その33:鋼の嵐! アリューシャン海戦 4

「空母だと!」

 宇垣参謀長が、電信兵を睨み付ける。黄金仮面に睨み付けられ、プルプル震える電信兵。彼を睨んだところで、状況は変わらない。


「長官! 急いで戻りましょう!」

 黒島先任参謀が強い口調で俺に言った。


「そうだな」

 真っ白になった頭は反射的にそれを認める言葉を口から出していた。

 とにかく、艦砲射撃どころじゃない。それは確かだ。

 艦隊に対し、回頭の命令が下される。


「敵の規模は? 空襲の規模は?」


 三和参謀が言った。


「不明です。現在確認中です」

 

 電信兵が答えた。


 そうだ。大事なのはそこだ。現在、アメリカの保有する正規空母は5隻だ。

 レキシントン、サラトガの戦艦改造の大型空母。

 姉妹が全滅しているヨークタウン。史実では大西洋にいるはずのワスプとレンジャー。

 全力投入された場合、艦上機は450機前後の戦力になってしまう。

 これは、機数だけえば、日本海軍の空母を根こそぎ集めた戦力と同じくらいだ。


 F4Fワイルドキャットは翼に根元からの折り畳み機構がある。

 機体の特性上、アメリカの空母は多数の搭載を可能としているんだ。

 もし、この時点で本土への全力攻撃を仕掛けられたら、こっちに防ぐ方法が見つからない。

 史実では、日本本土の状況など分かっていないので、そんな博打のような作戦を実行しては来なかった。あくまでもドゥーリトルは政治的な作戦だ。

 この世界では、その作戦の裏をかいてエンタープライズ、ホーネットを葬っている。

 アメリカから見れば、史実以上に日本本土に近づくのは危険だと分かったと思うのだが……

 なんで、こうなったんだ?


 アリューシャン作戦、ニューギニア侵攻作戦を実施する前に、アメリカ空母の動向は探っていた。

 大和田通信所の電波解析では、ハワイと本土周辺に空母が確認できていた。

 積極的な動きは見つけられなかった。

 電波解析の限界なのか……


 とにかくだ――

 もはや、ダッチハーバーへの艦砲射撃どころじゃなかった。

 アリューシャン攻撃は中止、艦隊は反転して千島方面に向かう。


 もし、敵が空母全力だった場合――

 軽空母に商船改造空母しかない、俺たちの艦隊は、なぶり殺しにされる。

 どすんだよ……

 ブーゲンビルではなく、アリューシャンか千島で戦死か?

 なんというバッドエンドだ……


 俺が暗澹とした気持ちになっている中、続電が入った。


「敵、空襲は戦爆30機―― 空母艦載機と思われる。被害軽微なり。現在、千歳、美幌基地で索敵攻撃準備中」

「30機?」

「はい、そのように言ってきております」


 電信兵が報告を読み上げると、宇垣参謀長が訝しげに質問した。

 確かにおかしい。なんだ? 30機だって?

 1隻の正規空母が、即時発進できる機数にしても少ない。

 当時の空母の場合、搭載機の半分くらいがその数となるのが目安のはずだ。


「空母、単艦ですかな?」

 考えを探るような目つきで宇垣参謀長が俺を見つめて言った。

 そうなのか? しかし……


 そのとき、俺の頭にあることがひらめいた。

 護衛空母か?

 ロングアイランド?

 商船改造空母の投入か?


 当時のアメリカ海軍は、ロングアイランドという客船を改造した空母を持っていたはずだ。

 1943年以降に量産される、貨物船改造の護衛空母のテストとして何隻かこの手の空母を造っていたはずだ。

 1942年5月時点でも2~3隻持っていたかもしれん。くそ、このあたりはよく分からん。

 使用された機数が30機ということであれば、説明が可能だ。


 しかし、まてよ……

 20ノット出るかどうかも怪しい護衛空母を、侵攻作戦で使うのか?

 逃げきれないだろう。どーなんだ? つーか、日本にどうやって接近する? そんな鈍足で。

 やはり、正規空母か。単艦で使用してかく乱作戦に出ているのか?

