第6話 騎士団


 勇者の訓練は午前と午後に分けて行われる。時々、座学という形で講義が行われることもあるが、訓練時間のほとんどは戦闘訓練か魔導訓練で占められていた。戦闘訓練は騎士団が担当し、魔導訓練は魔導研究所が担当する。その日は午前中に行われる魔導訓練が講師の都合で中止となったため、私は王城内を歩きながら彼を案内していた。召喚から2か月が経つが、説明やら訓練やら日常生活の準備やらに追われて、こうやって王城をゆっくりと案内するのは初めてのことだった。


「こちらが食堂です。といってももうご存知ですよね、毎日こちらで食事されているわけですし」


 私が食堂の入り口を指さすと、勇者はもちろんという顔をして頷く。今の時間はまだ昼前のため閑散としているが、昼休みや終業後の時間帯にはいつも人であふれていた。


「で、食堂の横が王室福利厚生会の事務所です。もし結婚祝い金とかの申請があるなら、こちらにお願いしますね」


 そう言いながら私は、食堂の入り口の横にある寂れた入口を示した。中では猫耳の獣人が暇そうに雑誌を読みながら受付に座っている。アルビオン王国の王室は建前としては実力主義をとっているため、平民であろうが獣人であろうが試験に受かりさえすれば誰でも王室職員になることができる。

 魔法省に勤めるアルディも中堅の商会の生まれだし、食堂で料理を配膳するドワーフのおばちゃんもれっきとした王室職員だ。ただ王族に近い場所である宮廷省や貴族省といった中枢部所は暗黙の了解で人族により占められているため、それ以外の種族は自然とこういった閑職に追いやられることが多かった。


「あの横にある通路はどこに通じるんだ?」


 彼が福利厚生会ドアの横にある通路を指さす。


「あれは闘技場に続く渡り廊下ですね。行ってみますか?」


「ああ、お願いする」



*****



 闘技場は中心にある闘技スペースを取り囲むように客席が配置されており、王城からの渡り廊下を渡った私たちは階段状になっている座席の一番上に立っている。そこからは、闘技スペースで剣術訓練をしている騎士たちが良く見えた。100人程の騎士が2人1組になり、刃先を潰した刀で打ち合っている。モリソン騎士団長はその中をゆっくり歩きながら剣の振り方や身のこなし方、盾の使い方といった技術的なことをアドバイスしているようだ。騎士たちの動きは素人目に見ても洗礼されており、その剣さばきはまるで舞を舞うようであった。


「さすが騎士団ですね。軍の訓練とは練度が違います」


「前々から気になっていたんだが、騎士団は軍と違うのか?」


 私が騎士たちから目を離さずに言うと、彼がちょうどよい機会といった感じで質問をしてきた。


「軍は集団行動を基本とし、他国との戦争や低位の魔物の掃討などを行います。他方で騎士団は個人から少人数単位での行動が基本となり、高位の魔物の討伐や王族の警護などが主な任務です。騎士団のメンバーは軍や冒険者ギルドから引き抜いてくることが多いので、正真正銘、王国随一のエリート部隊ですよ」


「なるほど、要は特殊部隊というわけか。軍と騎士団は仲が良いのか?」


「悪くは無いと思います。ただ騎士団は宮廷省の一部門なので、軍とは組織が違うんですよね。モリソン騎士団長も宮廷省の課長級職員という位置づけです」


「ほう、あの騎士団長がか……。せっかくだし、ちょっと様子を見てくるか」


 そう言いながら彼は階段を下りて闘技スペースに向かっていった。私もその後を続く。


 闘技スペースまで来ると、騎士たちの掛け声や金属のぶつかる音が思っていたより大きな音で私の耳に届いた。遠くから見ているとただ美しいと思えた剣さばきも、間近で見ると目で追うこともできないくらいのスピードであり、その気迫に足が進まなくなる。


「ヨシオ殿! 午前の訓練は終わったのですか?」


 モリソン騎士団長がこちらに気が付き手をあげながら歩いてきた。騎士の何人かもこちらに手を休めてこちらに歩いてきた。


「いや、今日の午前中は訓練が中止になりましてね。リリー秘書官に王城を案内していただいていました」


 騎士団長の視線が私を向いたので、訓練の迫力に押されていたぼうっとしていた私はあわてて会釈をした。


「こちらは剣の訓練ですか?」


 勇者が周りを見回しながら騎士団長へ尋ねた。


「ええ、今日は第1中隊に対して剣術指導を行う日ですので。せっかくです、ヨシオ殿もどうですか?」


「そうですね、昼まで時間もありますし、お願いできますか」


「騎士達にも良い刺激になるでしょう。ぜひお願いします」


 モリソン騎士団長に誘導され、彼は闘技スペースの中心に向かって歩いて行った。つい先ほどまでは模擬戦に夢中だった騎士たちも今は手を休め、何をするのかと勇者と騎士団長を見ている。騎士たちが見ている真ん中で、モリソン騎士団長が声を張り上げた。


