その75:双発複座戦闘機キ45改

 戦争中は盆も正月もない。当然、聯合艦隊司令部は盆休みなどなかった。


 司令部は相変わらず、戦艦陸奥を使用中だ。

 俺は、聯合艦隊司令長官として、戦況の報告やら、今後の見通しなどについて幕僚からの報告を聞いている。

 つまり、会議中だ。


 今月の初めに大和型の2番艦である「戦艦武蔵」が編入された。

 ただ、すでに聯合艦隊司令部の地上への移転が決まっているので、移動は行っていない。

 来月にはもう、司令部機能の全てが日吉の方に移る予定だ。


「ということは、ポートモレスビーの飛行場はなんとか稼動しているわけだ」


 無理に無理を重ね、手持ちの空母を傷つけ、搭乗員に関してはミッドウェー以上の損害を食らってまでポートモレスビーを占領した。

 アメリカ、オーストラリアの遊撃戦で陸軍が苦戦。海軍から派遣している設営隊から基地機能の維持・復旧が困難との報告は受けていた。

 この方面は、まだまだ解決しなければいけない問題は山積していた。

 しかし、飛行場が活用できる状況になったことで、輸送が以前に比べかなり楽になっている。

 万全ではないが、最低限維持はできるという水準だ。

 

「しかし、陸軍が飛行隊の派遣を決断してくれねば、危なかったですな」

 

 黒島先任参謀が書類をパラパラと見ながら言った。

 ちなみに、彼の発案した、魚雷艇の掃討を目的とした小型ボートの開発も進んでいる。

 ポートモレスビーには即必要というわけではなくなったが、今後のソロモンの島嶼戦やニューギニア戦線では十分に活用できるだろう。

 30ノット前後の高速で、25ミリから40ミリ機銃を搭載した武装ボートだ。

 アメリカの魚雷艇より小型だが、魚雷を積んでいないので、銃砲の撃ちあいになったら引けはとらない。

 むしろ、最初からその目的で開発しているこちらの方が分があると思われる。


 まあ、兵器でもなんでも、工業製品は実際に想定された運用環境で使ってみないとその最終評価はでないけど。

 見込みは十分ある。


「まあ、実際、ニューギニアの陸軍はよくやってくれている。頭が下がる思いだ」

 

 本当にそう思う。豪州に蓋をして、兵站基地としない。

 そのため、ニューギニアを完全に勢力圏下におく。

 俺の考えたこの無理やりの作戦で、結局苦労するのは現場の人間だ。

 そして、死んでいく者もいる。

 でも、ここで踏ん張らないと、この戦争は史実と大して変わらんものに終わるだろう。

 そして、必死で戦った人たちが、全然顧みられない社会が生まれる。

 公平な学問の世界で、取り上げることすら、禁忌になってしまう社会が一時的にはできる。


 必死になった人間がなにも報われない。評価すらされない。蔑みの対象になる―― 

 それは避けたい。

 当然、負ければ、俺もヤバい。俺の命もヤバいのだ。

 これは当然だ。

 ただ、今はそれプラス、ちょっとだけ大きな視点というか、そう言った物を持てるようになった気がする。

 

 未来の知識をもって、高みから「ああすりゃ勝てた」とか「当時の人は〇〇軽視だ」とかね。

 そりゃ、結果を知っていれば、いくらでも言える。


 そりゃ、批判はあるだろうさ。

 当然だよ。どんな時代の人間だって、時代という限界の中で生きているんだ。

 先に起きることなんか、何も分かりはしない。

 今の俺はまさにそれ。もう、全然これから先、何が起きるか分からん。

 予測する材料を、この時代の人間よりも多少多く持っているだけだ。

 

「しかし、あの機材―― 今は半分は中島製ですかな?」


 渡辺参謀が俺に向かって問いかけてきた。

 そこで、俺の思考が中断される。

 ああ、キ45改のことかと思う。

 

