その158:孔雀はソロモンの空を飛ぶ その16
ガガガガッ!!
十二.七ミリが機体を直撃した――
「わぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ――!!」
恥も外聞もなく、頭を抱え身を低くする。
胴体を拘束する座席バンドが肉に食い込む。
痛い――
が、痛いのはそこだけだった。
「わっ! やべッ……」
防弾ガラスを増設しておいてよかったぁ~
と、俺は心底思う。
ブローニング十二.七ミリ機銃弾は、側面に張った防弾ガラスに突き刺さっていた。
ビシビシにひび割れを作りながらも、なんとかコクピット内への弾丸侵入を防いでいた。
『あはははは、アメ公の軟弱弾など、怖くないのだぁ~』
と、俺の脳内で女神様が声を上げる。
若干声が震えているし、なんで怖くないなら、実体化を止めて脳内に避難したのかという疑問は残る。
が、この女神に疑問をぶつけても無意味なので考えるのをやめる。
改造銀河の風防には側面と上面に六〇ミリのアクリル防弾ガラスが貼られている。
部分的ににであるが、無いよりマシどころか、無かったら死んでいた……
「ぎりぎりじゃないか……」
殺意の残滓がこびり付いた銃弾が、アクリルガラスから先端を突き出していた。
本当に辛うじて銃弾を止めたのだ。
ガンッ!!
「あびゃぁぁぁ!!」
背中をハンマーでぶったたかれたような衝撃。
死んだ。今度こそ死んだ……
と、思った。
『アホウか! 防弾板に弾が当たっただけじゃ』
『出てこい! この恐怖を味わえ女神!』
『狭いからいやだのだ! 決して怖いわけではないのだ!』
さっきまで俺と狭いコクピットの中に納まっていたくせに!
今、女神は俺の脳内に引っ込んでいる。
「おごぉぉぉぉ――!!」
「降下して回避します!」
操縦士の声が聞こえたが、嫌も応もないく、俺は「あ――」と叫ぶしかなかった。
二十一世紀に生きていれば絶対に体験できない絶叫マシーンと化した銀河の中で俺はカクブルするしかない。
ゲロ吐きそうだ。
視界の隅がバッと明るくなる。
反射的にその方を見る。
P-38が火達磨になって、落下していく最中だった。
零戦五三型が凄まじい機動で、切り替えしていった。
二〇ミリ「九九式二号四型機銃」の破壊力は、頑丈な米機でも数射でポンコツに変える威力があった。
この機銃だけでなく、陸軍との共通装備となっている十二.七ミリ機銃も四門備えているのだ。
零戦二一型に比べれば倍近い投射弾量を持っている。
「なんとか…… なんとか頑張ってくれ」
双発機とは思えぬ急降下を続ける銀河の中、俺はすがり付くように零戦を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
「この高度なら、P-40の方が手強いか……」
高度は二〇〇〇メートルを切っていた。
杉田庄一二飛曹は、焔に包まれ落下していくP-38を視界の隅で確認しながら、周囲を見やる。
「きやがった!!」
フットバーを蹴飛ばし、操縦桿を思い切り倒す。
P-40だった、二機編隊を組んで、相互掩護してくる。
この高度での機動性能はF4F・ワイルドキャット以上に俊敏だった。
翼面加重一七〇キログラム/メートル平米は米軍機の中では小さい。
これが小さいと言うことは、高度維持能力に優れる。一般に言われる旋回性能が良いということだ。
だが、良いといっても『米軍機の中では』という但し書き付だ。
零戦の敵ではない。
杉田庄一二飛曹は敵編隊を崩すように機体を強引に機動させる。
同時に機銃発射
OPLの中に機影を捉えているわけではなく、腰ための威嚇射撃だった。
それでも構わない。
「びびってやがる!」
米軍搭乗員をして「ゼロは大砲を積んでいる」と言わしめた二〇ミリの威力は狙われるだけで恐怖を喚起させた。
杉田は身をひねって後方を確認する。
定石だ。
このため、肩の座席バンドは予め外してあった。
(前だけ見て飛んでいたら直ぐ死ぬ――)
本能レベルで叩き込まれたことだった。
幸い、杉田機の後方に機影はない。
OPL(九八式射爆照準器)にすっと敵機が映りこんでくる。
「死ね!」
必殺の気合を込め、機銃発射
二〇ミリ二門、十二.七ミリ四問の全力射撃。
鋼と炎が一直線に収束していく。
弾道特性も過去の機銃よりも大幅に改善されていた。
確かな手ごたえを感じた瞬間、P-40の翼がへし折れる。
巨人の鉄槌の一撃を受けたかのようであった。
どす黒い煙と焔に包まれ、礫のように墜ちて行った。
鋭いターンを決め長官機に接近する杉田機。
撃たれてはいたようだが、特に被害を受けているようには見えない。
長官も無事なのではないかと、杉田は判断した。
今のところはだ。
それにしても――
周囲をみやりながら、杉田二飛曹は、雑多ながらも敵の数の多さに気を引き締める。
十二機の零戦は分散し、敵機に当たっている状況だ。普通なら有り得ない。
敵の数の多さが原因であった。状況は予断を許せるものではなかった。
「シコルスキーか!」
最近になってソロモン方面に投入された新鋭F4U・コルセアだ。
背面降下で、一気に銀河を襲撃してきた。
異教の海賊の名を持つ戦闘機は、高空では侮れないが、この高度ではそれほど大したことは無い。
低空での機動性能ではいまひとつだ。
試作機の段階から指摘されていた、三舵の効きが良くない。
