手探りで書く日々・・・2~3話でひとつの話の頃。

第5話 ハマ屋に来た日(前)

 男手ひとつで育ててくれた父を看取って、私は仕事を辞めた。

 余命宣告を受けてから父は、

「俺がいなくなったらなぁ洋子、お前は自由に生きなさい。何にも縛られず、自分の人生を生きなさい。」

 と、事あるごとに言っていた。

 法要も終えて落ち着いたので、それを実行に移すことにしたのだ。


「自由に生きろ・・・」

 と、ただ言われても途方に暮れてしまうので、自分の手に何があるのか確かめてみる。


 子供の頃から料理はしていたので、一通りのことはできるつもりだし、父から

「人類の繁栄のために管理栄養士の資格を取れ。」

 と、言われていたので調理師免許とあわせて大学時代に取得しておいた。

 まぁ「人類の繁栄のため」になるかどうかは、よく分からないが・・・。


「調理の仕事ならできそうだなぁ・・・。」

 毎日「美味いっ」と言って食べてくれた父の笑顔が浮かぶ。

「・・・そういう人生もいいのかなぁ。」


 これといったアテがあるわけではないので、とりあえず職安を覗いてみることにした。

『料理・調理』をキーワードに探すと、大量の求人票が出てくる。


ホテルの調理スタッフ・給食センター・大手外食チェーンのセントラルキッチン・・・


「なんか、銀色の空間ばかりね・・・」

 イマイチしっくりこない。

 父の笑顔が浮かぶ。

「笑顔の見える・・・ところは・・・ないかしら・・・」

 検索するうち、やや異質な求人票が目に留まった。


『店主 急募』


「店主」を募集するのだから、いささか穏やかでない。それも「急募」となればよほどの事なのだろう。

 求人主は『雫港漁協』とある。

「しずく、みなと・・・?」

 住所を見ると、どうやら横須賀のあたりのようだ。

『漁港すぐそばの食堂「ハマ屋」の主人になりませんか?』

「漁協が食堂の店主を・・・」

『港のみんなの憩いの場です。』

 父の笑顔が浮かぶ。

 備考欄に『店主死去につき急募』。

「あら、緊急事態ね・・・」

 先ほどまで見ていた『銀色の空間』とは違い、色彩を感じる。

 少し頬が緩んだ。

「話だけでも聞いてみようかしら・・・」


 職安を通じて照会すると、トントントンと話は進み、

「では後日面接を・・・」

 という事になった。

 こういうところ、職安を通すと話が速い。


 横須賀からバスで25分ほど、

『雫港漁港前』

 で降りると、漁協は目の前にあった。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る