その60:血戦! ポートモレスビー その4
1942年7月――
大日本帝国は、ニューギニアの中心ともいえるポートモレスビーを占領した。
良港となりえるルミン湾に面するラビも占領した。
しかし、それはニューギニアの完全制圧と同義にはなっていなかった。
連合国側は、ポートモレスビーから西に位置するケレマ周辺に撤退し拠点を作っていた。
更に、ポートモレスビー周辺に重砲を設置。そこから、盛んに擾乱射撃を続けている。
オーストラリア北部やソロモン方面の基地からの航空攻撃も激しさを増している。
重砲の発射位置はおおよその方向しか判明していない。
位置が分かったとしても、こちらの重砲の多くは上陸前の潜水艦攻撃で失われている。
砲による反撃は現実的ではなかった。
人的な被害そのものはそれほどでもないようだ。
つまり、ポートモレスビーを占領したのは良いものの、基地として機能させるには至っていないということだ。
ラバウルにかかっていた連合国の圧力はかなり減ったが、その減った分がもろにポートモレスビーにかかっている状況だ。
しかも、ラバウルと違い、反撃する体勢が殆ど整っていない。
彼らは、タコツボに籠って、攻撃をやり過ごすしか手が無い状況になっている。
つまり、この方面での主導権は完全に連合国側が握っているということだ。
それを奪い返すには、ポートモレスビーの基地機能を復旧させるしかないのだが、それが非常に困難な状況なのだ。
「排土車は有効ですが、敵重砲の射程範囲内では、飛行場の活用は無理があります」
黒島先任参謀が発言した。
戦艦陸奥の聯合艦隊作戦室では、会議が行われている。
ポートモレスビー方面の現状分析と今後の対策についてだ。
ポートモレスビーには、海軍の設営隊とリヤカーにエンジンを付けた「ブルドーザーのようなもの」をかなりの数送り込んだ。
見かけはしょぼいが、そこそこ活躍して、評価自体は悪くなかった。
しかし、敵の攻撃が予想以上で、飛行場の復旧が間に合わない。
そして、間に合ったとしても敵の砲撃範囲内にある飛行場を使用することなどできるわけがなかった。
密林内に配備された、数門の重砲で、ポートモレスビーは航空基地としての価値を失っていた。
「やっかいですな」
宇垣参謀長が言った。その顔は苦虫を煎じて飲みこんだような感じだ。
そして言葉を続ける。
「しかし、陸軍はなにをやっているのか」
「まったく、砲兵など早々に撃退すればいいモノを……」
宇垣参謀長は、いきなり陸軍のせいではないかと言いだした。
それに、黒島先任参謀も同調。
普段は仲があまり良いとは言えない二人だが、陸軍の悪口いうときは、心が一つだった。
「そう簡単にはいかんだろう」
俺は二人に対し言った。
陸軍だって無策でいるわけではない。
それに、元々はこっちの責任で陸軍を送り込んでいるわけだし。
「確かに、密林の中ですから、航空偵察も難しいものがあります」
三和参謀が発言した。
彼の言うとおり、航空偵察は行ってはいる。
しかし、どこから砲撃しているのかは、分からない状況だ。
密林が上空からの偵察を困難にしていた。
現地部隊は、敵砲撃部隊を制圧するために、密林内に遊撃隊を送り込んでいるらしい。
今のところ、敵の砲撃拠点の捕捉は出来ていない。
ただ、繰り返される砲撃の中、おおよその方向は分かってきているとのことだ。
とにかく、拠点を捕捉して直接攻撃で排除するしか方法がない。
補給は困難であったが、将兵が餓えるという心配だけはなかった。
ラバウル、ラビの補給線は今のところ、概ね確保できていたし、ラビからは大発輸送ができた。
大規模な人員の増員ということになれば、話しは別だが、現状の兵力の維持に関しては大きな問題はなかった。
あくまでも、今のところはということだ。予断はできなかった。
すでに、敵は、魚雷艇による補給阻害の行動に出ていた。
大発だけではなく、ラビに向かう輸送船にも被害が出始めていた。
この対策も早急に必要となりそうだった。
会議は続く。とにかく、今のところの大きな課題は、ポートモレスビーの基地機能の早期復活だ。
オーストラリア北部基地、連合国の新たな拠点となったケレマ攻略という話も出たが、今のところ無理だ。
なんせ、空母機動部隊を動かすことができない。この戦力を早々に回復させることも重要だった。
一部からは空母搭乗員を基地航空隊に回せという提案もあった。
しかし、それは却下だ。
俺としては、むしろ教員配置にしたいくらいだ。そして、一部は無理やり教員配置にした。
搭乗員の大量養成は今からでも遅いくらいだが、なんとかその方向で話は進んでいる。
「航空主兵」という考え方は史実でも海軍内では理解されていたことだ。
それが、後手に回って、搭乗員養成があまり進まなかったのは、色々な問題があったのだと思う。
