零式観測機(F1M1/三菱) 米軍コードネーム「ピート」

「低学歴のチーフじゃ、スタッフも低学でしょう」

「まあ、そうですな」

「佐野君は、高等工業学校卒だしねーー」


 三菱に限らず東京帝国大学航空科を卒業した者が、航空機設計者になる唯一の道だった時代に「零式観測機」の主務設計者となった佐野栄太郎は、高等工業学校卒だった。


 それで、「観測機」という海軍の戦術上かなり重要な機体設計を任されたのだから、本当の実力者だった。


 周囲から相当な嫉妬と白眼視があった。


 三菱にとっては水上機専門メーカーである川西との競争試作であり、水上機を今後、社内的に重点開発すべき機体とするという認識も無い。

 

 水上機は発注数も限られ、どちらかといえば「中小メーカーが造るものだ」という思いがあったのかもしれない。

 

 1935年(昭和10年)に海軍から計画要求書が出てくる。

 性能の優先順位は上昇力>空戦能力>速力ということになる。

 そもそも三菱にはあまり経験がないから、海軍の要求仕様のとんでもなさがわかってなかったのかもしれない。


 それは、艦上に乗せる小型の複座機で、しかも敵戦闘機を追い払える空戦能力を要求してきた。

 外国の戦闘機と戦える機体を要求してきたのだのだった。


 そもも、下駄履きのフロート付きなので、速力はでない。

 で、当然重くもなるので、上昇力だって劣るはずだろう。

 しかも、空戦能力にしても、フロートの空気抵抗が横の機動性能の向上を阻害するのだから、どうしようもない。


 ということで、こんな難易度の高い機体を高等工業学校卒の佐野栄太郎にやらせつることにしたのだった。


「まあ、わが社は水上機作ったことないし、ここで断って海軍の心象悪くするのもなんだから、やりますかー」

「失敗しても、高等工業学校卒の設計ですからねー」


 ってなことがあったのかどうかは、三菱の社員でもないので知らない。

 ただ、中島飛行機に比べ「きっちりしているけど官僚的」といわれた三菱の社風の中で学歴に対する差別は存在しただろう。


 それでも佐野栄太郎はこの困難なプロジェクトに立ち向かった。

 彼に与えられたスタッフにはひとりも大卒の技師はいなかった―ー


「ボクの机とイス、特注だから」


「そうですね」


「ほら、ボク150センチしかないから」


「小さいっすねーー」


 ということで、小さな学歴のない佐野という男は、「零式観測機」という極めて高い難易度の要求される機体の設計に立ち向かう。


「空戦能力優位なら、複葉のほうがいいよね!」

「まじっすか! 佐野さん、この全金属機の時代に複葉っすか!」

「うーん。それに操縦系統のワイヤーの剛性を低下させると、操舵感覚が速度域によって変化しないと思うよ」

「そんなことして大丈夫なんですか!!」

「あと、機銃発射ボタンは、スロットルレバーにつけた方がいいよね。だって、操縦桿にあると焦って押し捲るよねーー」


(神雷工房さまより)

http://jinraikohboh.web.fc2.com/Gframe156.html


 というわけで、巷でいわれている「剛性低下方式」と「スロットルレバーの機銃ボタン」は佐野氏の発想であり、まず「零式観測機」で実施されのだった。(参考:世界の傑作機No.136「零式観測機」21ページ)


そして、競争試作に打ち勝ち採用されたのが「零式観測機」となる。


(神雷工房さまより)

http://jinraikohboh.web.fc2.com/Gframe156.html


この魅力的なフォルム!!


太平洋戦争において、本来の目的だった「着弾観測」という任務には使わなかったにせよ、まさしく万能機として太平洋の空で活躍した機体のひとつとして絶対にはずせない存在だ。


とにかく、様々な任務に使えるというのが「ゼロ観」の魅力だった。

ちなみに、戦時中も海軍内の略称は「ゼロ観」であり、「零観」という人はいなかった。


しかし、万能=無敵ではない。


「ジーク(零戦)だ!逃げろ!」

「ピート(ゼロ観)だ気をつけろ!」


米軍が零戦に遭遇したときの反応と、ゼロ観に遭遇したときの反応。

この言葉をもって、本格的な戦闘機に脅威が及ばないという判断をしてい人もいる。

しかし、そもそも「下駄履きの複葉機」で「気をつけろ」といわせただけでたいしたものだ。


太平洋戦争前の大陸での空戦でフロートをつけた水上機が活躍しすぎ、その能力に期待しぎたという海軍の誤りはあっただろう。


ゼロ観はいいとこ九六式戦闘機と互角に戦えるかも知れないという機体であって、米軍の本格的な戦闘機相手には厳しい勝負をせざるを得なかった。

確かに撃墜を記録したという話もあるが、それ以上に墜ちている。



でも、この機体は航空機メカニズムのある種の頂点で、しかも、それを高学歴大好き会社の中の、学歴で白眼視されるような人が作ったというのが、爽快だ。



■零式観測機データ■


【零式観測機11型】

 全幅:11.00m(折りたたみ時5.30m)、全長:9.50m、自重:1,964Kg、全備重量2,855.5Kg

 エンジン、瑞星11型14気筒、最大出力875馬力、公称出力800馬力/高度4,000m

 最大速度365㎞/h/高度3,250メートル

 航続距離1,829km

 上昇力5,000mまで8分55秒

 武装、固定7.7ミリ機銃×2(弾数400発×2)、旋回7.7ミリ機銃×1、爆弾60㎏×2

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