第2話 ヨーコを訪ねてきた男

「あのぉ~・・・ヨーコさんはコチラにおいででしょうか・・・?」


お店に入ってきた男。

年のころは30代中ほど、身長は180cmくらいある。

私を訪ねてきたというが、心当たりどころかこの「お年頃」の男性に知り合いはいない。

そもそも、逆光でよく見えない。


「え・・・っと、私ですか・・・?」

「あの・・・尾野陽子さん・・・?」

「ぇっ・・・オノ・・・?」

「あぁ~」

っと、棟梁が

「先代の女将さんかぁ。」


先代?そういえば「尾野」だったなぁ。

奥さんは「ヨーコさん」だったんだ・・・。

それも、よりにもよって「オノ・ヨーコ」。


「もう10年くらいになるかなぁ、亡くなったんだよ。」

「亡くなった・・・、そうでしたか・・・。」

「で、お兄さんは?」

「あっ、申し遅れました。わたくし、加藤大輔と申します。今日は父のお使いで参りました。」

「はぁ、お父さんの・・・。」

「はい、わたくしの父、加藤清一が若いころコチラのヨーコさんに大変お世話になったそうで・・・」

泳いでいた彼の視線が、ようやく私に納まり、

「あの・・・こちらも、ヨーコさん・・・?」

「あ~、お兄さんには紛らわしいだろうけど、コチラも『ヨーコさん』なんだよ。」


・・・もうひとついえばホントは『ヒロコさん』なんだぞ。


「そ、そうですか、随分とお若いからおかしいなぁと。」

「まぁ『お若い』だなんてそんなぁ~・・・」

なんて大袈裟に照れて見せてる私にかまわず

「ちっと経緯があって、新たに来てもらった人がたまたま『ヨーコさん』だった、って訳で。」

だからホントは・・・まぁ、いいか。

作家先生はニコニコ笑って見ている。

棟梁が座るように促しながら、

「お兄さん、それで・・・?」

「父は、もう長くはないのですが、自分が死ぬ前に『雫港のヨーコさん』が達者でいるか見てきてほしい、と。もし万が一、亡くなっているのであれば、自分の代わりに線香をあげてきてくれないか、と。」

そう言って、彼は父親から聞いたヨ-コさんとの思い出を語りだした。


私は棟梁を通してしか先代のことを知らないけど、今の「ハマ屋」の常連さんを見ると先代も雫港のみんなのことを愛していたことが伝わってくる。

「そういうことなのね。それなら・・・」


・・・え~っと、ウルウルしている源ちゃんはほっといて、っと


「それなら、コチラの神棚に・・・」

「神棚・・・?仏壇でなく?」

「えぇ、先代夫妻は神棚に祀るべきだ・・・って棟梁が。」

「そう。仏壇にすると、なんか『しんみり』しちゃうでしょう?だから神棚に祀って賑やかにしてるところを見てもらおうって事でさぁ。」

「では、どうしましょう・・・お線香。」

「大輔さんは、今日車?」

馴れ馴れしくも名前で呼びかけてみた。

よく見るとなかなかイイ男。

「あっ、いえ、電車とバスで・・・」

「それなら『熱いの』一杯やって行きません?」

「あ~、ヨーコちゃん、それ俺のぉ・・・」

「まぁいいじゃない棟梁、『ヨーコさん』が見ていますよ。」

「もぉ~、それを言われると弱いなぁ~。」

作家先生は、やっぱりニコニコ笑って見ている。


先生といえば・・・

「ところで先生、新作ってどんな感じなの?」


(つづく)

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