自慢の速度も二〇〇〇~一五〇〇メートルでは、五五〇キロメートルが精々だった。
零戦五三型の速度と大差がない。
その上、上昇性能では明らかに劣っていた。
が、降下時の速度は抜群だ。
「くそが!」
鋼鉄の
銀河が双発機とは思えぬ機動で、火箭を交わしていた。
改造された銀河には武装はない。通常であれば、機首と後部機銃があったが、そもそも爆撃機の機銃など役に立たぬということで改造にあたって取り外されていた。
その重量は、防御力強化に割り振られていた。
「ふぅ~ やるなぁ」
が――
杉田は、銀河の操縦士に感心しながらも、スロットルを叩き込み零戦を加速させる。
離床出力一三〇〇馬力の金星エンジンが咆哮する。
推力式単排気管から、青白い焔が噴出され、機体が加速した。
「まだいやがるのか!」
後続のシコルスキーはまだ銀河を狙っていた。
弾道特性が改善された二〇ミリでもまだ届かない。
まずい――
そう思った直後だった。
ブッとい、真っ赤な火箭が、
強引にたき壊されたF4Uのアルミの空中にッバラバラと飛散する。
次の瞬間、空気を振るわせる爆発音とともに、F4Uが木っ端微塵となった。
「なんだ―― 高角砲?」
まだブインからは遠い。
杉田は機を傾け洋上を確認するが、高角砲を搭載した船など視界のどこにも存在しない。
海はどこまでも碧くただ青いセロファン紙を広げたかのように広がっていた。
いったい……
杉田二飛曹の眼球は空域を走査する。
「
それは機首が絞り込まれた紡錘形のフォルムを持った先鋭的な機体。
ブインに配備されているという、局地(迎撃)戦闘機の雷電だった。
「ここまで飛べるのか? っていうか、あの機体にはなに積んでいるんだ?」
脚が短い――航続距離が短い――という局地戦闘機がここまで進出できるのか?
そして、F4Uを木っ端微塵にした機体にはどんな武装が搭載されているのか?
杉田二飛曹は、頼もしい援軍を迎えながらも、何ともいえない疑問を発していた。
◇◇◇◇◇◇
『なんとか、捕捉できたかぁ~』
『飛んでくるコースを知っているんだからな』
『ま、アメさんに出来て、こっちに出来ないという理由はないな』
機器、装備方法、整備マニュアル改善により良好な性能を維持している無線機が明瞭な声を電子から空気の振動へと変換していた。
お馴染みの雷電乗り――
鷹羽二飛曹と、鷲宮二飛曹のペアだった。
『ガ島まで行って帰ってきたんだからな、こいつは脚も長くなっているし』
『燃料を目いっぱいいれて、でっかい増槽をつんでいるからなぁ~』
雷電は、鷹羽、鷲宮の二機を含め、四機であった。
が、それでもこの戦場では決定的な援軍だった。
「向かってくるかよ――」
鷹羽はニィッと笑みを浮かべた。
降下から反転上昇してきたF4Uが、雷電に向かってきたのだ。
もう、位置的に銀河への攻撃が困難であると判断したのかもしれないし、ただ任務失敗の八つ当たりでやけっぱちになっていたのかもしれない。
鷹羽二飛曹にとっては、どっちでもいいことであるが。
距離は――
二〇〇メートル以上ある。
まだ三〇ミリ機銃の間合いではない。
が、敵機は撃ってきた。
弾道直進性の良いブローニング十二.七ミリ機銃六丁。
六本の青白い火箭が、機体を掠める――
「かまうかよ!」
もはや、味方も敵も高度を落し乱戦状態であった。
そして、米軍機は数を減らしているのだろう。
もう、作戦の失敗は明らかだった。
それでも、見敵必殺であった。逃げると言う気配は微塵もなかった。
敵ながら天晴れである。
が――
「下手糞が」
勇敢さと技量は比例しない。
確かにF4Uのパイロットは勇敢であったが、同時に無謀でもあった。
そして、狂気と紙一重の勇猛さと技量を持つ鷹羽二飛曹の敵ではなかった。
「アホウがぁぁぁ!!」
甲高い強制冷却ファンの音を奏で、高速迎撃戦闘機・雷電が猪突猛進する。
鷹羽二飛曹は三〇ミリ機銃の釦を押し込んだ。
稲妻の衝撃を翼に伝え、両翼に装備された三〇ミリ機銃が火を吹いた。
それは、F4Uパイロットが見た最後の光景であったかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
「やはり勝ち戦だったようだな」
ガダルカナル基地の全貌が見渡せる高地だった。
周囲の草木の中に紛れ込むようにして、男は言った。
言葉を発するまで、一切の気配を感じさせるものではなかった。
彼の視界にはボロボロとなった米機が、編隊を造ることも無く、帰還してきていた。
「一六機か――」
「そうですね」
もうひとりの男が答えていた。
「新しい話は?」
「今のところは」
その男は携帯無線機を操作しながら答える。
「すでに無線傍受で、長官機の無事を確認しています」
「味方からだけではなく、敵の失敗から無事を確認というのもなんともいえんな」
「我々はそういう存在ですから」
「そうだな」
男は、双眼鏡を手にして、基地をみやる。
無骨な手であった。
どうやら、山本長官は無事であったらしい。
無線傍受した複数の「情報材」からそのような情報が導かれる。
「しかしだ――」
男は思う。
少なくとも自分たちの戦いはまだこれからも続くのであると――
ガダルカナルに配置された特殊陸戦隊――
ガ島遊撃隊の戦いの本番はこれからであった。
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