その142:ヤバい……俺のソロモン視察・士気向上激励作戦
ラジオでは「大本営発表」は軍艦マーチとともに、大戦果を報じている。
史実のような嘘っぱちではないが、本当ではないということでは、同じような感じになってきた。
「敵空母4隻撃沈、戦艦2隻撃沈 空母2隻大破――」
史実よりはかなりマシだが、盛りすぎだ。
実際に、戦果が確認できたのは、空母ヨークタウンとレンジャーの二隻撃沈。
翌日の昼間は正規空母を捕捉できず、護衛空母を1隻撃破している。
また、戦艦はノースカロライナを撃沈したようだ。
しかし、実際の空母戦で沈めた正規空母は無い。
空母レンジャーは基地航空隊の一式陸攻の戦果だ。
空母ヨークタウンは、西海岸交通破壊線からソロモン方面に移動したばかりのイ-19の戦果だった。
それでも、結果だけみれば、勝ったように見えなくない。
しかしだ――
第一航空艦隊の加賀が、ラバウル沖で敵の散布していた機雷で損傷。
意外に大きな損傷で、復帰には時間がかかりそうだ。
そして、空母に沈没艦が出た。
祥鳳が、潜水艦の雷撃を喰らって沈没。
その他、翔鶴は小破で済むところを、山口多聞中将(昇進手続き終わり)が何かやらかしたらしく、中破判定だ。
飛龍はロケット弾攻撃を喰らい、右舷の対空火器群が全滅に近い状況。
その後、1000ポンド(約450キロ爆弾)を後部に受け、手ひどいダメージを受けた。
この2隻は修理に合わせ、アングルドデッキ改造に入ることになる。
となると、大型正規空母が一気に3隻使用不能の状態になったわけだ。
ちなみに、瑞鶴だけは今回も無事だった。やはり運というものはあるのだろう。
砲撃戦では、戦艦金剛が大破している。貴重な高速戦艦がしばらく使い物にならない。
ただ、彗星、天山などの新鋭機による夜間攻撃は、圧倒的な戦果を上げることはなかったが、被害はそれほど多くはなかった。編隊がくずれ、収容に時間がかかったが、昼間の航空戦に比べれば、損耗率は大きく下がっていた。
搭乗員の消耗も少なかった。
第一、第二航空戦隊とも、昼間の航空戦を挑んだが、敵を捕捉できなかった。
ラバウルもダメージがあり、索敵機を数多く出すことができず、ただ、護衛空母1隻を発見し攻撃ができただけだった。
距離的に近かった、第二航空艦隊から攻撃機が出て、彗星が50番を3発命中させた。
ただ、爆弾が不発だったのか、柔い船体を鉄鋼爆弾が突き抜けて信管を作動できなかったのか、そのまま逃げられてしまった。
こちらは、油の問題があって、深追いができないのだ。
「どうも…… 収支的に考えると――」
俺は連合艦隊司令部、その幕僚たちを前にして言った。
「勝ちとはいいきれない。負けというのは言い過ぎかもしれないけどね」
戦艦による夜間砲撃と、空襲によりラバウルの航空戦力は細っていた。
トラック基地から補充できないというわけではない。
しかし、アメリカの戦力充実の速度が史実より早い。
エセックス級は2隻確認され、護衛空母群も健在だ。
空母の戦力バランスは、一気に五分五分に近いところになってしまったわけだ。
それは、司令部全員が共有している認識で、あえて口にすることもないかと思った。
「確かに、戦闘では引き分け、ただ、向こうの作戦目的を達成させてしまった点では、こちらの負けでしょう」
黒島先任参謀が言いにくいことをズバリと言った。
「こちらも、商船改造空母の運用を――」
「雲鷹か? あれは足が遅くて使えんだろう」
幕僚が会話した。
「うんよう」のアクセントが微妙に違っているなと思ったが、話は通じていた。
「まあ、沈んだわけでないし、量産型空母の計画も進んではいるのは?」
「しかし、揃うのは昭和19年以降ではないですか?」
幕僚たちの空母戦力に対する議論が続く。
敵の空母戦力の充実速度になんとか追従していかなくてはいけないというのは、戦前からの日本海軍の課題だった。
最終的には「飛行甲板の数を同じにしよう」で、商船改造空母が造られたのだ。
(こっちも、商船改造空母の投入を考えるか―― しかし、カタパルトがなぁ…… それに航空機輸送船としては便利なんだよなぁ)
アメリカが商船改造の護衛空母を使ってくるのに対し、こちらの方は十分に使用しきれない。
25ノット以上の速度をもつ大型の隼鷹、飛鷹以外の改造空母は、航空機運搬船のように使われている。
まあ、それはそれで重要な戦力ではあるのだが。
日本海軍の火薬式、空気式のカタパルトでは、空母での連続発艦には使うのは難しい。
(スキージャンプ台もあるが…… 20ノット程度の艦でなんとかなるのか?)
