その139:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その15

 アメリカ海軍による大規模な奇襲攻撃はソロモンの要石といえるラバウルに対し少なくない被害を与えていた。

 少なくとも現時点、艦砲射撃を仕掛け離脱していく敵に追撃する余力を失っていた。


 戦艦という存在は、いまだに恐るべき兵器だった。

間合いをつめ、砲撃可能距離に迫った場合、その破壊力は大規模な航空攻撃を軽く凌ぐ。

 40サンチ砲を搭載した新世代の戦艦6隻による砲撃は1回の砲撃で54トンを超える鋼鉄と炸薬を敵に叩きこむ。

 それは、空母で運用可能な艦上爆撃機100機以上の弾量を超えるモノだ。


 日本の戦艦部隊と水雷戦隊に叩かれ、退避をしているが、その成果は十分以上に上げていた。

 しかし、その代償は受けていた。決して無傷ではない。

 ノースカロライナは沈み、その他の戦艦も損傷していた。


「空母部隊の傘の下に入れるかどうかだ――」


 ウィリス・A・リー少将――

 戦艦部隊の指揮官は時計を見つめ呟く。

 新鋭の40サンチ砲戦艦一隻を失ったのは痛い。

 しかし、敵戦艦部隊にも痛撃を与えている。更にラバウルに対する攻撃も成功させた。


(タッチダウンできれば、今回は、こっちの勝ちだ。ジャップ)


 空母部隊の傘の中に入ることを、アメリカ人らしい比喩で彼は考えた。

 今は南海の闇にまぎれ、この海域からの離脱が最優先だった。


 航空機による大規模な夜間攻撃はない――


 彼はそのように判断していたのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


 空母艦上機による夜間攻撃――

 それは、実施出来れば非常に魅力的な攻撃方法だ。

 すでに戦前の戦力分析の段階で日本海軍は、アメリカに対する空母勢力の劣勢を決定的な物と見なしていた。


 当時は、戦艦による艦隊決戦を優位に行うための制空権の確保が空母の存在意義だった。


 敵空母を潰し、いかにして制空権を獲るか。

 そのひとつの方法として、研究されていたのが、空母による夜間攻撃だ。


 しかし、空母の集中運用、機動部隊の編成による戦術変換が行われたことで、艦上機の夜間攻撃は必要性を失った。


 艦上機を集中運用し、その破壊力で一気に敵を潰す。

 であるならば、危険な夜間運用は必要ではなかった。


 だが、アメリカ空母との数度の決戦による戦訓が、その運用を復活させるに至った。

 アメリカ空母への昼間攻撃による被害があまりにも大きいことが原因だった。

 

 日本の機動部隊は勝利していた。

 勝利しながらも消耗していた。


 敵空母を仕留めながらも、こちらの被害も拡大する。

 空母による艦隊決戦とは、航空機と搭乗員をすり潰す果てしない消耗戦であった。


 実際、1942年末の時点では、航空機、搭乗員の充足率は危険なレベルに成りつつあった。

 その解決方法として、提示されたのが夜間攻撃だ。

 そのために、夜間単独飛行に熟練した水上機搭乗員の大規模な異動まで行っている。

 そしてそれは、1943年初等の段階でなんとか実現可能なレベルになっていた。


 歴戦の大型空母、赤城、加賀を中核とする南雲機動部隊。

 第一航空艦隊は、攻撃目標を戦艦部隊に切り替えていた。


 本来であれば、「人殺し多聞丸」の異名を持つ山口多聞少将(中将への昇進への内示は出ていた)の率いる第二航空艦隊に合流すべきだった。

 第一航空艦隊司令部でも、当初はその予定であった。

 

