうな源ちゃん。

「ミャ~ぉ。」


 そんなこんなで『ハマ屋』の一員(?)になったブチ猫の幸一。今日も店先でにゃ~にゃ~言ってます。

 ただ、カメラを向けると露骨に嫌がるのでご注意ください。

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