第19話 釣果を肴に・・・

 サッパリして出てくると、『客』は二人に増えていた。

「あらっ、先生いらっしゃい。」

「どうもどうも、通りかかったら源ちゃんがいたもんだから。大きなイカが釣れたんですって?」

 珍しくカウンターに並んで座る二人。なんだか、ご主人からのエサを待つ子犬みたい。

「えぇ、棟梁が作ってくれた疑似餌のおかげでねぇ。」

「ぉお、俺の竿もあるだろっ。」

「あんたの竿重いのよっ!おかげで今両腕ヘロヘロなんだからぁ。」

「重かったか?あの程度で。」

「あのねぇ、漁師から見たら軽くても、私みたいな『か弱い乙女』には重量級なのよ。」

「は?か弱い?乙女?」

「何?なんか文句ある?」

 先生がクククッと笑ている。

「もう、先生も笑ってないでなんか言ってやってくださいよぉ。」

「はははっ、ごめんなさい。なんか『イイ感じ』の二人だなぁって思って。」

「えっ?私と?源ちゃんが?も~冗談はよしてくださいよぉ。」

「そ、そうっすよ先生!俺にはそんな気全然無いんすからぁ。」

「あ~『俺には』ってなによっ。それじゃぁ私にはあるみたいに聞こえるじゃないっ。」

「まぁまぁヨーコさんもそれぐらいにして、早速『イカ祭り』と行こうじゃないですか。」

 ポリバケツの中でイカがキュウキュウ言っている。


 釣るのは初めてでも、捌くのは慣れたもの。

 胴体は刺身に、ゲソは内臓と『残った少量のイカスミ』と和えてソテーにした。

 さすがの港町でも、ここまでの鮮度の物はそうは無い。

 特にイカスミは鮮度が落ちると途端に臭みが出るので、注意が必要なところだ。

 まぁ、一番鮮度の良いところを味わったのは私なのだが・・・。


 フライパンを洗い終わると、二つのお皿はすでにカラになっていた。

「・・・ねぇ、私の分は?」

 はてと目を合わせ、事態を察し固まる二人。

「私の分はっ?」

「・・・わ、悪ぃ。」

「お、美味しく、いただきました・・・。」

「私のイカはっ!?」

「ごめんよぉ、いつもの癖で・・・。」

「い、今出しますぅ。」

「もぅ先生出さなくていい!・・・ん~もう、そりゃねぇ、普段なら『お客さん』ですから全部たいらげてくれるのは嬉しいですよぉ。でもねぇ、重た~い竿を振り回して何とか釣り上げた私の人生初の『釣果』を・・・食べちゃうかなぁ・・・。」

 小さくなる二人、まるでイタズラがバレて叱られてる子犬。

「・・・ごめんなさい。」

「すまん・・・悪かった。」

 ジッと二人を睨みつけ、しばし沈黙を味わう。

「・・・まぁ、とは言っても、食べてしまったものは仕方ない。」

 沈黙を守る二人。

「じゃぁ、二人には罰として・・・」

 手前からもう一つお皿を出す。

「私が美味しそ~に食べてるところを、黙って見ていてもらいます。」

 ちゃんと自分の分はとっておいた。

「あ、えっ?」

「あ~、ひでぇっ。」

 まずは刺身から、

「見て~この透明感。『透き通るような』ってこういうことを言うのねぇ。」

「あのぉ~・・・。」

「お~い、ヨーコぉ~。」

「ん~っ、この弾力とこの甘味っ!やっぱり釣りたてって最高ね!」

「ヨーコさ~ん・・・。」

「悪趣味だぞ~。」

「ふっふっふ、なんとでも言いたまえお二人さん。私は今日、海を制したのだ。」

「大げさですよぉ~。」

「そうだぞぉ、イカ一杯くらいで。」

 続いてゲソのソテー。

「ん~、このゲソの食感も最高ぉ~。クラーケ~ンっ!」

「ヨーコさぁ~ん・・・。」

「お~い、帰ってこ~い・・・。」


 そんなこんなで、私の「初めての釣り体験」は、その後の余興も含め大成功に終わったのでした。

 翌日、筋肉痛で腕が上がらなかったのは、言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る