その40:鋼の嵐! アリューシャン海戦 11

 10本を超える水柱がペンシルベニアの周囲に立ち上がり、やがて勢いを無くし、ゆるゆると崩れていく。

 その高さが半分になった瞬間だった。凄まじい爆発とともに水柱が吹き飛ばされた。

 どす黒い爆炎とキノコ雲の中、彼女はその生涯を終えた。

 戦艦とともにキャリアを積んだパイ提督と2000人以上の兵士を道づれにしてだ。


 このときの彼女を襲った災厄の名は、46サンチ砲、一式徹甲弾――

 鋼鉄と炸薬でできた悪夢だった。

 天空を音速の2倍以上で切り裂き、放物軌道を描き2万メートル先に17度の確度で落下。

 残速は毎秒500メートル。

 127ミリの装甲に守られた第2砲塔天蓋をぶち抜き、給弾システムを鉄くずに変えながら、弾薬庫に突き進む。

 50ミリの隔壁装甲をわら半紙のようにぶち抜き、艦底近くの装薬庫で遅延信管を作動させた。

 高性能炸薬が激しい化学反応を起こし、高熱と爆風をぶちまける。

 その破壊のエネルギーは装薬を反応させ、新たな熱と爆風を生み出し、破壊を連鎖させた。

 密度の高い時間の中、一瞬で破壊プロセスが消化される。

 

 第二砲塔が吹き飛び、宙に舞った。そして鋼鉄製の彼女は、冷たい北の海に沈降していく。

 アメリカの若者と、老練の戦士たちを懐に抱えながら――


 この瞬間、アメリカ海軍は退避を開始した。それは海上の潰走ともいえるものであったかもしれない。

 6隻あった戦艦はすでに2隻。ミシシッピー、アイダホだけだった。

 彼女たちも満身創痍といっていい。必死の退避行動が始まった。

 もはや、目的は敵の撃破ではなく生き残ることに変わっていた。


「また、つまらぬものを貫通してしまった――」


 呟くように大和の砲術長は言った。

 そして、興味なさげに2万メートル彼方の黒煙を一瞥する。

 彼は視界を元に戻す。

 射撃指揮所の中で、送られてくる砲撃諸元を見つめるのだった。

 彼にとってその結果は何の感慨も起こす物では無かった。


 砲撃とは大和という、人の作りし神に捧げる行為である。

 この砲術長はそのような信念を持つ男であった。


 いかに正確に、最高の砲撃を行うか。諸元通りに最良のタイミングで砲弾を叩き出すことこそが、自分の職務であると信じている男であった。

 それこそが、この大和という美しい神に捧げる供物であると思っているのだ。

 ある種の、職業病か、精神の平衡を失った者の思考に思われるが、それで職務が遂行できるのだから全く問題がなかった。


 とにかくだ。

 戦艦だろうが、駆逐艦だろうが、撃沈とは単なる結果であった。

 美しい砲撃の結果与えられる現象にすぎない。

 最良の諸元で撃ちだされた砲弾に対する褒賞なのだ。

 