 史実では後に「屠龍」と呼ばれることになる双発戦闘機だ。

 性能自体は、高性能というわけではない。しかし、日本の戦闘機の中でも屈指の激戦を行ってきた機体であることは間違いない。

 実は、その「屠龍」(今はそんな名前は無い)は、史実とはちょっと違っている。


「まあ、中島に、あの双発陸上戦闘機を作らせるなら、こちらを造らせた方がいいだろう」


 俺は答えた。

 中島が試作に入っていた「十三試陸上戦闘機」。後に「月光」と呼ばれる機体。

 あれ、止めた。徹底的に介入して中止させた。無駄だから。

 多分、これである少年漫画の歴史も変わったかもしれんが、些細な問題だ。


「その結果、関係部門から、抗議の山でしたからな。特に、空技廠の遠隔機銃開発部門からは……」


「別に、次年度予算を削る気はないと約束したのになぁ…… あれ役にたたんよ」


 月光が実現してもあれは、重すぎる上に、動作不良で実用にならないと判断されるものだ。

 だいたい、双発戦闘機という主流にならないような機材を陸軍と海軍で同じようなのを作るのはやはり無駄だと思うのだ。


 というわけで、川崎は陸軍指定メーカなので、中島で屠龍の転用生産と改造を行ったのだ。海軍主導の元でだ。

 エンジンはハ102(海軍でいう瑞星21型)から100馬力近く強力な栄21型に変更。重量的には大差はない。

 

 発生した余剰馬力が武装の強化を可能にした。

 史実では7.7ミリ機銃と、20ミリ機関砲が搭載される。ただこの20ミリ機関砲が対戦車ライフルの改造品。

 こいつは、一発の破壊力は大きいが、発射速度が低い。

 

 海軍用のキ45改は、定番の九九式二〇ミリ二号機銃三型4門を機首につけた。

 単位時間当たりの投射弾量でいえば、大戦末期の一線級機を上回る。

 100発弾倉×4の400発は少ないが、まあ機体規模が大きいので、武装は改造の余地が大きい。

 現在は、九六式二五ミリ機銃を航空機仕様にして搭載する計画もある。

 口径ではたった5ミリの差だが、エリコン二〇ミリの3倍くらいの威力がある。 


「最近では、陸軍側も中島製、海軍式のキ45改の運用が中心になっているという話ですからな」


 宇垣参謀長が「陸軍ざまぁ」って感じの口調で言った。

 しかし、これ元々が陸軍の飛行機だからね。


「いいんじゃないか、元々は陸軍の開発した機材だ。お互いの良い部分を集めて、敵に対抗していかねば、この戦争どうにもならんだろう」


 だいたい、双発多座戦闘機は、現在、戦闘機の主流じゃない。

 今、ニューギニア戦線で踏ん張っているのも、対戦闘機戦が少なく、対爆撃機戦や、船団護衛などの任務が主流だからだ。


 エンジン2つ搭載すれば、強力な戦闘機ができて、1つの戦闘機より強いんじゃね?

 って考えが1930年代に流行する。

 その結果、世界中に双発多座戦闘機が生まれたが、単発単座戦闘機に対抗できる機体は一つもない。

 双発単座の形をとったP-38くらいなものだろう。双発戦闘機で、対戦闘機任務をこなせたのは。


 ただ、その汎用性は高いので、戦力的に無駄というわけではなかった。

 しかし、それを陸海軍で2種類つくるのは無駄だ。用途がほとんど同じだから。


「とにかく、陸軍の航空戦力に頼りぱなっしというわけにもいくまい。早急にこちらも戦力を立て直さないとどうにもならん――」


 そして、現状の搭乗員養成体制についての話に移った。


        ◇◇◇◇◇◇


「ここって、松戸からどのくらいあるんですかねぇ」


「5000キロくらいじゃないか」


「遠いですね」


「遠いな」


 陸軍第五飛行戦隊、第二中隊の菊池少尉は伝声管を通して後部座席の小笠原軍曹に答えた。

 

 首都防空任務を担っていた陸軍第五飛行戦隊。

 その第二中隊がポートモレスビーに移動してきたのはつい最近のことだ。


 千葉県松戸市の飛行場から、台湾、フィリピン、ジャワの各飛行場を飛び石のようにしてニューギニアまでやってきた。

 移動には2か月近くかかったが、船よりはマシだろうと菊池少尉は思った。

 一度だけ、あの「蚕棚」による移動を経験したが、とてもじゃないが耐えられるものではないと思った。

 士官である自分はまだ余裕があったのだ。

 一般の兵下士官などは、荷物以下だろうと想像がついた。


 双発のハ115発動機(栄21型)は快調な音を立てている。

 最高出力1130馬力。それを2基備えつけたキ45改。

 菊池少尉は、この機体が気に入っていた。

 

 上昇力では以前乗っていた97戦以上。

 確かに操縦桿は重いが、一通りのアクロバット飛行が可能だった。

 機首には20ミリ機関砲が4門だ。

 戦車ですら、破壊できると言われていた。

 実際、このキ45改で対戦車攻撃を専門に行う部隊編成も検討されているという話も聞いている。

 

