第20話 招き猫

 朝、表を開けると、

「ミャ~ぉ・・・」

 足元にネコがまとわりついてきた。

「あらニャンコちゃん、おはよう。」

「ミャ~ぉ。」

「君も朝が早いねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

 おやよく見ると・・・、

「君は、昨日もこの辺にいたねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

 タイミングよく鳴くので、なんとなく会話が成立しているような気になってくる。

 キレイな「ブチ」で、決して美人ではないが愛らしい声で鳴く。

「おなか空いてるんだろ、なんか食べるかい?」

「ミャ~ぉ。」

「じゃぁ、もう少ししたら『頭と骨』が出るから、それまでイイ子にしてるんだよ。」

「ミャ~ぉ。」

 なんて会話(?)を楽しんでいると、

「おっはようヨーコちゃん!」

「あ~素子さん、おはようございます。」

「なぁに~、朝からナンパされてるのぉ?」

「いやぁ、そんなんじゃないですよぉ。ねぇ?」

「ミャ~ぉ。」

「まぁ、可愛いブチぃ。男の子ねぇ。」

「あら、あんた男の子なんだねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

「・・・って、見て分かるんですか?」

「うん、見ればすぐに分かるわよ。」

「えっホントに?見ただけで?」

「顔つきがねぇ、違うのよぉ。」

 と言いながらブチを持ち上げ、

「ほぉら、ちゃんと付いてる。」

 人に慣れているのか、素子さんがネコの扱いに慣れているのか、されるがままにされるブチ。

「あらホント、男の子ねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

 どことなく恥ずかしそうにするのが妙に人間っぽくて可笑しい。


 朝食は仕入れの前に済ます。

 取っておいた前日のアジをササっと捌き、塩焼きにする。

 焼けるのを待つ間に『頭と骨』をブチのところへ持っていくと、

「ミャ~ぉ。」

 と一声鳴いてバリバリと食べ始めた。

「もぉ、そんなに慌てて食べなくても、だれも取ったりしないよ。」

 それにしても、どうしてネコはフガフガ言いながら物を食べるのだろう。


 漁師たちが帰るのを見計らって港へ行くと、

「おぉっ、ヨーコちゃん今日はねぇ・・・」

 と漁師たちが『本日のおすすめ』を持ってくるので、仕入れに関する苦労はない。

 毎日のことながら、ありがたいことです。


『ハマ屋』へ戻るとブチが店先で待っていた。

「あら、お留守番しててくれたの?おりこうさんねぇ。」

 私が中へ入ると一緒に入ろうとしたので、

「こらぁ、ダメよぉ。いい?あんたは野良なんだから、ここからは入っちゃダ~メ。」

 ちゃんと目を見て言うと、

「ミャ~ぉ。」

 とその場に座り込んだ。

「はい、おりこうさん。」

 その後一切入ろうとはしなくなったので、この子はきっと人間の言葉が理解できるんだろうなぁと変に納得している。


 開店してからもブチは店先に座り、来る人来る人に「ミャ~ぉ。」と挨拶をしていた。

「なんだいヨーコちゃん、用心棒でも雇ったのかい?」

「やだなぁそんなんじゃないですよぉ。なんだかあそこが気に入ったみたいで、ずっと座ってるんですよぉ。」

 そんなやり取りを知ってか知らずか、愛想を振りまくブチ。

『用心棒』には心許ないが、本人としては『招き猫』くらいの気持ちではいるのかもしれない。

「ミャ~ぉ。」


 お昼の繁忙期をやり過ごし、休憩にと表に出てくるとブチはやはりそこにいた。

「なぁに~、あんたよっぽど暇なのねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

 と真っ直ぐこっちを見つめてくる。

「なぁに?おなか空いたの?」

「ミャ~ぉ。」

「もぉ、ダメよぉさっきあんなに立派な『頭と骨』食べたでしょ。」

「ミャ~ぉ。」

「それにあんたは野良なんだから、おなか空いたんならそこらでネズミでも捕って食べなさいよぉ。」

「・・・ミャ~ぉ。」

「あらぁ、なぁにその『間』は?なんか後ろめたいことでもあるのぉ?」

 すると、

「あらっ、その子まだそこにいるの?」

 気分転換に出てきた素子さん。

「そうなんですよぉ。なんかここが気に入っちゃったみたいで、ずっと座ってにゃ~にゃ~言ってるですよぉ。ねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

「まぁ、よっぽどヨーコちゃんの事が気に入ったのねぇ。」

「えぇっ?『私を』ですかぁ?」

「そ~よぉ、ねぇ?」

「ミャ~ぉ。」

「もぅ~あんたまでそんな調子のいい、あぁっこらスリスリしないっ。」

 ここぞとばかりに懐いてくるブチ。

「そんなことしても何も出ないわよ。」

「ふふっ、ヨーコちゃんったらモテモテねぇ。」

「も~、いやですよぉ、ネコより人間がいいっ。」

「あらっヨーコちゃん意外と『肉食系』?」

「そ、そういう訳でもないですけどぉ、もぉ~。」

「ミャ~ぉ。」

 足元から見上げてくるブチと、見下ろす素子さん。

「この子はこのまま居付くつもりなのかしらねぇ?」

「え、えぇ、それならそれでも私は構わないんですが。」

「へぇ?そうなの?」

「えぇ、なんか『招き猫』みたいで愛らしいし、それに、港町に野良ネコがいるのは自然なことですからねぇ。」

「えぇ、そうよねぇ。・・・ねぇ、それじゃぁこの子に名前つけてやりましょうよ。」

「ぇ、名前?・・・ぶ、『ブチ』でいいんじゃないでしょうか?」

「ダメよぉ、この辺ブチ猫はいっぱいいるからぁ。」

「あ~、それもそうですねぇ。」

「ミャ~ぉ。」

 じっと見つめてくるブチ。

「・・・なら、こうしません?明日もこの子がウチに来たら、その時につけてあげるってことで。」

「あぁ、そうねぇそれがいいわねぇ。・・・いいかいお前、明日もちゃんと来るんだよ。」

「ミャ~ぉ。」


 次の日も、当たり前のようにブチはやって来た。


(つづく)

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