「射撃目標切り替え。アイダホ級――」


 砲術長の声が、射撃指揮所に響いた。その声はどこか機械めいた声に聞こえたかもしれない。


        ◇◇◇◇◇◇


 ロングアイランドとマーサーアイランドは商船改造の空母であった。

 低速の劣性能の空母であったが、飛行甲板に装備されたカタパルトにより一線級機の発艦も可能としていた。

 ただそれは、可能というだけであり、一度の攻撃で出せる機数は、2艦合わせても、せいぜいが40機。

 現実的には30機を超えるかどうかというところであった。

 F4Fグラマンワイルドキャット8機、ドーントレス16機、デバステータ12機の36機の戦爆連合だった。

 これは、搭載していた機体の物理的な数として限界だった。空母の上空警戒にF4Fは残さねばならなかったという理由もある。


 そして、悪天候で運用された続けた結果、何機もの機体が着艦時に事故を起こし廃棄されたいた。

 整備能力が限定された、商船改造空母のため、稼働機にカウントできない機体も存在している。


 機体だけではない、パイロットにも問題はあった。

 彼らの技量は決して高いとは言えなかった。


 平時の予算不足により搭乗員育成は満足する水準に達していない。

 空母での発着艦は可能ではあるが、それは可能であるというだけであった。

 戦争はただ飛行機を飛ばせればいいというものではない。

 占守島爆撃が初陣というパイロットが多数存在していおり、対艦攻撃など全員が未経験だ。

 デバステータのパイロットに至っては、魚雷を初めて見た者が大多数を占めていた。


 手練れを揃えた日本海軍航空隊に比べ、あらゆる面で劣っていたと言える。

 しかし、それでも彼らは進み続けた。

 この36機が米軍にとって最後の一撃であった。

 希望を込めた最後の矢じりであった。


 彼らが水平線上に日本海軍の空母を発見したとき、それは彼らにとっての悪夢の開始でもあった。

「地獄の使者」と米軍パイロットが恐れを持って語りつつある零式艦上戦闘機。

 ほぼ同一高度で、彼らが待ち伏せを行っていた。

 低く垂れこめた雲のため、高度が取れないことが災いした。

 その編隊がF4Fに猛禽のように突っ込んできた。

 

 空母隼鷹、龍驤の直掩機。

 零戦21型だった。9機が3機づつの小隊編成となった戦闘機隊であった。

 セオリーであれば、対艦攻撃力の高い雷撃機が優先目標となる。

 しかし、戦闘機に襲い掛かった。これは日本海軍パイロットに見られる悪癖の一つだった。

 据えもの切りの爆撃機などではなく、戦闘機に挑むという傾向があったのだ。

 

 しかし、今回の場合、その選択は逆にアメリカ戦爆連合を追い詰める結果となっていく。

 

        ◇◇◇◇◇◇


「敵の空母も軽空母なのか」


 激しくロールをうって、逃げようとするF4Fを追尾しながら岩田上飛曹はつぶやいた。

 数が少なすぎた。

 せいぜい30機程度の戦爆連合だ。もしかしたら、敵はこちらよりも小さな空母なのではないかと彼は思ったのだ。

 事実、隼鷹、龍驤からは40機以上の戦爆連合が攻撃に出ている。

 上空直掩に割り振られたときに、ささくれた気持ちになっていた。

 しかし、空に上がって敵に対せばそんな気持ちは吹っ飛んでいる。


 彼はラダーを細かく操り、射点を確保する。

 スロットルレバーの切り替えスイッチを7.7ミリにする。親指でスイッチを叩く。

 零戦では機銃の発射を7.7ミリのみと、20ミリを同時発射する2パターンが選べた。


 7.7ミリ機銃を発射する。

 彼はOPLを見ない。その外から、弾道を見つめるのだ。曳光弾の尾を引いて伸びていく弾道を、機体を操り修正していく。

 高度が低いため、F4Fは降下して逃げることもできなかった。


(そうあがきなさんな…… 今、楽にしてやるから)


 彼は後ろを確認する。鉄則だった。自分が敵機を狙っているときこそ、一番危ない時間であること。

 先輩の搭乗員から骨に染み込むほど叩きこまれた鉄則だ。

 すでに、F4Fは零戦に追い立てられ、こちらを攻撃できる位置についている機体は無かった。

 自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

 スロットルの切り替えボタンを同時発射にする。

 そして発射ボタンを押しこむ。一挙動だった。

 細い火箭と太い弓なりの火箭が伸びていく。

 グラマンF4Fの胴体、翼の付け根に次々と叩きこまれた。

 九九式二〇ミリ一号機銃。

 炸裂弾が仕込まれた機銃という名の「大砲」だった。

 

 史実で日本のパイロットがブローニング12.7ミリの直進性と多数装備を羨望したのと同じく、アメリカ軍のパイロットは20ミリ機銃を恐れた。

 それは、下手をすれば、一撃で翼をもぎ取る必殺の刃となるのである。


 そして、今その威力を目の前で実証する。

 グラマン鉄工所といわれた頑丈なF4Fも翼の構造材に炸裂弾を立て続けに喰らっては耐えられる分けが無かった。

 見えない刃で切断されたかのように翼が千切れ飛ぶ。そして、クルクルと自転しながら、ほの黒い海へと突っ込んでいった。

 

