第7話 奇襲

 夏も近づいてきたある日の夕方、魔導訓練を終えた私たちは王室職員食堂の一角でゆったりと過ごしていた。まだ勤務時間内なので本来は訓練をしていなければならないが、その日の魔導教官がアルディだったこともあり訓練も早々に切り上げ、こうやって3人でお茶を飲んでいる。もっとも、アルディに言わせれば彼の魔法は相当な威力らしい。技術的にはまだまだのところもあるけれど、力押しで何とかなるからそこまで厳密に教えなくともよいそうだ。


「で、勇者君さ。先日オーク討伐の時にワイバーンが出たらしいじゃん? なんでついでに倒してあげなかったのさ? アンタくらいの魔力ならワイバーンなんか一気に丸焦げだろうに」


 アルディが紅茶を飲みながら言う。彼女は今日初めて彼と顔を合わせたにもかかわらず、既に旧来の友人のような雰囲気で喋っている。そのさっぱりしたところがアルディらしいのだが、未だに敬語で接している私からすると——まぁ業務上仕方ないんだけれども——ちょっと複雑な思いだ。


「それはもちろん、この秘書官さんにタダでこき使われるのが嫌なものでね。ちょっと私への扱いが雑すぎるから、そういう金銭的なところくらいはしっかりしておきたいなと」


「別にタダでこき使おうってわけじゃないですよ! 私だって勇者様の労働条件はちょっとひどいと思いますが、一秘書官の私が何を言っても上は何もしてくれないんです。まったく、上層部は現場が全く分かっていないんだから。いっつも予算だとか王族のご機嫌だとかばっかり気にして……」


「役人がお金と上司しか見ないのは今に始まったことじゃないだろう。それにリリーはうまくやっている方だと思うよ。あの嫌われ者の秘書課長と堅物の財務課長を相手に仕事をしているんだから」


 アルディが私の肩をたたきながら慰めてくれる。


「けど、そもそも誰かさんがここまで無理難題言わなければ、私だってこんなに板挟みになることは無かったのに。ホントもう胃に穴が開きそうですよ……」


 私は恨めしそうな目で勇者を見つつ紅茶を口にした。ちなみに、私もアルディと同じ種類の紅茶を飲んでいるが、彼女は「紅茶にミルクを入れる派」なので、「ミルクに紅茶を入れる派」の私とは飲み方の哲学が異なる。故に、紅茶にこだわるアルビオン王国においては違う種類の飲み物とみなされる。外部の人からするとどうでも良いことらしいが、この国にあっては国論を2分するほどに重要な問題だ。


「まぁリリーの言うことも一理あるわな。ところで勇者君よ、どうしてそんなに頑なにタダ働きさせられることを嫌がるかね? いや、そりゃ私だってタダ働きは嫌だよ? 働くからには給料もらいたいし、その給料だって少ないよりは多い方が良い。けどアンタはここ出たって冒険者でもボディーガードでも何やったって高級で雇ってもらえるだろうし、さらには見た目もよいんだから、時々会うだけで目玉が飛び出るほどのチップをくれる貴族の奥様を見つけて小遣い稼ぎをするのも不可能じゃないだろう。だから、何もそんなに王室の労働条件にこだわること無いんじゃないかね?」


 アルディが目を細めながら彼を見て言った。正直私もそのことについてはすこし疑問に思っていたので彼の返答を待つ。


「……これは私が来る前の話なのだが、元居た世界、君たちが言うところの異世界において、私はそのことに関してずいぶん痛い目を見たんだよ」


 遠い目をしながら彼が話してくれた内容はなかなかどうして私の想像の斜め上を行くものだった。彼は、元居た世界においては「シャチク」と呼ばれる種族の一員だったという。シャチクは朝日が出る頃から日が沈んだ遥か後まで働かせ続けられ、給料も生活を維持できるギリギリのラインしかもらえないらしい。彼の仕事はジンザイギョウカイ、こちらの世界で言うところの奴隷商のような仕事だったらしいが、奴隷の取引が活発化する時期には職場に監禁されるほどの激務だったという。彼が言うには一緒に同じ商会に入ったシャチクの仲間は20人ほどいたらしいが、1年しないうちに10人ほどに減り、3年すると彼を含めて3人しか残らなかったそうだ。