大量の士官の養成は、海軍内での派閥のバランスを崩す。
砲、水雷部門の士官からすれば、航空部門の士官の大量養成は、その分野の発言権を増す事態を招く。
彼らにとってみれば、戦争に勝っても、自分たちのポストが削られればそれは負けと同じだ。
自分たちの組織での立場を考えると、戦争にはただ勝てばいいというものじゃないことになる。
自分たちの幸せを犠牲にする勝利は勝利ではないのだ。
『そろそろいいかな。女神様―-』
俺は深呼吸した。
そして、女神様に話しかけた。脳内でだ。
『うむ! 吾はいつもで準備万端なのだ。全ては必勝のためなのだ』
聯合艦隊司令部幕僚が揃っている。
俺は、自分が未来から来たことを明かす決心をしていた。
もう、俺一人で考えても戦争はどうにもならないところまで来ている。
まずは、司令部。そして、海軍の軍令部、海軍省。
そして、陸軍へ。
とにかく、この戦争を史実よりはマシな結果にするためには、俺一人の力では限界がある。
「ところで、司令部の皆に伝えなければいけない重要なことがある」
会議がひと段落したところで、俺は口を開いた。
幕僚の視線が俺に集まる。
膝が震える。やべぇ、落ちつけ俺。
「俺は…… 俺は未来のことを知っている。俺は未来人だ。21世紀の世界から来た未来人だ――」
俺の言葉がその場に静寂を作り出していた。
◇◇◇◇◇◇
「迫撃砲か……」
浜名少尉は確認するかのようにつぶやいた。爆音の中、その声が聞こえるのは自分だけだった。
ポートモレスビー基地から密林に入り、すでに2日は経過していた。
爆発音は後方だ。
おそらく、基地に対する砲撃だろうと思われた。
ここ数日、重砲の砲撃だけではなく、基地至近からの迫撃砲の砲撃が繰り返されるようになっていた。
迫撃砲の有効射程はおそらく3km前後が限界であろう。
攻撃は早朝や夜間に集中していたが、最近は昼間でも攻撃してくるようになった。
こちらが有効な反撃手段を持てないことが理由だった。
また一つ着弾の音が響く。毎分20発の発射が可能な砲だ。
米軍はストークブランの標準的な迫撃砲を装備している。
射撃だけなら、兵員2名で運用可能な砲だ。
自分たちも同種の砲を97式曲射歩兵砲として装備している。
「敵さん、やりたい放題ですな」
井上軍曹がうんざりした口調で言った。実際にうんざりするような現状だった。
重砲の砲撃だけでも、飛行場の運用が不可能となっていた。
これに対し、捜索隊を編成し、密林内をウロウロと探している。
自分たちもその捜索隊の一つである。
更に、ここにきてゲリラ的な迫撃砲の攻撃が開始された。
これに対しても、兵員を割り振らねばならなかった。
ポートモレスビー内の鉄道、道路の復旧。
飛行場の復旧。
とにかく、兵員の仕事は戦闘よりも土木、建築作業が優先されている。
それに費やされている兵員が大多数だ。
安易に大兵力を密林内に展開することはできない。
そもそも、戦闘しようにも相手が捕捉できないのだから、どうしようもなかった。
小規模な捜索隊を編成して、密林内に送り込むしかなかった。
「いつまでもやらせんよ」
「そうですね。少尉殿」
浜名少尉は井上軍曹以下、20人を率い、ポートモレスビー南西に位置する高地を目指していた。
その20人の内、4人は高砂義勇兵だ。兵たちの間では「台湾軍」と呼ばれている。
彼らが密林を拓きながら進んでいく。浅黒く逞しい腕で蛮刀を振るっている。
高砂族といわれる、台湾の少数民族。
彼らは密林戦のプロだった。その戦闘力の高さ、密林の中で生き残る技術という点では、訓練された帝国陸軍の現役兵でも足元にも及ばない。
捜索隊が持たされている地図は、簡単な海図に航空写真を貼り合わせたようなものだ。
細かな地形が分からない。
それでも地図には目標地点が記されている。
密林が途切れ視界が広がる。
川の近くだった。地図を睨む、現在の位置を確認する。
周囲の地形を確認し、おおよその現在位置に見当をつけた。
この場所から、目標と思われる小高い丘のような地形が確認できた。
思いのほか近くに見えるがそれは錯覚だということが、浜名少尉には理解できた。
そして、うんざりした気持ちになる。
「小休止だ」
彼は部下に休憩を命じた。
休めそうな場所では休んだ方がいい。
密林内に放たれた捜索部隊は、ポートモレスビーを全域を確認できる可能性のある高地をいくつか占拠していた。
こちら側の様子を見張る「監視哨」がある可能性があったからだ。
ポートモレスビーには数はそれほどでもないが、電波探知機材が持ち込まれていた。
野戦憲兵隊の機材だった。
砲撃終了。また、こちらの航空攻撃時には盛んに電波が発信されていた。