俺は、記憶をほじくり返して考えるが、商船改造空母の戦力化の妙手が浮かばない。
戦後、アメリカの軍関係者は「これらの商船改造空母は航空機輸送に使用するのが最善だった」とコメントしている。
史実では、海上護衛戦に投入され、喪失してしまうのだが。
日本の資源輸送ラインに限っては、地図を見れば分かるが内海のようなものなのだ。
基地航空隊で、エアカバーが可能な地形だ。
本物・山本五十六が奔走して「海上護衛総司令部」は設立され、一気に動きはじめる予定だ。
責任者は、史実の及川大将ではない。
第一次世界大戦の護衛戦を研究し、早期から海上護衛の必要性を主張していた新見政一提督を推薦している。
あの人物評価の厳しい、戦後「海上護衛戦」の名著を書く大井篤氏ですら絶賛した提督だ。
当然、大井篤中佐にも作戦参謀になってもらうことは、既定路線だ。
船舶暗号の見直しはさせる。で、定時の位置連絡などは当然廃止する。
史実は、待ち伏せしてくれというようなことを、ずっとやっていたのだ。
ただ、今のところ、商船の被害は、作戦運用される船舶に集中している。
本土-トラックルートだ。
これも、対策が必要なのが、日本の国力の脆弱なところだった。
「まず、ソロモンで持ちこたえないとまずい。マーシャル、ギルバートを取られても、それ以上侵攻しようとすると、トラック基地が障害になる」
とにかく、マリアナ諸島を守りきらないと、本土が爆撃される。
もうこうなったら、戦争は終わりだ。ほぼ史実と同じ結果になるだろう。
ソロモン方面においての優位は、マリアナ方面への侵攻を躊躇させるはずだと俺は思う。
マッカーサーを封じ、ニューギニアからフィリピンルートは封じてある。
まあ、ニューギニア戦線は予断を許さないとはいえるのだが……
「ソロモン戦線の維持には、やはりラバウルが要石だ。基地機能の回復を最優先にすべきだ」
俺は言った。そのことに対する反論はなかった。
ラバウルが後方の支援基地として機能してガダルカナル方面の米軍を押さえこんでいるのだ。
これが押し込まれれば非常にまずい。
ラバウルは、ほとんど敵襲を受けず、最前線の基地から、搭乗員を戻し、ローテーションを組むことができた。
陸上基地の搭乗員消耗を押さえているのは、迎撃戦中心であることと、このローテーションのおかげだ。
「確かにマリアナ―トラック―ラバウルのラインは死守しなければならないですな」
黒島先任参謀がまとめに入るようなことを言った。
「しかし、修理設備など、被害を受けたのは痛いですね。工作機械の手配がネックになりそうです」
「確かにな……」
それが、前線の戦力を支えていた面もある。
この時代の、航空機は、放置してあっても勝手に壊れてしまうくらい脆弱なものなのだ。
それを修理する工作機械。この分野で日本は遅れていた。
中級品位なものまでは自給できたが、精密な加工を必要とする兵器需要の自給は困難なのだ。
「表面上の機体数は揃うが、弾力的な運用が困難ということかな」
黒島先任参謀が確認するかのように、樋端航空参謀に問うた。
宇垣参謀長はさっきから必死にノートに何か書いている。
彼はブツブツと「戦争の障害を乗り越えて、勝利する方が読者へのアピール度が良いのか?」と言ってた。
もはやこの世界の「戦藻録(せんそうろく)」が日記になるのか、小説になるのか、分けが分からなくなってきている。
ワナビなのか参謀長なのかも訳も分からん。
「早急に、基地の支援体制の立て直しを図らないと、非常に危険なことになりかねません」
「それは、分かっているけど」
史実の日本軍よりは少しは機械化が進むタイミングが早くなっている。
史実において機械化が進んだ1944年の最高レベルと、同等以上の設営能力を持った設営隊の数もそれなりに揃っている。
人材の確保、教育は更に進めないと、この先はもっと厳しくなりそうだ。
(シービーとまともに競争しても勝てないしなぁ…… 戦線を整理して守るべき島を決めても、スルーされればそれまでだし――)
「しかし、トラックの機体も、ギルバート、マーシャル方面に展開予定の戦力ですが……」
そんな俺の考えを読んだかのように、宇垣参謀長が手帳に書く手を止め、俺に言ってきた。
「いや、分かっているが……」
今はソロモン、ニューギニア方面を持ちこたえるのが、俺の方針だ。
マーシャル、ギルバートを守っても、守りきれるかどうか分からない。
史実ではタラワで激戦を行い、アメリカを心底怖れさせたが、逆に島嶼戦の教訓を多く与えてしまったことも事実だ。
「アメリカには、中部太平洋から一気に、マリアナまでという反抗ルートも取れます。ソロモン方面にこちらを釘付けに出来れば可能です」
単なるワナビではない。さすが参謀総長な鋭い意見を宇垣纏は言うのだ。
確かに、数さえそろえば、その方法はとれなくはない。
アメリカが、トラック、ラバウルの脅威をどこまで評価するかによって変わってくる。
もう、史実を参考に判断することは不可能だ。
ただ、ラバウル、トラックが無傷であれば、マリアナを守れる可能性は高い。
マーシャル、ギルバートを攻略しても、アメリカの補給線は長くなるからだ。
そこを突くことが可能になる。
「基地航空隊により、ソロモン方面の維持。機動部隊は、基地航空隊と連携し、遊撃的な作戦展開を行う―― 可能性はあるのでは」
樋端航空参謀が言った。
「そうだな、基地航空隊に頑張ってもらうしかない」
俺は答えた。
「となれば、長官――」
「なんだ
「長官が現地を視察し、現地の士気を上げるというのもひとつの方法ではないでしょうか?」
「え? 現地?」
「ラバウル、ブーゲンビル方面の基地の視察です! 私も同行いたします!」
1943年春――
その将来を嘱望された、頭脳明晰な航空参謀はとんでもないこと言いだした。
冷たい死に神のカマが俺の首にピタッとあてられたような感じがした。
■参考文献
護衛空母入門 大内健二
山本五十六 田中宏巳
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