第28話 別離
それからぼくたちはハカセさんとあねごさんと合流。
左腕はトリカブトの咲いていた花壇に。
胴体は倉庫の天井に吊されていたらしい。
衣装は剥ぎ取られてなく、
ヒメが着ていたままだったので、
もはや本人と断定できる。
「ひとまず休もう」
と、ハカセさんの意見で、
ぼくたちは両足を発見したあの部屋に、
ヒメの
椅子に腰を下ろす。
誰も何も話さない。
時刻は8時半を過ぎていた。
ぼくが叩き起こされてから1時間半が経つ。
早いのか遅いのかすらわからない。
「そういえば頭痛治まったか?」
しばしの無言の中で、あねごさんがぼくに言ってきた。
「ズキンズキンしますね」
「フローリングで寝てたからかもしれねえな、ほら薬。
メガネと白もか?」
「いただきます」
あねごさんか手からハカセさんは、
薬の包装シートをパキンと折って、
2錠ずつぼくたちに配る。
「水なしでは飲めませんね。持ってきます」
立ち上がると、白ちゃんがぼくに近づいてきた。
「いいよ、座ってて」
なだめると、膝を折って再び椅子に落ちた。
キッチンに着いた。
シンクには夕食の洗い物が残っている。
汚れを浸すために水道をひねる。
こんなもんか?
水を止めた。
ぼくは戸棚から手のひらサイズのグラスを四つ抜き取った。
薬を飲むのは3人だけだが、
あねごさんも水分補給をした方がいいだろうと思ったからだ。
再び蛇口を起こし、
グラスの内側を水洗いする。
キュキュっとこすって完了。
キッチン内は閑静に包まれた。
なぜだか不気味だ。
そういえば、ひとりでここにいたことって、
なかったような気がする。
早く戻ろう。
蛇口に手をかけようとしたとき少しためらった。
冷蔵庫に麦茶があったような。
もちろん薬を飲むのには水が適している。
でも冷えている飲み物のほうが、
喉の渇きを一層癒やせるかもしれない。
なかったら水にしよう。
シンクの横にあったハンドタオルに手を絡ませて、
ずっしりとあぐらを掻いている冷蔵庫の上段のドアを手前に引く。
コトン。
スイカのような丸い物体が、ぼくのつま先にひんやりと当たる。
ん?
じっくり凝らすと……ヒメの生首だ!
「うぎゃあああ!」
2、3歩後退りをすると円状のものを踏んで尻もちをついた。
「っ、痛いな。なんだよ!」
足元に転がっていたのは薬の入っていた大きめの茶色い瓶。
手にしてラベル覗くと『睡眠薬』と手書きで
「なんでこんなところに、瓶が転がっているんだよ。それよ早く」
死に物狂いで起き上がり、
キッチンを飛び出してリビングへ。
みんなを呼びつけてヒメの生首を囲んだ。
「ここにあったのですね」
ハカセさんは小首を傾げる。
意外にも驚いてはいなかった。
「これでヒメだって確信が持てたな」
あねごさんも同じく。
ひょとしたらある程度の予想は立っていたのかもしれない。
ヒメがいなくなって身体の一部ずつ見つかっていたのだから。
一方、白ちゃんは放心したように立ち尽くしている。
「なあ、こんなことを言うのもなんだけどさ……」
あねごさんが唇を震わせながら続けた。
「太朗とヒメって仲悪かったよな」
「そ、それってぼくがヒメを殺したってことですか?」
「あたしたちってさあ、
自分自身のことを知らない記憶喪失者だろ?
動機ってそれ以外当てはまんねえし」
3人の視線がぼくに集中した。
冗談じゃない!
仲が悪かったってだけでヒメを
自分自身が一番わかる。
「ぼくが殺すわけないじゃないですか!」
「犯人はそうやって弁解するんだよな」
「あねごさんに起こされるまで、
ぐっすり寝ていたんですよ。
8人目ってことも」
「お前、この状況で8人目が存在してると思ってんのか?」
あねごさんはやる気のない拍手を送って呆れていた。
つい口走ってしまったが、
8人目の存在価値はゼロに等しいと、
ハカセさんと立証していたことを思いだした。
「それは、その」
「ほーら、ボロを出しやがった。
あたしもさ、
デブが死んだときは、
発作って理由に納得したよ。
でもヒメがバラバラにされたのを見て確信が持てたわ。
これは他殺で犯人はこの中にいるって。
そしてそいつが、
あたしたちに薬を盛ったってね」
「反論させていただきますけど、
ヒメを殺した犯人って、
あねごさんだって当てはまりますよ。
昨晩、ヒメと一緒にリビングから出ていって、
殺害してバラバラにして、
ぼくたちが寝静まるのを見計らって、
死体を所々に隠したんです。
さあ、どうですか?
異議ありますか?」
「あのな、ヒメが死んで1番悲しいのはあたしなんだよ。
ヒメはあたしのこと、
姉のように親しく接してきたんだぞ。
殺す動機なんてあるわけねえだろ」
「あねごさんのアリバイを教えてください。
知りたいのは動機ではありません」
「わかったよ。
あの後リビングを出て、
それぞれの部屋で別れたんだ」
「今朝は?」
「今日の朝は目を覚ましてトイレに行って戻ってきたときに、
ヒメの部屋が微かに開いていたんだよ。
ちょっとからかってやろうかなって、
侵入したら、もぬけの殻でさ。
焦ってリビングに走ったってわけだ」
「それを説明できる人はいますか?」
「いるわけねえだろ!
なに探偵気取ってんだよ。
無能のくせに。
大体あたしひとりで殺害してバラバラに解体して、
まして隠すことって可能なのか?
