第8話 源ちゃんと船長と美冴ちゃんとお父さん

 ほどなくして先生が入ってきた。いつも昼前にやってきて遅い朝食をとっている。

「今日は、お休みですか?」

「いぇ、いつも通りですよ。」

「暖簾が出てないもんだから・・・」

「あらっもうこんな時間、先生お願いできる?」

「はいはい・・・。」

 と慣れた手つきで暖簾を出し、『準備中』の札を引っ込めてくれた。

 定位置に着いたところで、

「先生、今日は何にします?」

「美味しいアジフライが食べたいなぁ。」

「はぁい、アジフライね~。」


 こんな『ハマ屋』でも、昼時はそれなりに繁盛する。

 地元の人たちはもちろん、時には物好きな観光客で賑わうこともある。

 観光客に少~しサービスしているのは、ここだけの秘密。


 お昼の混雑も落ち着いたところで、

「ねぇ、先生はアレ参加しないの?」

 例のポスターを指さす。

「あぁ、僕はほら、コレだから・・・」

 先生も指をさし、よく見るようにと促す。


『特別審査員 作家 みなと わたる先生』


「あらっ、先生審査員なの!?」

「えぇ、なんだか鈴木ちゃんに押し付けられちゃって・・・。」

 必死に説得する鈴木ちゃんの姿が浮かぶ、妙に納得。

「みなさんは何か考えているんですか?」

「あ~っ、ぃや、先生・・・それは、聞かない方が・・・。」


 船長の『ハマチの一句』を思い出してしまった。


「そ、それにほら先生、今聞いちゃうと選考に影響しちゃうから・・・。」

「あぁ、それもそうですねぇ。」

 なんとか取り繕えた、と思う。


 ガラガラっと勢いよく戸が開き、

「ヨーコさぁん!ただいま~!」

 美冴ちゃんが学校から帰ってきた。

「あらぁ、今日は早いのねぇ。」

「そうなのよ!教授の気まぐれで授業が無くなったりするもんだから。」

 女子大生、愚痴る。

「あっ、お父さんも来てたんだぁ。」


 源ちゃんが「船長」と呼ぶ人を、妹の美冴ちゃんは「お父さん」と呼んだ。


 源ちゃんは高校卒業後、漁師になるため父親に弟子入りした。

 その際、

「今から俺はお前の父親ではない、お前は俺の息子ではない。船長と一乗組員だ、いいな。」

 と言われ、それ以来自分の父親を「船長」と呼んでいる。それについて源ちゃんは、

「船長が船を降りるまでは、ず~っと『船長』かなぁ・・・。」

 って言うし、船長も

「俺も親父にそうされたからな・・・。」

 との事なので、当面はこの関係が続くのだろうと思う。


 美冴ちゃんは大学に通う傍ら、お母さんの素子さんがやっている理髪店を継ぐため理容師の勉強もしている。

 美容師でなく、『床屋さん』の方。

 理容師を志した理由を聞くと、

「だってほら、『美容師さん』だったら髭剃り出来ないでしょ?そしたら港のみんなが困るじゃない。」

 さらに続けて、

「それに、お母さんは私の『目標』だからね。」

 と返ってきた。

 娘にここまで慕われている素子さんが羨ましい。

 私もこんな娘が欲しい・・・。


「あ~、ねえお兄ちゃん、だいぶ髪伸びてきたねぇ。」

「ん~・・・あぁ、そうだなぁ、そろそろ切ってくれるかい?」

「うんっ、じゃぁお母さんのお店が終わったら、切ってあげるね。」

 美冴ちゃんは源ちゃんを練習台にしている。

 私も前髪が気になってきたので、

「あ、なら私も美冴ちゃんに切ってもらおうかなぁ?」

「え、ダメっ!ダメよヨーコさんっ・・・」

 源ちゃんの頭を指しながら、

「私がやったら、こんなんなっちゃうもんっ。」

「おぉぃ美冴ぇ、俺の頭は『こんなん』かぁ?」

「だってぇ、私まだお母さんみたいに上手じゃないもん。」

「じゃ、なにか?俺の頭は『実験台』か?」

「え、なに?文句があるんならもう切ってあげないけど?」

 作家先生はニコニコ笑って見ている。

 すっかり赤ら顔の棟梁が、

「ねぇ、美冴ちゃんはアレやんないのかい?」

 と例のポスターを指さす。

「あぁ、それならひとつ考えたのがあるの!ねぇ、聞いてくれる?」

 否応なく一同美冴ちゃんに注目する。

 彼女は不思議と人を引き付ける。

「え~・・・」


  穏やかに

  夕日の沈む

  港町


「・・・ってのはどう?」

 ・・・

「ね、ねぇ美冴ちゃん・・・」

「ん?なぁに・・・?」

「夕日が沈むの、山の向こうよ・・・。」

 堪えきれず吹き出す源ちゃん。

 特別審査員の先生は聞かなかったフリをしている。

 たまらず船長が、

「み、美冴、お前は漁師の娘なのに、西も東も分からんのか・・・?」

「ぇ・・・えっ・・・えっ!?」

 そう、東向きの雫港に日が沈むことは無い。

「日が沈むの、アッチか~!」

 山の方を指さしている。

「あっでも、ほら私は・・・ほら『床屋の娘』だから・・・ねぇ。」

 照れながらも強引な言い訳をする美冴ちゃんが、なんとも可愛い。

 素子さんも若い頃こんな感じだったのかなぁ?

「それにしても、やっぱり兄妹なんだねぇ・・・ねぇ、源ちゃん?」

「ぃっ、今俺に振るなっ。」

「ぇっなに?お兄ちゃんがどうかしたの?」

「源ちゃんもねぇ・・・」

「ぅわ~っ!!よせっ、ばかぁ!!いくらヨーコでも言って良いことと悪いことが・・・」

「こらっ源っ!」

 船長が大きな声で遮る。

「・・・『ヨーコさん』だろ。」


 ・・・。


 特別審査員を任されている先生が、ポスターを見上げながらボソッと一言。


  語彙力と

  人柄の出る

  七五調


 おあとがよろしいようで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る