第18話 集結、推理

「ひでえな、これ」


 瞳孔を大きく広げながらあねごさんは、

 前屈みになり血だらけの熊さんを覗いている。

 その横ではヒメが、

 あねごさんの服を握りながら目をそらしていた。


 一方白ちゃんは、

 ぼくの左腕しがみついてちらりと見ているようす。

 またひとつ幼い少女の胸にトラウマが刻み込まれた。


「こりゃ、あたしたちの責任だな。

 デブを孤立させて自殺に追い込んじまったから」


 ポリポリとあねごさんが言った。


「果たして、

 自殺と言い切っていかがなものでしょうか?」


 しゃがんでじっと観察していたハカセさんが、

 細い目つきであねごさんを見上げる。


「お前何ほざいてんだ? 

 こいつ自分で自分の腹刺したんだぞ」


「外傷がもう1つあるんですよ、

 ここ注目してください」


 ハカセさんが差した箇所は左首の辺り。

 そこには鋭利えいりな刃物で裂かれたような傷が、

 一直線に耳の下まで達していた。


「何者かによって頸動脈けいどうみゃくが切られているのです。

 これがおそらく致命傷でしょう。

 腹に刺されている包丁はダミー、

 つまりあとから刺したものになります」


「なんでわかるの?」


 あねごさんの影から、ひょこっとヒメが首を伸ばしてきた。


「理由は簡単ですよ。

 あねごさんが見た目で判断したみたいに、

 我々に自殺と認識させるためです」


「他殺かあ……」


 あねごさんは呟きながら、

 左首の傷をじっと見ている。


「左首に傷があるってことは、

 犯人は左利きじゃねえの? 