「さて、刈取りの時期か――」


 岩田上飛曹はスロットルを叩きこむ。

 栄21型エンジンが高い唸りを上げ、プロペラが空気を切り裂き、推進力を生み出す。

 背中を押しつけられるような加速を行い、零戦は上昇していく。

 F4Fを追撃したときの機動により落ちた高度を回復する。それでも雲が低く高くは飛べない。十分だった。

 

 フットバーを蹴飛ばし、機体を切り返す。鋭いターンを打って、虚空を切り裂く零戦21型。

 その軸線には、ドーントレスの編隊があった。かなり距離があるにもかかわらず、後部機銃を盛んに撃ってくる。

 当たるわけがない。

 彼は零戦の柔らかい舵の効きが気に入っていた。

 以前の96戦はあまりに敏感すぎた。零戦はあらゆる速度で、思い通りの操舵感覚があった。

 まるで、自分の体が空を飛んでいるような錯覚すら覚える。


 ドーントレスの編隊弾幕に突っ込み過ぎるのは危険だった。編隊を組んで撃ってくるドーントレスは侮れない。

 機体を滑らせながら、距離を詰める。

 弾道は流れ、こちらを捕えることができない。

 

 スロットルレバーの機銃切り替えスイッチを操作する。

 7.7ミリを短い連射で撃ちだす。その弾道の流れを確認する。悪くない。

 後部座席の奴がのけ反った。肩から血を吹きだしていた。

 マフラーを使い止血をしている。


 岩田上飛曹は、その状況を見つめていた。

 機銃を撃つべき指が固まっていた。


 人を撃っていた――

 その実感が急に襲い掛かってきた。

 アメリカ人も人間だった。血を流している男はまだ若い男に思えた。


 ガンガンガン――

 機体を何かが叩いた。

(莫迦か俺は――)

 後ろを振り向いた。

 F4Fだった。真後ろの絶好の位置を占拠されていた。

 攻撃時には後ろを確認する。その鉄則を守らなかった俺は莫迦であった。

 彼は操縦桿を倒し機体を突っ込ませた。

 F4Fはそれに追従してきた。

 だが、撃ってくる気配が無かった。こっちは完全に敵の射点に捕えられているのに。

 

 岩田上飛曹は後ろを確認する。

(機銃故障か?)

 なんらかの機械的なトラブルか、弾切れなのか、敵は機銃を発射してこなかった。

 ただ、追尾して、爆撃機を守ろうとしていたのかもしれない。

「クソが!」

 無性に腹がった。それは明らかに自分に対しての怒りであった。

 

「悪いが、オマエの相手はしない」

 スロットルを叩きこみ加速、左旋回からの上昇。

 零戦の鋭い機動にF4Fは大きく外側にはじき出された。

 

 彼は再びドーントレスに向かう。もはや、空母は近い。

 スロットルレバーを同時発射に切り替え、発射釦を押し込む。

 ドドドドドド――

 20ミリ機銃の反動が期待を震わせる。

 

 下方から見えない槍で貫かれたかのように、主翼に大穴が空いた。そこから曇った空が見えそうだった。

 ガクッと機首を落とし、石のように落ちていくドーントレス。先ほど、自分が攻撃した機体かどうかは分からなかった。


「まだだ、絶対に行かせない」


 三菱製の猛禽は次の獲物を求め、翼を翻していた。


        ◇◇◇◇◇◇

 

 米海軍の航空攻撃は不徹底なものとなった。やはり数の問題だった。

 上空直掩の零戦を突破して、投弾に成功した機体は、4機のドーントレスだけだった。

 その爆撃も対空砲火により、良好な射点をえらえれず、至近弾1に終わっていた。


 そして、デバステータは全機、射点に着く前に叩き落されていた。

 アメリカでも、艦隊に対する雷撃は非常に危険なものであるという認識を持つようになるのである。

 更に、投弾に成功したドーントレスも、帰投時に1機が撃墜される。

 もはや、全滅といっていい被害を受けたといっていい。

 