「だからこの世界に来てから、どんなことであれ仕事に関わることに関してはきちっと契約することに決めたんですよ」


「要するに、こっちに来る前の勇者君は奴隷商だったけど、勇者君自身も奴隷だったってことかな?」


 彼の言葉が終わると、アルディが遠慮もせずに聞きづらいことを口にした。


「まぁそんなところだが、自分が奴隷だって自覚が無いため余計にタチが悪いかもね。元居た世界のシャチクたちはお金を稼ぐこと自体が目的となってしまい、そのお金を使って人生を豊かにすることを考えなくなってしまう人達が大半だったんだ。要するに、手段と目的が入れ替わっているのさ」


 彼が自虐的な顔をする。


「見えない敵ですか……。先ほど20人いたシャチクの皆さんが3年で3人になるっておっしゃっていましたが、それほど厳しい環境だったのでしょうか? 戦時における我が王国軍においてもそこまで人員が減ることはあまりないかと」


 私は彼の言葉がまだ信じられずにいたた。ここアルビオン王国においては、前回のナバラ王国との戦争おいてさえ、最も損害の大きかった即応師団で30%の死傷率だったという。他方で彼のいた所では3年で8割以上の死亡率とは、果たしてどんな過酷な環境だったのか想像もできない。しかも彼は本職の戦士ではなく奴隷商だというのではないか。確かにこの国の奴隷商も盗賊や魔物の襲撃に備えて重武装をしているが、戦闘で奴隷商自身が死ぬほどのことはなかなか無いと聞く。


「職場にもよるけど、私のいた所では毎年そんな感じだったよ。最近はあまり聞かれなくなったけど、かつては『企業戦士』って言葉もあったくらいだからね。私のいた国では特に組織に対する忠誠心が求められたため、自分をなげうって働き続ける人も少なくなかったよ」


 彼が強いのは元居た世界においても戦士の職業を兼務していたことにも理由があると考えれば納得がいく。


「そんで、この世界に来てからはもっとマトモな仕事をするべく、リリーにいろいろ文句をつけてるってわけね」


 彼の話が終わったところを見計らって、アルディが言う。彼の話に聞き入ってすっかり同情してしまったが、確かにそれとこれは別物た。危うく彼にうまく丸め込まれるところであった。


「平たく言うとそういうところだ。リリー秘書官にも無理難題言っているが、そもそも自分の身は自分で守らなければならないってことは前の世界で嫌というほど実感したんだよ。もし今ほどの力が元居た世界であったならば、私はシャチクになることもなかっただろうし、上からの無理難題にもノーと言えたはずなんだ。だから大切なのはどこでも食っていける特別な才能を身に着けること、そしてそれを適正な対価で使用することだ。幸運にも私は既に前者を手に入れているから、あとはそれを安売りせず、適正に使用することを心炉掛けているんだよ」


 なんかいい感じにまとめられて悔しいが、彼の言うことは正論なのでここで反論することはあきらめた。けれど悔しい。何とかしてこの生意気なクソ勇者をぎゃふんと言わせられないだろうか。


「そりゃそうですけど勇者様、もうすこしか弱いこのリリー・セインズベリーをいたわっていただいても良いんじゃないですかね? こう見えても私はあなたのために粉骨砕身して働いているのであって……」


「契約書をごまかそうとした本人がそういうかね?」


「いや、あれはごまかそうとしたわけではなく、説明が少し足りなかったというか……」


 彼の言葉に私がしどろもどろ言い訳をしていた時だった。轟音とともに城全体が揺れ、内臓を揺さぶられるような重低音が響いた。どこかで食器が床に落ちる音がし、私たちの目の前に置かれたティーカップが揺れて紅茶がこぼれる。地震かと思ったが、その直後にまた別の方向から轟音が響いてくるのを聞くにつけ、おそらくどこかで爆発があったのだろうと推測する。