 だってほら、後ろから右手で口を塞いで、

 左手の包丁でズバッて」


「名推理ですね。

 ではこの中に左利きのかたはいらっしゃいますか?」


 すると1本だけ白い手が伸びた。


「し、白ちゃんが……」

 ヒメはビクンと両肩を挙げる。


「まさかお前が……」

 あねごさんが更に追い打ちをかける。


「ちょっと待ってくださいよ、

 たまたま白ちゃんが左利きってだけで、

 犯人扱いするのはおかしいですって」


 咄嗟とっさにぼくは、

 白ちゃんとあねごさんの間に入って壁を作った。


「あたしの推理聞いてなかったのか?」


「じっくり聞いてましたよ。

 そもそも、白ちゃんに熊さんを殺害する動機が見当たりません。

 あねごさんじゃあるまいし……」


「何だと!」


 自分が容疑にかけられたことに腹を立てて、

 ぼくの胸ぐらを両手で握ってきた。

 く、苦しい。誰かフォローして。


「いいか? もういっぺん言ってやる。

 白が背後にまわってデブの口を塞いで包丁で首筋を……

 ん? おかしいぞ」


 胸ぐらを掴んだ手が力を失い、

 徐々にほどけていく。

 ごほっ、ごほっと咳払いをしてぼくは床に正座をした。


「その方法だと明らかに身長が足りねぇ。

 それに白の手でデブの口を塞ぐことってできるのか?」


「もう1つありますよ。

 熊さんと白さんでは力の差がありすぎます。

 すぐに弾き飛ばすことだって可能でしょう」


 悠長にベッドに腰を据えていたハカセさんが付け加える。

 知ってたんだったら、早く助けてくださいよ。


「ってことは、白の容疑はシロってことになるな」


 この期を及んであねごさんはうまいことを言った。

 すると怯えていたヒメが立ち直って、


「熊さんが相手だったら、

 白ちゃんだけじゃなく、

 あたしたち全員無理なんじゃないかな」


「そうでしょうね。

 あねごさんが考えた方法では、

 熊さんを殺害するのは不可能でしょう。

 これを見てください」


 ハカセさんはベッドから立ち上がると、枕元を指した。

 そこには大量の血が赤く染まっている。


「つまり熊さんは眠っている時に殺害されたと思われます。

 こうして熊さんにまたがって口を左手で塞ぐ。

 そして左首の頸動脈けいどうみゃくをひと突き。

 こんな感じでしょう」


「つまり右利きの犯行ってことだよね。

 やっぱり白ちゃんはシロなんだ」


 自分で言って自分で納得するヒメ。

 白ちゃんの下りはいらない。


「頸動脈を切ったってことは、

 犯人も大量に返り血を浴びじゃないのか?」


 あねごさんが口角を尖らせながら、あごを指でいた。


「シーツとかで防御していた可能性はあります。

 多分どこかにあるはずですよ」


 廻りを見渡したハカセさんは、窓を開けて首を回す。

 ぼくたちは、ただその様子を傍観していた。

 どうやらなかったらしく、今度はベッドの下に。


「お、ありましたね」


 ゴソゴソとでをかき回して取りだしたのは、

 宣言通り血染めの白いシーツだった。

 ベッドの下に隠すなんて、

 エロ本を隠す思春期の男子じゃないんだから。


「エロ本を隠す男子の定番ね」


 ヒメがクスクスと笑う。

 こいつと同意見かよ。


「デブのやつ、

 ちゃんと施錠せじょうしておけって念を押したのによ」


「そういえばこの部屋に入るときに、

 ドアノブ握ったらポロリって落ちましたよ」


 あねごさんが吐いたセリフに、

 頭の豆電球がピカッと光る。

 案の定、ドアノブの部分は、

 くりぬかれたように無数の穴が貫通していた。


「肝心のノブは?」


「ここに転がってました」


 記憶は曖昧だが、再度差し込んだような気がする。

 そして何らかの衝撃でポロッと落ちてしまったのだろう。

 ドアノブを拾ってじっくりと観察するハカセさん。

 ちなみに2階のドアノブは古いタイプらしく丸くて回すものだった。


「原理はわからないけど、ノコギリかなんかで抜かれてるね」


「別にノブなんかどうでもいいだろ」


「つまりこれは計画的犯行ってことになります。

 急所である頸動脈を切るなんて、一般の人では想定できません。

 酷い話になりますが、

 死体に切り込んだ複数の傷跡があるとしましょう。

 ストレートに考えれば、

 被害者へ『メッタ斬りにしてやる』ってことが考えられがちですが、

 急所がわからなくて、身体中を刺したってケースもあり得るんです」


「一体メガネは何が言いたいんだよ」


 長いハカセさんの説明に、

 あねごさんがマッチ棒のように目を細める。


「つまり……犯人はあねごさん、あなたです」


 ハカセさんがまっすぐに人差し指を、

 あねごさんの眉間みけんに突きつけた。


「はあ? 何であたしが犯人なんだよ!」


 あねごさんは牙と角をニョキニョキと生やし、

 指を骨折するくらいボキボキ鳴らす。


「あれれ? 違いましたか。

 じゃあヒメさんが犯人で」


 おいおい、当てずっぽかよ。


「ひどーい! 可愛いあたしが熊さんを殺して,

 何のメリットがあるのよ!」


 ヒメは鼻の穴を大きく膨らませ、

 ガッチリと腕を組んでいる。


「ハズレなの? じゃあ白さんで」


「……」


 白ちゃんは、

 あごを高く上げて雪女のような目つきでハカセさんを睨む。


「またまたハズレましたか。

 もう太朗くんでいいですよ!」


「結局、たらい回しじゃないですか!」


 喉の底からハカセさんに向けて怒鳴りつけた。


「途中までメガネの推理当てにしてたのに、

 デブの死因しいんって8人目の仕業か薬の発作じゃねーの? 

 バカバカしい。行こ行こ」


 冷たいまなざしを送り去って行く後ろを、

 ヒメが「べーだ」とアカンベーをして行く。

 するとピタッと停止したあねごさんは、


「そうそう、そのままじゃデブ可哀想だから外に並べておけよ。

 男どもで」


 それって、ぼくとハカセさんのふたりだけで熊さんを運べってこと?


「ふうー、仕方ありませんね。

 太朗くん、がんばりましょう」


「たまに思うんですけど、

 ハカセさんの行動っておかしいですよね。

 それにぼく腑に落ちないんです」


「僕が足を持つから、太朗くんは頭でお願いね」


「……人の話、聞いてますか?」


 結局ぼくたちは熊さんを運ぶのに3、40分くらいかかった。

 玄関からちょうど崖の外れ。

 名もなき死体のそばに並んで眠らせた。

 アンモニアの腐らせたような屍臭が漂っていたので、

 ブルーシートをかけてその場から離れた。


「お腹に刺さった包丁、

 抜いておいたほうがいいと思いますよ?」


 するとハカセさんが、


「僕たちは専門家ではないので、そのままにしておきましょう」


 朝食って気分ではないが、

 ぼくたち3人はリビングに戻ることに。

 一応白ちゃんも付いてきていたが、

 見てるだけで熊さんを運ぶのに協力はしてくれなかった。

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