「紹介するまでも無いだろうが、こちらは勇者ヨシオ・ノリヅキ殿である。本日は特別に騎士団の剣技訓練に参加していただくこととなった。早速模擬戦を行いたいが、誰か立候補する者はおるか!」


 騎士たちの間に動揺が広がる。勇者が先日ワイバーンを討伐したというのは王室内でも有名な話となっており、それはつまるところ火力で言えば騎士団長をも上回る、王室最強であることを示す。どう考えても1対1では騎士に勝ち目は無いように思えた。そんな騎士たちの焦りを見て、騎士団長が続ける。


「お前たちがしり込みするのもよくわかる! しかしヨシオ殿は今まで対魔物に特化した訓練を受けてきた。その力が王国最強であるのは間違いないが、召喚からまだ2か月、剣技においては我ら騎士団の方に利がある。対人戦ではその技術と経験こそがものを言うのはお前たちも知っているだろう。どうだ、我こそはという者はいないか!」


 騎士団長の言うことは要するに、火力では勇者に勝てないから技術で勝負してみろと言うことだろう。その趣旨を理解した騎士たちの間で、さらにざわめきが大きくなっていく。


「騎士団長、もしよければ私と騎士団長で対戦するのは如何でしょうか?」


 誰も名乗り上げないところを見て、勇者が騎士団長へ向き直りながら言った。騎士団長は一瞬驚いた顔つきをするが、すぐに嬉しそうに笑いながら勇者を見る。


「確かに。ワシも最近本気で戦う機会が無く体がなまっていたところだ。よし、お前ら! これから勇者ヨシオ・ノリヅキと騎士団長モリソン・クルーガーの模擬戦を行う。この戦い、しかと目に焼き付けておけ!」


 騎士団長が叫ぶと、周囲の騎士が直立の姿勢で一斉に「イエス、サー」と叫んだ。


 騎士団長は傍にいる騎士から剣——もちろん訓練用に刃を潰されたものだ——を受け取り、勇者の前に立った。対する勇者も傍らの騎士から剣を借り、騎士団長に向かい合う。両者の距離約20ヤート。周りの騎士たちは念のため壁ギリギリまで下がって様子を見ていた。私も闘技スペースの入り口に隠れるようにしてのぞき込む。


「ヨシオ殿!この度の模擬戦、手加減はしない!どこからでも来い!」


 騎士団長が大声で叫んで剣を構え、勇者を睨みつける。


「騎士団長はもともと王国最強の冒険者で、今でもその実力は健在です。我々騎士が数人がかりでかかっても倒せないでしょう。どのような模擬戦を見せてくれるか楽しみです」


 隣に立った騎士がそっと私に耳打ちしてくれた。対する勇者も剣を構え、騎士団長を凝視する。誰もが固唾をのんで見守る中、2人は少しずつ距離を詰めながら相手をけん制する。


 刹那、勇者が剣を振りかぶり真っすぐに振り下ろした。騎士団長とは離れているため決して刃先が届く距離ではないが、彼が剣を振り下ろした先の空気が割れ、地面に真っすぐな亀裂を作りながら騎士団長に向かって一直線に衝撃波が向かっていく。一瞬驚きの顔をした騎士団長はすぐに状況を理解し、文字通り目にもとまらぬ早さで右サイドにステップした。直後、空気の刃が騎士団長のいた場所を切り裂き、砂ぼこりが舞う。


 衝撃波を避けた騎士団長は地面を一気に蹴り上げ、勇者との距離を詰めた。他方で勇者もそれを予想していたのか、振り下ろした剣を左になぐ。半月刀のような風の切れ目が彼を中心に広がっていくのが見えた。騎士団長は地面すれすれまで体を低くして衝撃波をやり過ごし勇者に肉薄する。空気の波は闘技場の壁にぶつかって耳をつんざくような轟音と振動となった。私はあまりの衝撃に足元がふらついてしまったが、闘技スペース内にいる騎士たちは動じることなく立ち続けている。よく見ると魔力で貼った結界で衝撃を防いでいるようだ。


