第3話 酒場
結局、すったもんだの末、ワイバーンは彼によってあっさりと討伐された。本来は軍レベルで対応する災害級魔獣ワイバーンを汗もかかずに倒した彼を見て、モリソン騎士団長も何も言えないようだった。しかし問題は私の、私の個人的な対勇者感情である。物凄く頭に来ていたので、私はその晩、王立大学同期のアルディを誘って王城のパブに来ていた。
「マジあり得ないわあの勇者、金の亡者かってーの!」
私はラガーを半分くらい飲み干してから彼への文句を口にすると、ジョッキを勢いよく机にたたきつけた。ビールジョッキは割れることはなかったが、後ろで飲んでいた中年の文官が驚いたようにこちらを見る。
「いや、けど面白いねその勇者。自分の仕事じゃないからワイバーン倒しませんって、宮廷省秘書官のあんたより役人っぽいじゃん」
アルディは笑いながらエールを一気に喉に流し込んだ。彼女の威勢の良い笑い声でこちらに目をやった斜め前の冒険者らしき人が、アルディを見て目を見開いている。赤い髪に褐色の肌という座っているだけで目立つ外見にもかかわらず、さらに大昔の魔女のようなローブを改造して着込んでいる彼女は、傍から見れば奇人にしか見えない。もっとも、王室内ではその変人奇人っぷりが知れ渡っているので皆慣れたものだが、たまに仕事で王城に来た冒険者などが彼女のことを見ると、彼らはそれこそ新種の魔物でも見たかのような顔になる。私は更にジョッキに口をつけて愚痴を続けた。
「いやそりゃ業務命令書には『オーク100匹の討伐』としか書いてないですよ! 確かに今回のミッションはそれ以上でもそれ以下でもないですよ! そりゃ認めますよ。しかし生き死にのかかったあの事態に、なんで『言われた仕事じゃないからやりません』って……! しかも『どうしてもやらせたいのならその場で新たに契約しろ』って言いやがるし……」
「そりゃワイバーンもびっくりだよね。自分が襲おうとしている獲物が、逃げも戦いもせず目の前で書類書いてるなんて。けど結局その勇者さんは引き受けてくれたんでしょ? しかも格安で」
「今月の課の予算が20万ゴールドしか残ってないって言ったら渋々ながらその金額で引き受けてくれたわよ。まぁあそこまであっさりとワイバーンを倒しちゃうとはさすがに思いもしなかったけど」
「ワイバーン1体の討伐で20万なら超格安じゃん。牙とか鱗とか結構いい値段するんでしょ?」
「それがさぁー……」
そこまで言って私は再びラガーに手を伸ばし、ジョッキの4分の1程を一気に飲む。
「王国騎士団の任務中に回収された魔物は王国に属する、って言って、財務課の連中が持ってっちゃったんだよ。まぁそれを予想してたから討伐費用を秘書課の予算内で何とかしようとしたんだけどね。もし売り払えたら20万どころか2,000万ゴールド渡してもおつりがくるよ」
「まぁそうなるよねー」
そう言いながらアルディもエールに口をつけた。彼女も魔導研究所という魔法省直轄の研究機関で働く身分である以上、役人の面倒くささに対する理解がある。
「それはそうとリリー、勇者って結構イケメンって噂じゃん。実際どうなのよ? うちの職場の若い子ったら最近その噂ばっかりで」
「まぁイケメンっちゃあイケメンだよね。黒髪だったり細身だったり、いわゆる騎士団にいるようなムキムキの騎士とは違うけど。顔立ち整っているし、どっちかっていうと中世的な感じかな? 女受けはするんじゃないの?」
「ほぉー……それはぜひご尊顔を拝見したいものですなぁ。今呼べないの?」
「あの男が勤務時間外の呼び出しに応じるとは思えないね。どっちにしろ、そのうち仕事で会うでしょ、アルディは。……にしてもアイツは勇者だからってちょっと調子に乗ってるよ、ホントに」
「そんなこと言って。実際どうなのよ? いい関係だったりするの?」
アルディの灰色の瞳が大きく見開かれ、いたずらっぽくこちらをのぞき込んでくる。すこし気まずくなった私は残りのラガーを一気に飲み干した。
「そりゃ最初の頃はイケメンだーってテンション上がったよ? 召喚当初は不安げだったから色々教えてあげなくっちゃって張り切ったのも認めますよ。けどさ、いろいろ細かくて……契約だの報酬だの。それに今回のワイバーン戦でしょ? 顔が良くてもちょっとねぇ……」
「ふーん……。そう言いつつも、飲みに行くと最近はその勇者君の話題ばっかりじゃないの、リリーは」
「いや、そりゃ私は彼の担当秘書官だからさ、仕事の話と言えば必然的に彼のことになるでしょ!」
「もうリリーも仕事ばっかじゃなくていい加減彼氏つくればよいのに。素材は悪くないんだからモテるでしょ?」
アルディが私の髪の毛に手を伸ばして引っ張ってくる。確かに繭のように滑らかで透き通った銀髪は私のひそかな自慢だし、自分で言うのも難だけれど顔立ちだって悪い方ではないと思っている。日々の仕事で動き回ることも多いからかスタイルだって悪くないし、王立大学を首席で卒業した自負もあって、そこら辺の貴族お抱えの学者とは対等に渡り合えるくらいの知識はあると思っていた。だから控えめに見積もっても、私という物件はそんなに悪いものじゃないと思っているのだ。
しかしながら、王室職員になってからはプライベートで男性と食事に行ったことなど数えるほどしかないし、最近は声すらかからなくなっている。もっとも、連日の深夜労働で髪の毛や肌を手入れする余裕も無く、たまの休日は寝ているだけという私の生活態度にも問題があるのは分かっているが。
「いや、アルディも王室職員だったら分かるでしょ? 仕事以外で出会う暇なんて全然ないってことくらい。職場だって既婚者ばっかだし、たまに実家から送られてくる縁談の手紙見てもあんまり興味湧かないし」
「そうだよねぇ。けどリリーのいる宮廷省は騎士団があるじゃん。どこかの貴族の次男とか、結構良い素材転がっているんじゃないの?」
「いや、アイツら結構チャラチャラしてんだよね。保健省とか内務省の若い子と飲みに行ってばっかだし。逆に宮廷省の文官とは仕事で対立することもあるので、あんま付き合い良くないんだよ」
「リリーはえり好みしすぎじゃない?」
「そういうアルディはどうなのよ? もう主任研究員までのし上がったんでしょ?同期の中じゃ一番の出世頭なんだし、見合いの話でもないの?」
「無理無理、私みたいな魔法バカは魔法と結婚するしかないよ。そもそも平民上がりの4女じゃロクな縁談も来ないし。上に姉がいるから親はうるさいこと言わないのが唯一の救いだね」
「ホント、私たちって仕事ばっかで、いつになったら出会いがあるのかねー……」
「だねー」
私は空になったグラスを見つめながらため息をついた。
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