第14話 パーティー
式典まで2週間を切り、準備も大詰めになってきた。ここ数日は家に帰っていなかったため、今日こそは数時間でいいから家のベッドで寝たいなど毒づく。どうやら夕方にアルディが差し入れとしてケーキを持ってきてくれたらしいが、私は物凄い顔で仕事をしていたらしく、彼女はそっと給湯室にメッセージを残しただけで帰ってしまったらしい。そのメッセージとケーキに気付いたのが朝方になってからというのが笑えない。
化粧すらせず勤務している自分を顧みて、出会いが無い理由をつくづく実感した。結局またシャワーにも入れず朝を迎えたため、既に眠気はピークを通り越してハイになってきている。もしこれがエリザベスならば、意地でも一度家に帰ってシャワー、メイク、着替えだけをして帰ってくるのだろうが、私にそこまでの気力は無かった。
こうやって女を捨てているからなかなか良い話が来ないのだろうか。同僚に言わせると徹夜後の私は魔物のようなオーラを纏っており、なかなか近づきがたいのだという。そんな負のオーラを醸し出す私に、いやらしい笑みをしながら近づいてくる男がいた。
「リリーちゃん、徹夜ご苦労さん。僕たちは君がいない間も徹夜してたわけだし、王室職員としてこのくらいの頑張りは必要だよね。自覚があるようで何よりだ」
秘書課長である。彼は家に帰っているくせに服装が昨日と同じだ。同じ服を何着も着まわすほどおしゃれな男ではないので、おそらく気が付いていないだけだろう。
「何ですか課長?先日の報告書ならまとめて今朝方机の上に置いておきましたけど」
あまりぶっきらぼうにならないようにとつとめても、ついつい口調が厳しくなってしまう。まぁこの課長相手なら仕方ないかと思ってしまう自分がいるのであるが。
「いや、そのことじゃなくてさ、例のパーティー編成の面接の件なんだけど、あれ明後日からだよね?」
「ええ、すでに会場と面接官の選定は終わっています」
「いやさ、王女様に言われたんだけど、面接官に勇者を加えてほしいっていうんだよ。なので、彼を説得してくれないかね?」
「はい!? 今からですか? 面接は明後日ですよ!? 既に面接官お願いしちゃった人たちにはどう説明すれば良いんですか?」
私は驚きのあまり書類を床に落としてしまった。魔王討伐のため、彼に同伴するパーティーの人選をする面接は秘書課の管轄だった。既に私がブルボン王国への外遊に同行する前には根回しが終わっており、宮廷大臣、モリソン騎士団長、秘書課長の3人が面接官になることが確定した。しかしここに彼が入るとなると人選をもう一度考え直さなくてはいけなくなる。慣例で面接官は3人と決まっているので、この中の誰かと彼を交換する必要があるのだ。
「いや、宮廷大臣が下りるってさ。そんでもって僕もちょっと都合悪くなったから、代わってくれないかな?」
「はい? え……? そうすると、勇者様とモリソン騎士団長と私の3人で面接をやれってことですか? ちょっとそれは無理でしょう! まずあの勇者に面接官をお願いするのも一苦労なのに……っていうか、それ以前に、いや、……私なんかで良いんですか?そんな大役?」
「大丈夫大丈夫、王女様も宮廷大臣もオッケーって言っているから。あとは当事者さえ良ければ問題ないよ。ということで、お願いね」
秘書課長は有無を言わさず踵を返して机に戻って行ってしまった。
*****
「というわけで、明後日の面接には面接官として同席をお願いしたいと思います」
もはや何度目だろうか。私は彼と食堂のテーブルに向き合って、面接の資料を広げていた。今日の彼はスペシャルブレンドコーヒーの他に、季節限定メニューである「エルフ特製森のケーキ」(600ゴールド)を食べている。どうやら遠征後にハンナ様から「お礼」という名のお小遣いをいただいたようで、最近は私に見せつけるように良い生活をしていた。
「事情は分かった。だがそもそもパーティー編成について、詳しく教えてくれないか? 今までは戦闘訓練やら魔導訓練やらばかりで、魔王討伐の遠征の内容については特に説明がなかった気がするが」
彼がケーキを口にほおばりながら言う。
