第6話…メルティーでベタな雰囲気

初めて頼んだチーズフォンデュ。


目の前には昔とちっとも変っていない元彼が座っている。


彼女は、非現実な雰囲気に酔っていた。人生でもう諦めていたトキメキ、恋愛。


結婚してさらに出会いがなくなって、出会ったとしても気を遣い過ぎてすぐ面倒臭くなってしまう。


でも、出会いたい……。


彼女なりに考えた結果、手っ取り早く雰囲気を味わえるのが元彼だったというわけだ。年賀状からEメールを通じて気持ちが高まっていき、ようやくリアルに会えた。


まさかここまでうまくいくとは正直思わなかった。


彼は未だにお酒に弱いようで、乾杯も彼女が赤ワイン、彼はミネラルウォーターだった。


こんな乾杯でさえ懐かしく、気心知れている証拠となって、親近感を助長させる。


いつも二人でこのお店に来た時に頼む料理を頼まず、チーズフォンデュを頼んだ彼女。


フォンデュには白ワインが入っているのも知らずに子供のようによく食べる彼。こんな少しのアルコールでも彼を酔わせるには充分と彼女は計算済みである。


(うふ。可愛いわね)


内心つぶやきながら、酔って顔が火照ってきている彼が彼女の思う壺にはまっていく。まさにフォンデュのようにトロトロにされていくようである。


「お前、前より綺麗になったよな」


酔っ払ってくれば余計に綺麗に見えるであろう。


「竜彦はどうしてお前に寂しい思いをさせるのだろうか?」


彼女の旦那は、元彼の大学時代の友達であった。


「やっぱりあなたと結ばれていればよかったわ」


「結婚はタイミングと勢いだからな~。メールでも書いたけど

俺はまだ結婚のけの字もないよ」


お互い酔ってとろんとした目が絡み合い、何かを期待している

ように潤んでいる。


「竜彦って学生時代から髪の毛薄かったから今ではもう

すっかり禿げちゃっているんじゃない?」


間が持てなくなった彼は、よせばいいのに共通の話題となる旦那の話をしだした。もしかしたら彼は彼なりに、彼女と夫との距離を確認するために質問しているだけなのかもしれない。


「野暮なこと聞かないで…。もうあの人の話はやめましょ」


彼女は彼の手の上に自分の手を置く。


レストランで机を挟んで座っている二人だが、心の中では二人ともしっかり抱き合っているのであった。


「行こうか……」


「ええ」


「出ようか」とか「帰ろうか」という建前的な会話がないのが付き合っていた間柄と言うものである。


寒い夜道で彼のコートのポケットの中で手と手を握っている二人はすっかり恋人のよう。ベタなシチュエーションの方がこの年齢になると嬉しい。


道すがら、もっとベタなカップルがいた。


一本のマフラーを二人で巻いている。ペアルックではないのがまだ救いである。


彼女も元彼も気付かなかったのだが、実は彼女の夫、竜彦とその愛人であった。


「あ!」


竜彦は二人にすぐに気付いた。気付いたことを愛人に察せられていないところは相変わらず抜け目ない。


マフラーを口までたぐり寄せ、気付かれないように二人を観察していた。


「あ、そうだ年賀状の返信を出さなきゃ」と竜彦はポストを探しながら、二人がホテルに消えていくのを見届けたのであった。


つづく。

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