第9話 木彫りのくまさん
「ねぇ~、ヨーコさん・・・」
美冴ちゃんがカウンターにあごをのせて眺めている。
「・・・この可愛いコ、何?」
今日は大学が休みで、昼過ぎから『ハマ屋』に来ている。
「それねぇ~・・・、今朝源ちゃんから届いたのよ。」
源ちゃんはここ一週間、「研修」名目で北海道へ行っている。今日帰ってくる予定だが、荷物だけ先に届いた。
この「可愛いコ」は、源ちゃんからのお土産だ。
「ヨーコさんが言ってたのって『木彫りの熊』よねぇ?」
「そうよ~『北海道へ行くなら、木彫りの熊を買ってこい!』って言ったのに・・・。」
目の前にあるのは、やけに「可愛いコ」だ。
丸みを帯びたスタイルに大きくデフォルメされた「ほぼ2頭身」のクマが、ペタンと座り込みつぶらな瞳でこっちを見ている。
重さからして木製なのだろうが、全体をパステルカラーで彩られていることもあって勇猛さは微塵も感じられない。
「ヨーコさんが欲しかったのって、・・・コレ?」
「そんな訳ないじゃないっ。もっと鋭い目をして威風堂々とした『あの』木彫りの熊よ。」
「そ~よねぇ・・・。」
一応「お約束」の鮭をくわえてはいるが、切り身の鮭だ。
それも美味しそうに焼けている。
「美冴ちゃんのトコには何か届かなかったの?」
「ウチにも届いたには届いたけど、開けたら洗濯物ばっかりでもうお母さんプンプンよ。」
「え~洗濯物だけ?」
「そ~だから『あれだけ白い恋人って言ったのにぃぃ!』って。」
「あらっ、『白い恋人』ならコレと一緒にいっぱい入ってたわよ。」
「ホントっ?お母さんにいくつか持ってってイイ?」
「もちろん!源ちゃんもそのつもりで入れたんだろうし。」
「よかったぁ、これで少しは機嫌を直してくれるかなぁ。」
息子にお菓子を買ってもらって喜ぶ母親。
「ふふっ、やっぱり素子さんって可愛いわね。」
「そ~、私より可愛くて困っちゃう・・・。」
「可愛くて困っちゃう」
と言えば、この「クマさん」である。
「それにしてもどうしよう、せっかく置き場所まで用意して待ってたのに。」
戸棚の一角にスペースを空けておいた。
「こんな『可愛いコ』じゃぁ様にならないわよねぇ。」
日本酒の瓶に挟まれる可愛い「クマさん」・・・。
「も~、お兄ちゃん帰ってきたら文句言ってやりましょっ。」
「ホントよっ、どういうつもりなのかしら。」
ガララ・・・と、力なく先生がやってきた。
「あらぁ、先生今日は遅いのねぇ。」
「えぇ、思わぬ徹夜になってしまって、今起きたとこなんですよ。」
「まぁそれはご苦労様。あぁ、寝起きなんじゃ何か消化にいいもの作りましょうか?」
「えぇ、そうしてください。」
席に着いたところで先生の目にも留まったようで、
「おや、今日は可愛いコが来てるんですねぇ。」
「あらっイヤですよ~先生ったらぁ。」
「ぅ、うん美冴ちゃんも可愛いけど、そっちの・・・。」
「あぁこれねぇ~、源ちゃんの北海道土産なんですよ。」
美冴ちゃんはこのくらいの空振りは気にしない。
「先生聞いてぇ、お兄ちゃんったらヨーコさんが『木彫りの熊買ってこい!』って言ったら、こんなの買ってきたんですよぉ。」
この「クマさん」に罪は無い。
「こ、これは『木彫りの熊』なんですか?いやぁ、てっきりゆるキャラか何かかと・・・ほらあるでしょ、背中にチャックのついたヤツ・・・。」
「えぇ、それじゃないみたいなんです。」
私も最初は『それ』かと思った・・・。
「ねぇ先生、どう思います?北海道土産に『木彫りの熊を』って言ったらお兄ちゃんコレですよぉ。」
「どう、って言われても・・・源ちゃんなりの考えがあるんじゃないかなぁ?」
「お、お兄ちゃんが『考える』なんてことをするかしら!?今回のだって『研修だっ』って本人は言ってるけど、絶対遊びに行ったに決まってるし、それにぃ、そもそもホントに北海道に行ったかも疑わしいし・・・。」
そこまで疑わなくても・・・。
「でも、『白い恋人』と一緒に入ってたわよ?」
「そ、そんなの羽田でも買えるわよっ!」
そういわれると、
「それもそうよねぇ・・・。」
変に納得してしまう。
見かねた先生が、
「とりあえず源ちゃんの帰りを待った方が・・・、今日帰るんですよねぇ?」
「えぇ、予定通りならもうそろそろ・・・。」
「どうします?女の子連れて帰ってきたら。」
先生の大胆な想定に、一瞬想像したけれど
「それは無いっ!」
美冴ちゃんと声が合ってしまった。
そして、タイミングを見計らったように源ちゃんが帰ってきた。
それも、やたら陽気に。
(つづく)
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