「そうでしたか? 確かその説明の担当は……魔導省だからアルディですね。彼女のことだから説明をすっぽかしたのでしょう。分かりました。知っていることもあるかもしれませんが、一応全容を説明しますね」
そういって私は改めて彼に向き直った。緑色をしたケーキのスポンジがおいしそうで集中力をそがれる。
「まず魔王討伐のパーティーですが、通常4名で編成されます。その構成は……」
「ちょっと待ってくれ、4人って……他にはいないのかい?」
「はい。前回の魔王討伐の時も4人のパーティーでした」
「いや、これって戦争だろう? 魔王軍に正面から挑むわけだし、普通は軍隊引き連れて行ったりしないものかね?」
「いいえ。4人です」
「……その理由は?」
「慣例です」
「……慣例?」
「はい。文献によれば、今までの魔王討伐は全て4人パーティーによって成し遂げられました。そのため、今回も4人パーティーで行います」
「役所みたいな前例踏襲主義だな」
「役所ですので。ちなみに、かつて魔王討伐のために連隊単位で遠征したことが複数回ありますが、そのどれもが失敗に終わっています」
「……それ本気で言っているの?」
「ええ本気です。すでに決定事項ですので」
「……分かった。とりあえず4人で魔王討伐に赴くのは納得がいかないが理解した。続けてくれ」
彼は頭を抱えながらコーヒーを啜る。私も正直なところ、この4人という人数は常々不思議に思っていたが、まぁ役所だから前例踏襲だよねという感じであえて気にしてこなかった。なのであまり説明にはなっていないなと思いつつも、先を続ける。
「はい。勇者パーティー4人の内訳は勇者、戦士、魔導士及び治癒士で構成されるのが通常です。勇者はもちろんヨシオ・ノリヅキ様しかおりませんからよいとして、戦士としてはモリソン騎士団長が就くことになっています。これは王族からの直々の命令ですので変えられません」
「なるほど。騎士団長がいてくれるのならば心強いな。それで、残りの2人を面接するというわけか?」
「そうです。先月以来、魔導士及び治癒士候補となる方を広く募集しておりました。もっとも、一般の臣民には勇者様の存在はまだ秘匿されているため、王室や軍の中でのみの公募ですが、それでも200人近い希望者が殺到しました。そのうち書類選考で適性のあるものを事前に選抜してありますので、面接当日では魔導士希望者5人、治癒士希望者5人の計10人と面談していただくことになります」
「概要は分かった。それで、その面接官をやれということが今回のリリー秘書官殿の依頼ということか。ちなみに、面接は私一人で行うのか?」
「いいえ。慣例により面接官は3人と決まっています。勇者様の他にはモリソン騎士団長と私が面接官となる予定です」
ここで初めて、彼が意外なものでも見たという表情で私の顔をのぞき込んできた。
「君がやるのか? 言っちゃ悪いが、君は単なる一秘書官だろう? 普通はもっと役付きの、例えば課長とか大臣とか偉い人がやるもんじゃないのかね?」
「正直に言いますと、私もそう思います。しかし本来面接官となるはずだった秘書課長が固辞したため、仕方なく私が代理で担当することになりました」
彼は納得したような顔をしてゆったりと背もたれに体重を預けた。腕を組みながら天井を見て、私の言葉を反芻するかのように何かつぶやいている。
「……まぁ私の命を預ける同志を選ぶわけだから、自分で面接するのは間違いじゃないよな……」
数分の思考の後、彼はゆっくりと顔をこちらに向けながら「分かったよ」と一言あきらめたようにつぶやいた。
「ということは、面接官をお受けできるということですね?」
彼が心変わりしないうちに言質を引き出してしまおうと思い、私はすこし畳みかけるように言う。
「仕方ない。リリー秘書官に言われるがままというのは癪に障るが、今回の件は受けざるを得ないだろう」
相変わらず棘のある言い方だが、何とか了解してもらえたようでほっと息をついた。
「ありがとうございます。面接は明後日の午後から開始されますが、事前の役割分担や資料の読み込みがあるため午前中には会場に来てください。場所はグラスコー棟3階のA会議室です。宜しくお願いします」
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