おそらくは、高地に位置し、砲撃の管制、効果の報告や、航空攻撃に対する警戒を行っている。
それが分かった。
無線機を使用し、こちらを監視する拠点を置こうとするならば、高地であることが好ましかった。
よって、周辺高地を中心に捜索が実施されている。
しかし、今のところ、そのような場所は確認できていなかった。
砲撃は夜間に行われることが多く。高地を占拠しても、その場所を視認することはできなかった。
ただ、砲撃音から、大まかな方向は分かる。
複数の見張所から、砲撃音のする方向を割り出すことが試みられていた。
最低2か所の見張所で聴音を実施。
音のする方向に直線を引く。その直線の交点のあたりが、砲撃場所である可能性が高くなる。
そのおおよその場所の特定は済んでいた。
浜名少尉の率いる、数としては分隊にも及ばない兵たちは、その直線上にある高地の占拠。
そして、砲撃音を確認し、更に捜索を続けることになっている。
砲を発見した場合は、その破壊までが任務だ。
そのために、黄色薬も大量に保持している。
ただ、それだけの重砲だ。周辺の敵の警戒も厳重であろうと思われた。
肉薄しての爆破ということが、可能なのかどうか、浜名少尉には分からなかった。
「行くか……」
彼は小休止の終わりをつげた。
再び、密林の中に足を踏み出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
「敵の魚雷艇って速いんですよね」
「ああ、速いらしいな」
「逃げたら追いかけられませんね」
「逃げたならそれで、役目を果たせたということだ」
月山中尉は答えた。
双眼鏡で海面を見張りながらだ。
彼に話しかけた佐藤軍曹も双眼鏡を手にしている。
実際のところ、真っ暗でなにも分からない。
月明かりを反射する白い波がかろうじて海と空の違いを分からせているくらいだ。
彼らが乗っているのは陸軍の装甲艇と呼ばれる船だ。
57ミリ砲と機銃を備え、上陸戦のときに、陸上兵力の支援を行うために造られた船だ。
機銃弾を防ぐ程には装甲がなされている。
一度、味方が上陸してしまうと、海上からの支援砲撃は非常に困難なものとなる。
戦艦の艦砲射撃などしようものなら、味方の死傷は避けられない。
数百メートルもの被害半径を持つ砲撃などできるものではない。
駆逐艦の砲撃ですら、敵味方が入り組んだ中では、使うのは難しい。
12.7センチという口径は、陸上でなら十分に大口径砲の範疇に入る。
世界の陸軍の中でも最も海上戦力が充実し、空母に近い艦艇まで保有する帝国陸軍が独自に開発した船艇だった。
そのフォルムは戦車を船にしたという感じだ。
今、その装甲艇はラビを出港した大発部隊を護衛していた。
1隻しかない装甲艇で、複数の魚雷艇を防ぐのか。
佐藤軍曹は何とも頼りない気持ちで海面を見張る。
こっちらより優速な船艇を攻撃できるかどうかは、甚だ疑問だった。
逃げてくれるなら、それはそれで大助かりだとは思うが。
キラりと海面でなにかが動いたのが見えた。
佐藤軍曹は、目を凝らしてそのあたりを双眼鏡で追いかける。
「きやがった!!」
小さな白い波頭が確認できた。
敵魚雷艇だ。
速度を落としてゆっくりと接近してきている。
聞いていた戦法そのままだ。
奴らはエンジンを音を絞り込んで、ゆっくりと近づいてくる。
そして、一気に増速。
40ノットを超えるような速度で、一撃を仕掛けてくる。
大発相手に魚雷攻撃はないが、大口径の機銃をバカスカ撃ちこんできやがるのだ。
「戦闘準備だ! 主砲! ひきつけて撃つぞ――」
月山中尉が命じた。
キリキリと音をたて、旋回砲塔が回転する。
帝国陸軍の主力戦車であるチハと同じ57ミリの短榴弾砲だ。
距離はまだある。
直接照準で狙える距離ではない。
ジリジリと距離を詰めてくる魚雷艇。3隻だ。
敵はこちらには気付いてないのか?
「テーッ!」
57ミリ砲が火を噴く。そして、魚雷艇の近くに着弾。ささやかな水柱を作った。
「続けて撃て! 叩き潰せ!」
叫ぶ月山中尉。
その叫びを遮るかのように、エンジン音が響いた。
魚雷艇のエンジン音だった。
急速に速度を増す魚雷艇。最高40ノット以上を叩きだす高速の狩人たち。
連続した砲撃。しかし、敵の捕捉ができない。
そもそも、装甲艇は高速で移動する目標を捉えるようには出来ていないのだ。
7.7ミリ機銃も火を噴きだす。
敵も撃ちだした。
こちらの機銃よりも太い火箭が吹っ飛んでくる。
おそらくは20ミリ以上の機関砲だ。
10ミリ程度の装甲艇の装甲板ではまずいかもしれない。
「大発には近づけるな! 撃て!」
闇の支配する空間。
そこに、砲声とエンジン音が響き渡っていた。
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