「これは何だ? 訓練か!?」


 彼が地面に伏せながら言う。


「いや、分かりません!こんな揺れ初めてです!」


 私もテーブルの下に隠れながら叫んだ。


「かつて研究所で魔石が爆発した事故でもここまで揺れなかったな。ちょっとヤバいんじゃないか?」


 アルディが冷静にこちらを見て言う。爆音は数回続きそのたびにどこかで食器の割れる音がしたが、1分もしないうちに静かになった。


「とりあえず様子を見に行こう!」


 アルディが出口に向かって走り出し、彼がその後に続く。仕方なく私も割れた食器におっかなびっくりしながら出口に向かった。


 廊下に出たら騎士団や侍女、文官が大声で叫びながら行き交っていた。よくわからないが、城の正門のあたりで大規模な爆発があったようだ。右往左往する人々を避けながら外に向かっていると、秘書課長が走ってくるのが見えた。


「これは勇者様! 大変です、力をお貸しください。魔族が、それも四天王の一人であるルシフェルが城を急襲してきたんです! 今、城にいる騎士団で対応していますが、被害は甚大です! お願いします」


「ルシフェル! 魔王の遊撃隊長ともいわれる魔族ルシフェルが城に奇襲を!?」


 アルディが叫ぶように言う。ルシフェルと言えば何年か前に王立軍の連隊を一人で壊滅させたほどの力の持ち主だ。魔王が誕生してからは魔王軍に所属し、遊撃隊長として神出鬼没の攻撃を仕掛けてくる。その力はワイバーンをもたやすく倒すことができ、その知能は王立大学の学者でさえ推しはかることができないという災厄。もっとも、警備の固い王城であるがゆえに、ルシフェル単身であれば何とか撃退できるのであろうが、甚大な損害は避けられないだろう。


「そうだ! 恐らく勇者様が召喚されたことが魔族側にリークされたんだ。それで、今のうちに芽を摘もうと決死の覚悟で乗り込んできたと思われる! 演習に出ている王立軍の主力部隊を呼び返しているが、時間が無い! お願いします、勇者様!」


 秘書課長がすがるように懇願すると、彼は腕を組み、目を閉じたうえで深呼吸する。私たちは彼が何を言うのかを固唾をのんで見守った。


「……分かりました。これは魔族ルシフェルに対する討伐について、秘書課長名で業務命令を受けたということですね」


「お願いできますか?」


 秘書課長が彼の手を取って言う。


 「ちょっと! アンタ前私がワイバーン倒せって言った時には従わなかったくせに、なんで秘書課長には従うのよ!」


 なぜか今回は聞き分けの良い勇者に対して、私はつい文句を言ってしまった。しかも、あまりに余裕が無く彼に対する敬語なんか吹き飛んでしまっている。本当はそんなこと言っているような暇なんて無いのは分かっているが、ついつい口を出さずにはいられない。


「リリー秘書官は私の秘書でしかないですよね? しかし秘書課長は私の上司に当たります。上司の命令を受けるのは部下として当然のことです。ちなみに課長、当然臨時ボーナスは出ますよね?」


 彼は私の文句など何でもないという風に受け流して、秘書課長に向き直った。


「はい、当然臨時ボーナスは出しますので! リリー、今月の課の予算はいくら残っている!?」


 秘書課長に言われて私は鞄から資料を取り出した。


「えぇと……、月初ですので、課の予算は150万ゴールドほどありますが……」


「わかった! 全額出す! 臨時ボーナスで150万ゴールド出すからお願いする!」


「ぜ……全額ですか!? 課長、それはいくら何でも後が厳しいですよ!? せめて半額の75万ゴールドくらいで……」


「構わん! 相手はルシフェルだぞ! 早く業務命令書をよこせ! 私がサインする!」


 そういって秘書課長は私の鞄から業務命令書のひな型を勝手に取り出し、ものすごく乱雑な字で業務内容、報酬を書き込みサインをする。それを受け取った彼は「確かに」と言った後、用紙を丸めて私に手渡してきた。保管しておけということだろう。