メガネ、どうなんだよ」
しゃがみこんで
生首を眺めているハカセさんに振られた。
「ここはヒメさんの死亡推定時刻を
あねごさんが部屋に戻って寝床に着いたのはどのくらいですか?」
「ヒメと別々の部屋に離れてすぐだけど、
なかなか寝付けなくて、
3、40分くらい仰向けになって時間潰してた」
「その時に怪しい物音は?」
「ないよ」
「と、なるとおよそ11時から、
ヒメさんがいないことに気づいた、
今朝の6時半くらいの間の7時間半と考えましょう。
まずヒメさんを殺害するのに30分と考えます。
次に遺体を運ぶのに30分。
そうですね、お風呂場とか。
そしてバラバラに解体するためにノコギリやら包丁やら必要です。
地下や倉庫から持ってくるのに30分。
これで1時間半使ったことになります。
ここからがポイントになります。
バラバラに切断された部位は全部で何カ所ですか?」
ハカセさんがギロっとぼくに目力を送る。
「確か、首、左肩、右肩、左肘、右肘、胴体、
それと
左膝、右膝の9箇所です」
「その9箇所をひとりで切断するのに半日、
つまり12時間くらいかかると思います。
その上解体の後片付けやら遺体を隠すとなると、
7時間では不可能ですね」
「ハカセさんって、
人間をバラバラにしたことあるんですか?」
「予想ですよ。
ノコギリや包丁だって、
血や油が付着して切れ味が悪くなって磨いたり、
新しいものを探したり。
重労働なんで休憩を挟んだり。
その点を想定して割り出してみました」
待ってくれよ。
それじゃ時間的に不可能犯罪じゃないか。
ぼくたち4人の中に実行できる人がいない。
どうなってるんだ?
「まあこれで、あたしの無実が証明できたってことか。
でもよ、一人じゃ無理ってことも複数犯ってことはどうよ?」
心当たりがあるのか知らないが、
あねごさんが挑発的に責めてきた。
「つまりぼくたちの他に、
8人目と9人目が手を組んでいるってことですか?」
ぼくが尋ねると、
「アホ、部外者はいねえんだよ。
しつこいやつだなほんと。
この中に1番怪しいのがいるだろうが」
言ってる意味がさっぱりわからない。
だってぼくたちは記憶を失った仲間、
仲良く手を伸ばしてここから脱出する目的がある。
なのに殺し合うことなどあり得ない。
しかし現に起きている。
「お前のことを言ってんだよ、
太朗にベタベタくっついてさぁ!」
突如、白ちゃんの視界に壁を設けるように、
あねごさんが立ちはだかる。
目を細め、
歯を食いしばり、
眉は上がり、
顔はタコのように真っ赤だ。
今まで何度か怒りのサインを目撃してきたが、
これは尋常ではなかった。
白ちゃんが殺るわけがない。
しかもぼくと組んで。
これは止めに入らないと。
「あねごさん、おかしいって。
ぼくと白ちゃんが組んで、
ヒメを殺すわけがないですよ」
「黙ってろ!」
ドスの効いた声に全身の筋肉が硬直して、
動けなくなってしまった。
白ちゃんはあねごさんを避けるようにうつむいている。
「なあ、お前の行動を見ていると、
あからさまに首を傾げることが多いんだよ。
太朗にべったりくっついてさぁ。
本当は記憶があんじゃねえの?
本当は喋れんじゃんええの?
お前が8人目じゃねえの?」
白ちゃんはピクリとも動じなかった。
確かにぼくと白ちゃんは、
一緒に行動するパターンが多いかもしれない。
そんなぼくも最初は疑っていた。
けど、ぼくを殺す気になればいつでも出来たはず。
それをしなかった。
「もう止めようぜ、仮面被ってんのはさぁ。
そこまでシラを切るなら、
こっちだって考えがあるんだよ」
するとあねごさんは、
白ちゃんの細い首を両手で握りしめて高く持ち上げた。
「……ぁ……くぁ……」
「さあ吐けよ!
全部てめえの
白ちゃんはあねごさんの手首を掴み、
足をバタバタしている。
地が抜けるように顔色が蒼白く染まる。
って、なに
早く助けないと。
「あねごさん、止めてくださいってば」
ぼくはあねごさんの右手首を掴んで、
白ちゃんの首から必死に剥がそうとした。
「落ち着きたまえ」
ハカセさんも援護して、
あねごさんの左手首を強く握りしめた。
「ちっ」乱暴に舌打ちを吐いたあねごさんは、
あっさりと白ちゃんの首を解いた。
白ちゃんは四つん這いになり、
床に向けて激しく
ぼくは慎重に白ちゃんの背中をさすった。
「悪いけど、あたしはひとりで行動させてもらうよ。
てめえらとつるむ気は、
これっぽっちもねえかんな」
冷蔵庫の下段に蹴りを入れて、
ふてくされた素振りでキッチンから出て行ってしまった。
耳鳴りがするほど静まりかえる。
ついにぼくたちの関係に亀裂が入ってしまった。
一致団結して、
この屋敷から出ようって誓ったのに、
1人消えて、2人消えて。
なんでこうなってしまったんだ?
わからない、わからない。
一体何をどうすればいいのか、わからない。
「太朗くん、頼みたいことが」
この状況で不安の色を見せないハカセさんが言った。
「白さんを部屋に連れて行って休ませてくれないかな?」
「あ、はい。白ちゃん立てる?」
卵を温めるように、白ちゃんの肩に手を添えて起こした。
白ちゃんの右腕をぼくの首へ回して、
2人3脚をするように歩き出した。
「行ってきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます