その125:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その1

「だから『この目は出なかったことにする』は、なしって言っているよね? 大破は大破だからさぁ……」


 今、聯合艦隊司令部では、幕僚と軍令部関係者を集め、次期作戦計画の図上演習をやっている。

 当然、俺もいる。というか、今回の「ガダルカナル作戦」は俺が言いだしっぺなのだ。


 図上演習とは簡単に言ってしまえば、凄まじく緻密なシミュレーションゲームだ。

 略して「図演」。

 軍事作戦には欠かせない物だ。

 事前にこれをやって、作戦の成否の可能性や問題点を探ってみるわけである。

 

「しかし、これで主力空母の喪失2隻、大破は2隻です。これ以上は、作戦実行ができませんが――」

「とりあえず、このままの状況で進んで問題点を洗い出すべきだろう?」

「負け戦の図演をやって、それを検討する時間が我々にはありません」


 俺の指摘に、宇垣参謀長が反論する。

 確かに、時間がないのは本当だ。

 それだからこそ図上演習で出来る限りの問題点は洗い出したいのだ。

 なに? 図演まで予定調和的に美しくないと、作戦はダメなわけ?

 マジで、その言葉がでそうになる。それをこらえた。


 で――


「時間が無いからこそ、問題点の洗い出しが必要なんだよ!」


 俺は珍しく、強い口調で言ってしまった。

 脳内の発言よりは十分穏当だが、相手を怒らせるには十分かもしれない。

 ヤベッと思ったが、鉄仮面の表情は鉄仮面のままだった。


「このままでは、この図演はボロ負けで終了でしょうな。問題点というならば、作戦全体ということになりかねません。それこそ、見直しの時間がないのでは」


 宇垣参謀長が言葉を返す。このやりとりを司令部の幕僚、軍令部からの派遣員が黙って見ていた。


 アメリカの戦力は急速に回復している。

 情報部からの報告が正しいとするなら、一刻の猶予もない。

 

 とにかく、こっちの空母戦力が優位なうちに、主導権をもって、アメリカ空母を少しでも減らしておく必要がある。

 放置しておけば、先々大変なことになりかねない。


「だから、図演で負けようが、誰も死なないだろ。時間の許す限り、検討する!」


 今揉めているのは、図演の中で空母「赤城」がアメリカの艦上機に攻撃を受けた結果についてだ。

 アメリカの艦上機の攻撃で、空母「赤城」が大破したのだ。これで日本海軍の空母は2隻沈んで2隻大破。合計4隻が戦線から消えたことになる。


 被害の程度は乱数表とサイコロの目で決める。

 これは、コンピューターゲームが支配的になる前の、シミュレーションゲーム手法も同じだ。


 これについて、宇垣参謀長が「待った」をかけたのである。

 サイコロの目では、大破だった。

 しかし、小破の目が出る可能性もあるにはあった。

 だから、ここは「小破の目が出たことにして、どんどん図演を進めましょうね。我々には時間がないから」ということで場をまとめようとしたのだった。


 史実のどこかで聞いたことあるような話が俺の眼前で展開しているのだ。


「まだ正規空母は4隻が健在だろう。軽空母もある。このまま進めていく」

「では、大破ということで……」


 しぶしぶと赤城大破を認める。

 

 それは、ゲームでは「失敗した!」と思えば、電源切って、保存していたデータをロードして再開する人もいるよ。俺もやったことないとは言わない。ゲームなら俺も文句は言わんよ。でも、これ軍事作戦で重要な「図演」じゃないか。現実はセーブ&ロードできないんだから。


 俺は脳内で文句を垂れ流していた。

 そのときだった、厳重な立ち入り禁止となっているこの部屋に人がやってきた。

 伝令の兵だった。電信の紙を持っていた。


「なんだ! 図演中だぞ! 貴様!」


 どなる宇垣参謀長。

 しかし―― 


「ラバウルより緊電! 敵正規空母2隻を含む機動部隊、ラバウルに接近中」


 その伝令は、怒りをあらわにした宇垣参謀長の正しさをある意味証明していた。

 要するに「我々には時間がない」ということだ。本当に無かった。予想以上にだ。

 アメリカ海軍が動いた。先にだ。

 もはや、図上演習どころではなかった。


        ◇◇◇◇◇◇


「トラック(当時の海軍最大の基地、ラバウルの北に所在する環礁)からは、第一航空艦隊を迎撃に向かわせています」


 作戦室の大机に広げた海図の上には、第一航空艦隊を示す木製のコマが置いてある。

 空母「赤城」、「加賀」、「隼鷹」、「飛鷹」、「龍驤」からなる機動部隊だ。

 運用している航空機は、240機前後になる。


「本当に敵は2隻なのか…… 正規空母に間違いないのか?」


 俺は疑問を口にしていた。

 2隻だけなら、圧倒的ではないが、機数的には優位だ。

 最大200機と想定しても、ランチェスターの法則でいけば、航空戦力は40%以上こっちが上だ。

 しかし、他に未発見の空母がいたら?

 今度はこっちが戦力的に不利になる。かといって第二航空戦隊までもつぎ込めない。

 現状では、予備兵力として動かすことができない。


「発見した大艇の搭乗員は、開戦以来の技量特Aの者です。誤認の可能性はないとみていいでしょう」


 樋端航空参謀が俺の最初の疑問に答えると、言葉を続ける。


「しかし、周辺海域に他の空母が存在するかどうかは、未確認です。ラバウル、ブインなど周辺基地より索敵機を飛ばしていますが、発見されていません」


「発見されないことが、存在しないとイコールではないだろう?」

「そうですが、2度と同じ手は食わぬように、念入りの索敵を命じています」

「機体はあるのか? 十分な索敵を行える」

「今それをここで問題にしても、なにも解決できません」

「陸軍機の協力は?」

「打診はしていますが、海上索敵は困難でしょう」

「クソ! 陸スケの馬クソがぁ! 航空機の予算を海軍によこせばいい物を!」

「それこそ、今さらな話です」

「とにかく、航空機だけでなく、艦隊も動かすべきだ」

「油の手配は? どうなんだ?」

「進捗報告では…… トラック基地の油のデータはこれでいいのか!」

「オイラー(タンカー)の準備も必要です」

「そもそも、敵空母の目的は?」

「ラバウルだ。それ以外にないだろう!」

「それは、即断にすぎる!」


 司令部は幕僚たちの言葉が銃弾のように飛び交う。

 とにかく、このタイミングでの正規空母発見。

 しかも、侵攻中の艦隊というのは、悪夢ではないが、それに近いものがある。


「敵空母が出てきたんだ。撃滅する」


 俺は言った。主導権は明らかにあるような気がする。

 ここで、相手の動きに乗るのは危険極まりない気もするのだ。

 ちらりと、黒島先任参謀を見た。変人という評判は俺も肯定するが、頭のキレは確かに並みじゃない。

 

「敵が出てくれば、撃滅する。至って海軍らしい仕事ですな」

 

 彼は海図を見つめながら言った。

 

「とにかく、あのときと同じ手だけは食うわけにはいかないんだ。索敵は厳重すぎるくらいにやるんだ」

 

 俺は強く言った。


 同じ手――

 こっちは、空母の存在を確認できず、以前に痛い目をみている。

 昨年の終わりにアメリカはラバウルの前衛基地であるブインに大規模な攻撃を仕掛けてきた。

 そのとき、奴らは脆弱な護衛空母を前衛に突きだし、その後に正規空母を突っ込ませるという奇策を使った。


 おかげで、敵正規空母を捕捉しそこね、ブイン基地もかなりの被害をうけた。

 更に、敵空母撃滅のためにこっちも機動部隊を動かした。

 それで、右往左往やっていたら、燃料がなくなった。

 会敵できず、貴重な燃料だけを消費し、機動部隊はトラックに戻ったのだ。


 この作戦でアメリカはいくつもの成果を上げた。

 はっきり言って、空母2~3隻沈められるのと同じくらい痛いものだ。

 

 第一に、ガダルカナルの輸送路に穴が空き、輸送を成功させてしまった。

 ガダルカナル海域を封鎖していた空母機動部隊を、整備と燃料の不足から引き上げざるを得なくなったからだ。

 これにより、ガダルカナル飛行場は稼働を始め、ブインに圧力を加えている。


 幸いにして、ブイン方面の基地はそれでも持ちこたえている。

 まず、滑走路の復旧が早かったこと。掩体が整備されていたので、地上被害が軽減できたこと。

 そして、20ミリ機銃4門の大火力と330ノットの高速を誇る局地戦「雷電」が配備できたことだ。

 航空運用の支援システムと、機材の優越で、なんとか戦線を維持している。


 ただ、ガダルカナル方面の空母による周辺海域の制圧は、実施できなくなった。

 第二水雷戦隊などの駆逐艦隊を中心に戦果を挙げてはいるが、完全にガダルカナルへの補給を止めることができていない。


 一方で、この作戦に連動して行われた、ポートモレスビー砲撃。

 それによるダメージからポートモレスビーは完全に立ち直っていない。


 アメリカ軍の封鎖作戦は周到だった。

 航空機、潜水艦、ありとあらゆる艦艇による機雷封鎖の実施。

 夜間は魚雷艇。昼間は航空機による攻撃。

 

 制空権自体は、まだ完全にどちらにあるというわけではない。

 しかし、ポートモレスビーへの輸送はかなり厳しい状況だ。

 そもそも、これを打破するための、今回の「ガダルカナル作戦」だったのだ。

 

 ソロモン方面の敵空母を無害化し、珊瑚海からソロモン海の制空権、制海権を空母戦力で一気に握りこむ。

 このために、動いていた作戦はおそらく、中止になるだろう。


 単純な被害。

 人的被害、兵器の損耗、損失艦艇。

 そういったことでは、開戦以来、日本はアメリカ海軍を圧倒している。

 しかし、今の戦略状況はどうなのか?


 たった一回のアメリカの作戦成功で、戦略状況は一気にアメリカ側有利に傾こうとしているんだ。

 だから、俺は焦っていた。本当に焦っていたのかもしれない。

 ソロモン方面で、主導権を握られると、一気にアメリカ海軍が中部太平洋に侵攻してくる可能性もある。


 補給線を止められるのも詰みだが、本土爆撃もかなり詰みに近い。

 奴らはあの禁忌兵器を生みだそうとしているからだ――


「これは、本格的なアメリカの侵攻と思うか?」


 誰に聞くともなく、俺は言っていた。どこに来る気かとは聞かなかった。意味がないからだ。


「現状では材料が不足しておりますが、その可能性もあるでしょう。もし、大規模輸送船団が見つかれば、ニューブリテン島。つまり、ラバウル基地への侵攻も考慮に入れる必要がありますな」


 黒島先任参謀だった。その言葉に、司令部がどよめく。

 ただ、彼の言葉が示す通り、大規模な輸送船団は発見されていない。今のところは、だが。


「ソロモンの内線から攻めてくるかどうかは分かりません。もし攻略部隊を乗せた輸送船団があえるならば、それは大きく迂回し、外線の航行を選択するのではないでしょうか?」


 樋端航空参謀が、地図を指さしていく。

 確かに、外線を航行する方が、確実と言える。

 しかしだ――


「では、なぜ空母は、見つかりやすい内線を航行していたのか?」


 宇垣参謀長が俺の頭に浮かんだ疑問を代弁した。


「色々な可能性がありますな――」


 そんなことをわざわざ訊くのか? というようなニヤニヤした笑みを浮かべ黒島先任参謀が口を開いた。


「発見されたいのでしょう。この空母は――」

「バカな、正規空母2隻だぞ」

「そのために、我々は、空母戦力を2分しなければならなくなったのですよ?」

 

 まるで教え諭すような口調で、黒島先任参謀が言った。


「つまり、本命は他にいるということですか? 外線にも機動部隊が――」

「おそらくは、そうでしょう。外線から、ラバウルを攻めるのか、ブインに向かうのか、そこまでの判断は現状難しいですけどね」


「敵空母はいったい何隻だ?」

「正規空母は、エセックス級1隻を加え4隻。最大で5隻という可能性もあると情報部からはでていますが、護衛空母は変わらず4~5隻とみられています」

「かなり、強力だぞ……」


 たった1隻だが、エセックス級空母1隻で90~100機の運用が可能になる。

 日本海軍の最新鋭である翔鶴型を上回る攻撃力を持った航空母艦だ。

 2隻と1隻では大違いだ。


 おまけに、30機内外を運用できる護衛空母の存在がある。

 ヨーロッパ配備が優先されていること、正規空母増強の目途がたったせいだろうか。

 隻数は増加されていない。


「ラバウルがやられたらまずいなんてもんじゃないぞ。絶対にやらせるな」


 もはや、「どうやって」とか「いかにして」という方法が欠如したどうにもならない言葉が自分の口から出た。

 なに言ってんだ俺?


「とにかく地上基地から索敵密度を限界まで上げるんだ」 


 今できそうなのはこれくらいだ。いや現地では全力でそれを行っているだろう。


 史実では1943年の終わりから反攻が開始される。

 それでも、ソロモン方面は踏ん張った。

 トラックが壊滅するまでは、こちらからの敵の侵攻を許さなかったといっていい。

 

 一方で、アメリカ海軍は、ギルバート諸島のタラワへの上陸から、中部太平洋へ侵攻してきた。

 ラバウル、トラックは放置され、無力化されてしまった。


 その間、聯合艦隊の空母は、航空機を消耗して動くに動けなかったのだ。

 アメリカ側は終始、日本海軍機動部隊の動きを警戒していた。

 その時点では、アメリカにとっても十分に日本海軍が危険な存在だったのだ。


 この世界ではどうだ?

 アメリカだって、怖いはずじゃないか。

 壊滅寸前まで海軍は追い込まれているんじゃないか?

 オマエら、いったい何隻の空母と戦艦を沈められてんだよ?

 何人の貴重な搭乗員や、水兵を喪っているんだよ?


 これから、いったい何をする気――


「彼らもまた、必死なのでしょうね。軍事的にも、政治的にも、米海軍は予想以上に切羽つまっているのかもしれません。投機的(ハイリスク・ハイリターン)作戦に頼らざるを得ない程に――」


 樋端航空参謀が静かに言った。

 皆が、その言葉を聞いていた。


 もはや、やるべきことは一つだけだった。


 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)――

 

 まさしく海軍らしい戦いが始まろうとしていた。


 そうだ、これは制空権、制海権をかけた艦隊決戦だ――

 俺は、気が付くと拳を強く握っていた。

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