「お願いします!」


 秘書課長が直角に頭を下げると、彼はひとこと「分かった」と言って廊下を走って行ってしまった。私はなんとも言えない複雑な気持ちになりながら彼の後を追った。



*****



 私達が西門に到着した時には、既に激しい戦闘が始まっていた。ルシフェルは空を飛びつつその手から黒い光を王城の騎士団に浴びせる。騎士たちは固まってルシフェルの魔法を防ぎながら、時折弓や魔法で反撃している。1対1ではルシフェルの足元に及ばない騎士たちも、集団でかかればある程度のダメージを負わすことができるようだ。

 さらにここは騎士団の本拠地であり、アルビオン王国で最も堅固と言われる王城である。何重にも張り巡らされた防御魔法陣やトラップがルシフェルの足止めをし、バリスタや投石機がその行動を邪魔する。騎士団も限られた人数で健闘していたが、他方で少なくない騎士たちが負傷して王城へ担ぎ込まれてきていた。保健省の医療魔導士と思しき文官がその白衣を赤く濡らしながら走り回っている。


 しかしその戦闘よりも私が目を奪われたのは、ルシフェルの姿だった。魔物と違ってなかなか人前に姿を現さない魔族に関する情報は少なく、特にルシフェルのような強力な魔族は出会ったが最後、誰も逃げられないため果たして実際にどんな姿をしているのかがあまり知られていなかった。私も王立大学の魔族学Iの講義で教授の説明を聞いた限りでは、魔族は見るだけで吐き気を催すような異形の存在であり、そのうち四天王と呼ばれる特に強い4体の魔族については騎士団でさえもしり込みするようなそれはそれは恐ろしい姿をしているとのことだった。

 しかし今、目の前で勇者と戦っているのは黒い衣装に身を包んだ美しい女性——確かにその美しさに騎士団の男性はしり込みしているように見えた——であり、扇情的な衣装とスレンダーなボディー、銀色の髪が相まって、まるで蝶のように空を飛び交っていた。これが夜だったら、夜の女王という形容がぴったりだろう。


「……負けた」


 隣でなぜかアルディが自分の胸に手をやりつつボソッとこぼしているのは聞こえないふりをしておこう。そもそも私だと勝負にすらなっていないだろうから。色んな意味で。


 彼は戦場の状況を確認すると剣を抜き、ルシフェルに向かって素早く剣を振るった。彼の剣から飛び出した雷はルシフェルに衝突し、不意を突かれた彼女はよろめいて高度を落とす。そこに騎士団の投石機から飛び出した魔石の塊が彼女に衝突し、派手に爆発が視界をふさぐ。煙が引いた後の彼女は、服が破れ左肩から血を流していた。


「あれだけの魔法と魔石を浴びてまだ飛んでいるとは……」


 秘書課長が絶望したように言うが、そんな言葉を聞いてか聞かずか、ルシフェルは再び攻撃態勢に入る。


「ルシフェル! 勇者を狙っているんだろう! 勇者はここだ! 私だ!」


 彼はあえて大声を出しながら王城の前の広場に走り出た。ルシフェルも彼一人に目標を定めたようで、態勢を立て直してから彼に向かって全速力でぶつかっていく。ルシフェルの見えない刃と彼の聖剣がぶつかり、その衝撃波が王城のガラスを揺らした。衝撃波が私たちのいる場所まで広がり、あまりの爆風に私はつい顔を背ける。


 ルシフェルは飛び上がって彼から距離を取り、手から次々に黒い光を打ち出した。ひたすらルシフェルが黒い光を打ち続け、彼がそれを剣で切り裂く。流れ弾や彼のはじいた光で門の脇の壁は見るも無残な形になり、周囲には瓦礫の山が広がっていた。騎士団も下手に近づけは巻き込まれるのが明らかなので、今は遠巻きに眺めているだけだ。