 そのため戦艦部隊を切り離し送り込んだのだ。

 しかし、46サンチ砲を搭載する戦艦「大和」を中心とする強力な鋼の艨艟もうどうでも仕留めきれなかった。もうどう


 日本海軍にとって貴重な戦力である高速戦艦「金剛」が大破。

 敵戦艦を1隻撃沈、その他の戦艦にも損傷を与えたとはいえ、この結果は満足のいくものではなかった。


 40サンチ砲を搭載した高速戦艦群を生かしておくのは危険すぎた。

 赤城、加賀、隼鷹、飛鷹の4隻の空母は、その矛先を逃走中の戦艦に切り替える。


 戦艦を叩いた上で、第二航空艦隊に合流しても問題は無いという判断だった。


 戦闘機のみを搭載する艦隊防空艦に改造された山城の存在により、4隻の空母はより攻撃的な艦上機の編成を行っていた。

 艦爆、艦攻の搭載が多い。

 夜間、150機を超える機体が飛行甲板より次々に発進する。

 液冷アツタエンジンが甲高い金属音を奏で、艦爆・彗星が行く。

 300ノット(約時速555キロ)の最高速度を持つ、世界最速の艦上爆撃機だ。

 その胴体内部には、498.3キログラムの二式50番通常爆弾が搭載されている。

 炸薬量は64キログラム。この炸薬量は九九式25番通常爆弾と大差がない。


 まず、海軍における通常爆弾とは対艦攻撃用の爆弾だ。

 対地攻撃爆弾は陸用爆弾と呼ばれる。

 

 そして倍の重量を持ちながら大差のない炸薬量。

 これが何を意味するか――

 貫通力の強化だった。

 二式50番通常爆弾は最大で120ミリの装甲板を貫くことが出来た。

 戦艦の装甲甲板ですら、ぶち抜きかねない特殊鋼の牙だ。


 そして、火星エンジンの轟音を響かせる艦攻・天山が舞い上がっていく。

 260ノット(約時速480キロ)と従来の97式艦攻と比較し時速100キロ以上高速となった機体だ。

 その高速性能は、雷撃という対空砲火に狙われ放題の時間を大きく短縮する。

 搭載しているのは、多くのアメリカ艦艇を海底に叩き込んだ91式航空魚雷。

 更に改造が加えられ、高速雷撃を可能としたものだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「いやがった―― アメ公が」


 木村飛曹長は闇の中で笑みを浮かべる。

 

「電探機ってのは大したもんですね」


 永田一飛が感心したような声が伝声管を通じ聞こえた。


(狭い海域で逃げ道は決まっているんだ。見つけられない方がアホウだ――)


 敵艦隊はラバウル砲撃のために、ラバウルのあるニューブリテン島と東対岸のニューアイルランド島との間の狭い海域を航行していた。


(コイツは速いのはいいが―― 当てられるかだな……)


 操縦桿を握った木村飛曹長は生粋の艦爆乗りだった。

 水上機から転科してきた搭乗員ではない。

 彗星はエンジンの始動から何から何まで電動化され、先進的な機体だった。

 当初は、調子の波の大きかった液冷エンジンも整備体制が改善されて以降は安定してきている。

 ただ、高速ゆえに急降下爆撃の難易度も上がっていた。

 当初45度の降下角度で、訓練をしていたが、それでも訓練での成果はよくは無かった。


 彼は、その角度でも命中を出せる自信があったが、水上機から転科してきた者には厳しかった。

 降下角度を30度まで下げることでなんとか、命中弾を与える練度まで上がってきた。


 大きく後ろに回り込んだ照明弾搭載の天山が、次々と照明弾を落としていく。

 南海の夜の底が照らしだされる。

 アメリカ戦艦の乗員にとっては、火刑のための松明の灯に感じられたかもしれない。


(実戦では30度は危ないんじゃないか――)


 彼がその思いを抱いた瞬間、その洗礼がやってきた。


 アメリカ戦艦が一瞬炎を噴きあげたかのように見えた。


 高角砲の統制射撃だった。

 火あぶりになるのは、こちらの方かもしれない――


 レーダ制御された12.7サンチの両用砲が強烈な弾幕を張って来たのだ。

 機体がガンガンと揺れる――


 夜間であるのに、その照準はやけに正確だった。


「突っ切る!」


 スロットルを叩きこむ。

 DB601系列のアツタエンジンが、1150馬力の出力を絞り出す。

 金切音のようなエンジンが唸り響く、高角砲弾の炸裂音が間断なく続く。

 まるで、自分だけが狙い撃ちにされているかのような錯覚に陥る。

 

 ガーンという音ともに、機体が大きく揺れた。


「被弾か!?」

「左翼です!」


 

 高角砲の断片が左翼の一部をぶち抜いていた。

 しかし、それでも彗星は止まらない。闇を切り裂く高速の刺客が突っ込んでいく。


(九九式だったら、ヤバかったか――)


 木村飛曹長はふとそんなことを思う。

 ほとんど防御らしい防御のない九九式艦爆は、被弾に対し非常に脆弱だった。

 世界最強ともいえるアメリカ海軍の対空砲火の中に突っ込んで生還するのは、奇跡とまではいわないが、それに近い感覚があった。

 