 航空攻撃は数である。この公理をアメリカ海軍は血を流して確認したのであった。

 しかし、失った命は戻ってはこない。


 結局、アメリカは作戦に投入した全機を失う。

 なぜならば、彼らが帰投すべき2隻の空母は、日本海軍の航空隊により沈められていたからだ。

 商船改造空母ゆえの防御力の欠如は、空母による航空決戦で致命的であった。

 

 日本側も少なくない機体を失ってはいた。だが、それでもこの海戦は日本の勝利と言って差し支えのないものであった。

 いや、圧勝というべき物であったかもしれない。


        ◇◇◇◇◇◇


「なぜ! 追撃しないのですか! 大和の傷は浅いのです! 不沈艦ですぞ! 米艦隊撃滅と日記に書かねばならぬのです!」


 宇垣参謀長が怒り狂っていた。なんで、そんなに「戦藻録」に思い入れが強いの……

 やっぱ、100万部狙ってるの?

 

 戦闘は終わった。

 俺たちが勝った。

 敵戦艦は4隻を沈めたし、空母も2隻沈めた。

 更に、最終段階で突っ込んできた駆逐艦の内、4隻の撃沈を確認している。


 空母については、エレベータの数からして、軽空母か商船改造空母ではないかと結論されていた。

 やはり、こっちには正規空母はきていないのか。

 となるとだ……

 やはり、ニューギニアか……


「参謀長、これは決定事項です」

 黒島先任参謀が言った。階級上位者に対し、なんというか不遜な物言いだった。


「まあ、大和初陣としては、盛り上がって読者を……」


 手帳を開き、ブツブツとなにかいっている黄金仮面。読者目線で日記かいているのかね?

 まあ、特攻で部下を道づれにするより、100万部の夢をみる方が健全かね。

 俺は宇垣参謀を見つめて思った。顔は相変わらず怖いんだけど。


 撤退するアメリカ海軍を追尾するかどうか――

 とにかく、結論はしないであった。というか、できないだ。


「予備魚雷がありながら…… 油が無いばかりに」

 三和参謀が悔しそうにつぶやいた。


 日本海軍の駆逐艦には魚雷を再装填して発射できる「次発装填装置」というものがある。特型の場合、即装填できるシステムはないが、一度戦闘海域を離脱すれば、予備魚雷を装填することは可能ではあった。

 まあ、そんなことを考えるのは、おそらく日本海軍だけだろう。こんな面倒な物は他の海軍で運用不可能だ。


 だから、駆逐艦隊を再突入させればいいという意見がでてくる。

 それは予備魚雷の再装填を念頭に入れた発言だった。

 しかし、今回は、それを使う局面が無かった。


 駆逐艦が油切れなのだった。

 戦線離脱し、再装填したが、距離を詰めるための燃料がなくなっていたのだ。

 駆逐艦は、燃料バカ食いの大食い娘ばかりなのだ。


 これ以上戦闘行動していたら、全艦が油切れになってしまう。

 航空攻撃も、魚雷の予備が無かった。

 傷を負わせているとはいえ、魚雷なしで戦艦の相手をできるものではなかった。

 

 そして、戦艦部隊も、扶桑が最終局面で突っ込んできた駆逐艦に魚雷を1本食らった。

 まあ、沈むことは無かったが、速度が20ノットを切ってしまう状態になった。

 敵の方も身を挺して、戦艦部隊を守ったということだろう。

 追撃はしないという空気が出来あがっていた。

 俺としても文句は何もなかった。

 これが、当事者でなければ「日本海軍は徹底的に敵を攻撃しない。執念深さが無い」としたり顔で言ってしまったかもしれない。

 戦艦の砲撃は、装甲に守られた中にいても、心にダメージ受けるからね。マジで。


 とにかく、勝ったのはいい。しかしだ。

 もう俺は、戦場にでるのは勘弁して欲しいのであった。

 やはり、聯合艦隊司令部は陸にあげるべきだ。

 本土に帰ったら、海軍大臣を絶対に説得する。

 俺は心に固く誓ったのであった。 

 アリューシャンの海に固く誓うのであった。

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