ヨーコは今日もハマにいる。

八木☆健太郎

初期衝動にまかせて書いた4話

第1話 彼女はヨーコ

私の名前はヨーコ

小川洋子


・・・って、ホントは「ヒロコ」なんだけど、みんなが「ヨーコ」って呼ぶから

「ホントは、『ヒロコ』なのぉ~!」

って、今更言えない雰囲気になっている。


横須賀あたりの小さな漁港「雫港」で、『ハマ屋』って食堂をやっている。

訳あってこの店を引き継ぐことになったんだけど、常連の皆さんに支えられて・・・というより教えてもらって、今ではすっかり「主人」として認めてもらえている、と思う。

ちなみにこの『ハマ屋』って思いっきりベタな名前、なんでも先代のお母さんがつけた名前なんだって。


仕入れを終えて店に戻ると、店番をさせておいた漁師の源ちゃんが

「『にゃ~』っ?!」

と素っ頓狂な声で出迎えた。


「どうしたのよ源ちゃん、変な声出してぇ。」

「き~てくれよヨーコぉ、先生の新作がさぁ・・・」

「源ちゃん、その前に『おかえりなさい』でしょ。」

「あぁ、お・・おかえり・・・っそれより先生の新作がぁ」

「あら先生ぇ、新作できたんだねぇ。」

仕込みを始めながら訊いてみる。

「そ~なんですよぉ、真っ先に皆さんに見てもらいたくてねぇ。」

いつも穏やかな作家先生。


名前は「みなと わたる」。

もちろん本名ではないし、そのことをみんな気にしない。

そもそも気にするくらいなら、私のことを「ヨーコ」とは呼ばない。

なんだかややこしい名前の賞をもらったことがあるそうだけど、「昔のことだからねぇ・・・」と自慢する素振りすら見せない。


「で、源ちゃん何?『にゃ~』って」

「そ~、最後の一行がさぁ・・・」

言いかけたところでガラガラガラ、っと戸が開き

「やってる~?」

「あらぁ棟梁、まだ準備中よ~。」

「『準備中』にしちゃぁ随分と賑やかだねぇ~」

「そりゃぁいつものことでしょ。で?『ねこまんま』しかできないけど、それでいい?」

「あぁ、それでいいよ。それと・・・『熱いの』ね。」

「まぁ、この時間からぁ?」

「今日はもう終わりだからね~。」

「へぇ~、大工は暇なんだねぇ~。」

この人は大工の棟梁。


名前は佐々木・・・佐々木・・・、なんだったかしら・・・。

この『ハマ屋』の一番の常連さんで、私に『ハマ屋らしさ』を教えてくれた人。


仕込みの手は休めず、

「でねぇ棟梁、先生の新作が出来たんですって。ねぇ源ちゃん。」

「そ~なんすよ棟梁、で、その最後の一行で・・・」

ガラガララ、とまた戸が開き

「あのぉ~・・・」

ひとりの男性が

「・・・ヨーコさんはコチラにおいででしょうか・・・?」

見知らぬシルエット。

地元の者ならこんな訪ね方はしない。


「え・・・・・・っと、私ですか・・・?」


(つづく)

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