 勇者の目と鼻の先まで迫った騎士団長はその勢いのまま勇者に向けて剣を振り落とす。他方で勇者も剣を横に構えて防いだため、甲高い金属の衝突音が闘技場に響いた。騎士団長が自分で言った通り、力で言えば勇者が圧倒しているのだろう。助走をつけて振り下ろされた剣を受けても、彼の顔は涼しいものだ。騎士団長は力では勝てないこと悟ったのかいったん後ろに飛び下がり、今度は横なぎに勇者の左足に向かって切りつける。勇者は刃先を下に向け、不自然な体制のまま騎士団長の刃を受けた。と同時に、騎士団長は勇者の右側に転がり込み、そのみぞおちに向け刃を突き刺さした。


 すんでのところで勇者は剣をよけ、体全体で突っ込んできた騎士団長に向け上から剣を振り下ろす。しかしどういうわけか騎士団長は一瞬で後ろに飛びのき、勇者の一太刀は空を切っただけであった。


 お互い距離を取り、剣を構える。この間、たった一瞬の出来事であった。素人目で見ても、単純なパワーで言えば勇者が圧倒しているのは分かる。他方で騎士団長はその年齢からは想像できないほどの俊敏な動きで勇者の周りを動き回り、探るように打撃を加えている。この闘技場にいる全員が、2人の動きに集中していた。


 少しのインターバルの後、動き出したのは勇者だった。一気に地面を踏み込むと真っすぐに騎士団長に向かって近づく。剣先は騎士団長の胸を狙っているようで、それはさながら剣と勇者が一体化して騎士団長に向かって飛んで行っているようだった。対する騎士団長は勇者の目を睨みながら立ち続ける。地面に錨を下ろしたようにどっしりと立ち続ける騎士団長に勇者の剣先が降れるかと思った瞬間、騎士団長が消えた。


 私の隣にいる騎士が驚いて息をのむのが分かった。確実に騎士団長をとらえるはずだった勇者はそのまま真っすぐ闘技場の壁に激突し、衝撃波が闘技場全体を揺らした。壁の破片や舞い上げられた砂ぼこりが飛び散っている中に向け、人の影が突入していく。直後に金属同士のぶつかる鈍い音が響き、おそらくはその衝撃でだろう、一瞬にして砂埃が吹き飛ばされた。視界が開けた後にその場に立っていたのは騎士団長の剣を受ける勇者。両者の顔はくっつきそうなほど近い。


 数秒にらみ合ったのち、勇者が刀に力を入れようと動くが、その瞬間騎士団長が勇者のみぞおちを蹴りあげ、その反動で2人の距離が離れた。突然のことに体ががら空きになった勇者の胸に向けて、騎士団長が横向きの一撃を入れるが、対する勇者も騎士団長の頭に向けて剣を振り下ろした。



*****



 結果から言うと、模擬戦は引き分けに終わった。騎士団長の一太刀は確かに勇者の胸をとらえたが、あまりにも勇者が頑丈なため剣がぽっきりと折れてしまった。他方で騎士団長に振り下ろされた勇者の剣も、度重なる勇者のパワーを受けて限界まで消耗しており、騎士団長の肩にぶつかると同時に粉々に砕け散ってしまった。



「いやー、やはりヨシオ殿のパワーは桁違いですな。騎士団用の特注の刀がボロボロになってしまった」


 そう言いながら騎士団長は楽しそうに笑った。


「騎士団長と戦わせていただいて、私の技術がまだまだということを実感しました。引き続きご指導宜しくお願いします」


 勇者は丁寧に騎士団長に礼をする。周りでは騎士たちが模擬戦の感想を興奮気味に口にしていた。その言葉には勇者の持つ破格の力だけでなく、彼らの上司たる騎士団長への無条件の賞賛も含まれていた。


「勇者様、そろそろお昼です。午後は魔導訓練がありますから、昼休みのうちに着替えをお願いします」


 私は彼の服を指さしながら言う。彼の服は壁に突撃した時の衝撃でボロボロになっており、ところどころから肌が見えていた。しかし血が全然流れていないのを見ると、本当に彼の体は桁違いに頑丈なんだろう。


「分かった。着替えて昼食を採ったら魔導訓練に向かうよ。場所を教えてくれないか?」


「今日の午後は魔導省の訓練所です。時間に遅れないようお願いします」


 そういって私はその場を後にした。王城に続く渡り廊下に入る前に、多くの騎士たちに囲まれて楽しそうに話している勇者の姿が見えた。いつもは皮肉っぽくて生意気な口しかきかないくせに、ああやって同年代の男たちに囲まれていると普通の男の子のように見えるから不思議だ。戦闘を職業にするもの同士、騎士団とは何か通じるものがあるのかもしれない。そんな彼の姿を見ながら、そういえば彼の年齢を聞いたことが無かったなという事実が、私の頭の隅を掠めた。

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