 しかし傍から見ていると、どうやら彼にはずいぶんと余裕があるようだった。他方でルシフェルの顔には焦りの色が浮かんでいる。既に攻撃を受けているうえに、時間ばかりが過ぎることで焦りが生じているのだろうか。心なしか照準も鈍ってきているようだった。


「勇者様は相手の消耗を狙っているな」


 アルディがルシフェルから目を離さずに言う。


「消耗?」


 私は意味が分からずに聞き返した。


「勇者様は実力は相当あるがまだ魔術の操作に慣れておらず、技術的なものも未熟だ。もちろん力業で押し切ればルシフェルを凌駕するだろうが、そうすると周りにも甚大な被害が出てしまうことを恐れているのではないかと思う。だからルシフェルを疲弊させ、弱ってきたところを一太刀するのだろう」


 アルディに言われて改めてルシフェルを見ると、確かにだんたんと滞空高度が下がってきており、肩で息をしているのが分かる。


 いよいよ追い詰められてきたのか、ルシフェルがいったん勇者から離れ、頭の上に手をかざす。何かと思うと、そこにはどす黒い球体が渦巻き、少しずつ大きくなって不気味な音を発し始めた。


「あれは破壊砲!全て吹き飛ばして自爆するつもりか!」


 アルディが焦って叫んだと同時くらいに勇者の影が見えなくなり、刹那ルシフェルがはじかれた様に後ろにふっ飛び、城壁にぶつかった。辺りは煙に包まれ何も見えなくなる。先ほどまで爆音や怒号であふれていた戦場に静寂が訪れ、土埃と城壁の破片がもうもうと城門を覆いつくしている。


「やったか!」


 どこかから声が上がり、騎士が次々と走り出した。私たちも様子を見るべく、彼のもとに向かった。


*****


 煙が消えると、そこにはルシフェルの首に剣を突き付けた彼が立っていた。粉々になった城壁のレンガの上で、まるで乞食のようにボロボロになった服を着ながらルシフェルは横たわっていた。戦闘が中断されたことにより負傷者を運び出すべく医療魔導士がそこかしこで大声をあげており、どこかで彼の勝利を祝うような鐘が鳴っていた。


「勇者様、とどめを!」

「王城を破壊した罰だ! 潔くあきらめろ!」

「さらし首にしてしまえ!」


 どこからともなく声が上がる。彼は無機質な目でルシフェルを見下ろしており、ルシフェルは口から血を流しながらも何も言おうとはしない。あきらめたような、それでいてどこか憎々し気な瞳で勇者を睨んでいる。


「勇者様、やってしまってください。奴は人に危害をもたらす魔族、放置しては何をしでかすか分かりません」


 やっと私たちに追いついてきた秘書課長が息を切らしながら言った。彼はルシフェルを見るのと同じ瞳で秘書課長を一瞥し、またルシフェルに目を戻す。そこにいる全員が熱い期待のまなざしで勇者を見つめている。勇者を呼ぶ騎士たちの声はやがて勇者コールに代わり、その熱狂の中でルシフェルだけが冷たく、冷静に勇者を見つめていた。興奮した騎士から投げられた石がルシフェルの頭に当たるが、彼女は反応すらしない。

 やがて勇者はゆっくりとその剣を振り上げた。そこにいる全員が、ルシフェルさえもが次の一太刀で戦いが終わるであろうことを確信した。夕方というにはまだ早い時間帯の明るい太陽の光を浴び、勇者の聖剣が光る。同時に死を覚悟したルシフェルの瞳には、一条の光さえも無くなっていた。


 しかし次に起こったことの意味は、騎士どころかルシフェルさえも理解できなかった。彼は振り上げた剣をゆっくり鞘におさめ、私の方をまっすぐ見つめた。


「今日は帰る」


 その発言に、私達や騎士団だけでなくルシフェルまでもが、言葉の意味を理解できずに目を丸くして彼を見つめた。

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