 彗星は日本海軍の機体としては、初めて内袋式防弾タンクを備えていた。

 大日本紡績が実用化していた「カネビアン」という合成繊維を使用した内袋式防弾タンクだ。

 当初予定された、航続距離性能を削ってまで搭載したものだった。


 それは、日本海軍の戦術変更に起因する。

 日本海軍の空母部隊は、航続距離の優越を活かした「先制アウトレンジ攻撃」をドクトリンとしていた。


 しかしだ――


 実戦はそのような戦法でも被害を少なくすることが困難であることが分かってきた。

 待ち構える敵戦闘機をくぐり抜け、激しい対空砲火に晒されるのは、アウトレンジだろうが何だろうが同じだ。

 しかも、遠距離攻撃は、搭乗員の疲労を招き、また接敵も困難となる。

 

 実際、先手をとって勝ちながらも大量の搭乗員、機体を喪失していく中で、アウトレンジ攻撃はその説得力を失っていった。


 そして、この戦術ドクトリンの変更の出どころは、聯合艦隊司令長官である山本五十六であるという噂があった。


 とにかくだ――

 その結果、開発中だった彗星、天山。そして、一式陸攻の後継機となる銀河も、防弾と速度を重視することになった。

 速度で敵を振りきり、砲火を浴びる時間を短縮する。

 更に、機体には出来うる限りの防御を行う。


 そして、不時着した搭乗員に対する捜索、救出には改造された零式水上偵察機が運用されている。

 本来であれば、アメリカ海軍のように大量の飛行艇を投入すべきだったかもしれない。

 しかし、日本海軍の飛行艇の中心戦力である二式大艇は、そのような任務に使うには数が少なすぎ、そして貴重過ぎた。

 よって、汎用性の高い零式水上偵察機の改造機が運用されている。


 それは、十分ではなかったかもしれないが、やらないよりはずっとマシであった。


「火が出ないなら問題ない」

 

 ぐんぐんと敵戦艦は迫る。

 闇の底に浮かび上がる鋼鉄の怪物が、無数の火箭かせんを吐き出している。

 青白い炎の塊が、空間を埋め尽くすかのように撃ちだされていた。


「降下に入る」


 木村飛曹長は歯を食いしばり、操縦桿を押しこんでいく。

 マイナスGで内臓が浮き上がるような感覚――

 慣れてはいるが、気色の悪さは相変わらずだ。

 しかも、降下速度の速い彗星は、そいつが強烈だった。


 弾丸が自分に集中するかのように、飛んできている。

 命中しないのが奇跡じゃないかと思う位だった。

 降下角度は訓練のとき以上。45度を維持している。

 それでも当てる自信はあった。

 むしろ、緩い角度では被弾の危険性が上がる。


「1000、900、700――」


 後部座席の永田一飛が高度を読み上げる。


「600!」


 木村飛曹長は爆弾投下レバーを思い切り引いた。

 その心の中で「喰らえアメ公」と絶叫していた。


 機体を離れた特殊鋼と高性能炸薬の詰まった凶器――

 二式50番通常爆弾は闇の中で風切音を上げ、敵戦艦の中央部、煙突付近に命中した。

 衝撃波のような爆発音が機体を叩く。噴き上がる火炎が視界の隅に見えた。


 すでに、木村飛曹長の彗星は、低空を突き抜け逃走を図っている。

 

「母艦に帰るまでが、戦闘だ――」


「航法は問題ありません」


 ひとりごとのつもりで言った彼の言葉に、永田一飛が答えた。

 夜間航法に自信があるペアというのは頼もしい。


 まあ、いざとなればラバウルの被害の少ない飛行場に逃げ込むこともできるだろうと木村飛曹長は思う。


「魚雷がッ! 魚雷が命中しました!」


 永田一飛の声に彼は後方を振り返った。

 どす黒い色をした夜の海に、やけに白い水柱が立ち上がっていた

 しばらく見ていたが、その間、彼が確認できた命中魚雷は1本だけだった。


 爆弾を投下した彗星は夜空を駆け抜けていた。

 戦艦との距離があっという間に離れ、静寂と星明かりの中を飛行する。


 先ほどまで、激しい対空砲火の中をくぐり抜けていたのが、嘘のようだった。

 夜天の降り注ぐような星たちは、幻想的で現実感を喪失させるかのようだ。


 しかし――

 現実はここにあった。

 生と死が交錯し、一瞬でその運命を決める現実だ。

 戦争という現実。


 木村飛曹長の彗星はその現実の中を飛んでいたのだった。

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