 速度についても、今の陸軍戦闘機の中では一番速い。

 キ45改より速いのは、同じ双発の偵察機、100式司令部偵察機だけだという話だ。

 確かに、全力水平で時速530キロ以上を出すことができた。

 1942年中盤では高速とはいえないが、戦えない速度というわけではない。

 要は使い方の問題だ。


「航法しっかり頼むぞ。軍曹」


「大丈夫であります。少尉殿 ……あれ」


「まて! おい! キサマ! 今の『あれ』ってなんだ? 地方人か? キサマ!」


 コイツ、航法を間違えたんじゃないかと一瞬、頭に血がのぼる菊池少尉。

 操縦席から軍刀を抜こうかと思ったくらいだ。


「違うのであります! 「あれ」は「あれ」であります。 右30度であります!」


 菊池少尉はスッと気持ちを落ち着けた。このあたりの切り替えは帝国陸軍軍人として当たり前のように素早いのだ。

 彼は、その方向に視線を送る。


「ああ、あれか? なんだ? 接近するぞ」


 キ45改は自身が戦闘機であるということを証明するかのような鋭い機動で、その「アレ」に向かって飛ぶ。


 彼らは、定期的な海上哨戒任務についていた。

 陸軍である彼らは、地上の上を飛ぶことを想定して訓練を受けており、海上を飛ぶことには不慣れであった。

 不慣れというより、恐怖を覚える空中勤務者までいるような始末だ。

 これも、陸海の教育の差だ。

 逆に夜間飛行に関しては、陸軍は単座でもそれを行う。それが出来なければ技量甲とは認められない。

 海軍では夜は飛ばないのだ。少なくとも、現時点、一般的な戦闘機の飛行隊では。


 不慣れであるというのは、航法だけではない。

 水上に存在するものの識別。それもまた不慣れだったのだ。


「アレ」は船であることは分かったが、なんの船だか分からない。

 この近海を味方が航行する予定がないことは確認している。よって敵だ。

 敵であるならば攻撃すべきだ。


 菊池少尉はそこまでの結論を出してから、機体を機動させていた。

 軍人精神の発露として極めて正しい行動であったと言える。


「機関砲の試射をする」

 

 菊池少尉は伝声管に向かって言うと、20ミリ機関砲を発射する。


 ドドドドドド

 重く腹に響く音が、キ45改の機体を震わせる。


 陸軍では12.7ミリ以上の口径があれば、それは機銃ではなく機関砲なのである。

 20ミリは文句なしの機関砲だ。


「航空機運搬船か?」


 首をひねる菊池少尉。


 その船は接近して分かったのだが、甲板上にびっしりと青黒い機体を乗せていた。


「空母かもしれません! 少尉殿!」


「空母? 空母ってあんなに小さいのか?」


 少尉はこれでも、一応味方の空母は見たことがある。

 その経験が空母というのは巨大な船であるという先入観を彼の中に作っていた。

 しかし、それを振り払う。

 小型の空母というものもあってもおかしくないからだ。

 だいたい、自分は軍艦のことなどロクに知らないのである。


 少尉は一応、目算で船の大きさを確認する。

 全長で100メートルから150メートルくらい。

 幅は長さに比べて広い感じがする。それでも20メートルか。

 貨物船にしては、全体にのっぺりして、クレーンなどの設置が見られない。

 

 もし、仮にこれが空母としても、航空機運搬中では、なんの攻撃力も発揮できないだろいとうのは分かる。

 ある程度の滑走距離がなければ、飛行機は発進できない。

 これは、陸海軍で変わらぬ公理だ。


「小型空母にしても航空機運搬中だな。これは、いい獲物かもしれん。攻撃する」


 小笠原少尉がフットバーを蹴ろうとした瞬間だった。

 凄い勢いで、艦首にあった、航空機が空中に飛び出してきた。


「なんだと! なんだ!」


 カタパルトであった。

 陸軍でも一部では発進促進機として、海軍から譲渡されたカタパルトの運用実験を実施していた。

 しかし、それは一部の者が知るだけで、一般的な物ではなかった。

 ましてや、空母は飛行甲板を使って、飛行機を飛ばせるのであって、カタパルトで撃ち出すなど聞いたことがなかった。


 青黒い機体が海面スレスレから加速し、上昇に移る。

 続いて、2機目が撃ち出される。


「少尉殿!」


 小笠原軍曹が叫んだ。


「攻撃するぞ!」


 彼の操るキ45改は、「アレ」に向かって突っ込んでいく。


「アレ」は、アメリカの改造護衛空母――

 いずれ、週刊空母となり、大量産されることになるそのプロトタイプともいうべきものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る