 

「空母がどうやって接近できたのか…… 4月以降、北方を含め哨戒体制は強化されているはずですが」


 渡辺参謀が、思案気な様子でつぶやいた。


「完ぺきにはいかないだろう。こっちだって敵に見つかっていないのだから」

 

 俺は答えた。確かに彼の考えは分かるが、哨戒といっても物理的な限界がある。

 水も漏らさぬ完ぺきな哨戒体制が出来ているとは言えない。特にアリューシャン方面は天候も悪い。

 つーか、太平洋正面は広すぎる。

 ある程度は対応できるが、抜け穴はあると考えるのが普通だろう。 

 実際に自分たちの艦隊もアメリカに発見されずに、ダッチハーバーまで接近できた。

 逆のことも可能と考えるのが自然だった。


 しかしだ――

 攻撃してくれば話は別だ。

 アメリカの艦上機が運用できる距離は200海里くらいだ。

 攻撃してきたことで、逆にその位置が絞り込まれることになる。

 これくらい距離なら、捕捉も可能なはずだが。

 ただ、日没まで時間がないのが気になる……

 まあ、攻撃する側とすれば、至極まっとうな時間の選択だろう。

 

 とにかく、艦隊は至急、千島方面に向かう。

 そして情報を収集し、整理、分析を行う。

 今出来るのは、それくらいしかなかった。


        ◇◇◇◇◇◇


「空母がいない? たるんどるのか? 本分を尽くしておるのか! 本土の基地航空隊は! 日記に書くぞ!」

 宇垣参謀長が、口の端を釣り上げ、笑みとも怒りとも思えぬ表情で語気を荒げている。

 怖いよ。顔が怖い。

 しかし、日記に書くってなんだよ。それ脅しか? 君の日記『戦藻録』はデ〇ノートかなにかなのか?


 艦隊の位置する場所では、とっくに日が落ちている。

 アリューシャンより西に位置する占守島周辺はこちらより日没の時間が遅い。

 とはいえ、その周辺も時間的には完全に日没だろう。

 

「報告ではソ連の援助物資を積んだ、輸送船団のみということですが……」

 三和参謀が広げられた地図を見ながら言った。

「ああ、我々の哨戒機が見つけた船団かね?」

 黒島先任参謀も地図を見つめている。位置からすれば、おそらくその船団だろう。

 

 とりあえず、味方がソ連の船団を間違えて攻撃しなかったのは幸いだった思うしかない。

 ソ連を刺激して、結果参戦してくることになったら、俺の終戦プランは一気に瓦解する可能性が高い。

 日本分割統治で、日本が冷戦対立の最前線になってしまう未来すらあり得る。


「しかし、占守島ですか……」

 黒島先任参謀は、そのままじっと地図を見つめている。

 史実では、数々の特攻マシーンを考え出す参謀であるが、頭が悪いということではない。

 莫迦を聯合艦隊の参謀にするわけがないのだ。

 思考回路が常人とは違うという点で、山本五十六が評価していた人物なのだ。

 

「先任参謀、なにか気になる点でも?」

 宇垣参謀長が、口を開いた。

 この二人は基本的には仲がよくないはずだが、今のところ表だって対立しているわけではない。

 宇垣参謀長が日記になにか書いているかもしれないが、俺は知らない。


「ソ連とアメリカの間でなにかあるのかもしれませんな」

「ソ連とアメリカ?」

 

 ここまで言って、分からんのかこの莫迦ってな感じの表情を浮かべる黒島先任参謀。

 ああ、頭のいい人間にありがちな考えだよ。自分以外は全部莫迦に見えるんだろうね。この人も。

 黒島先任参謀はすっと俺に向き直った。そしてゆっくりと話しだした。


「ソ連が北から攻めてきますな。中立条約は反故にされます」

「なんで?」


 いきなりの発言に思わず訊き返す俺。

 そこまで一気に、飛躍するんか? なんでだよ?

 黒島先任参謀は、ヤレヤレと言う感じで言葉を続けた。


「アメリカ海軍は我々によって、大きな損害を受けております」

「そうだね」

「正面から、我々に対抗するのはかなり困難であろうと判断しているはずです」

「まあ、現時点ではそう判断する可能性もなくはない」

「豪州は――」


 そういって、黒島先任参謀は地図上のオーストラリアを指さした。

 

「本国の兵力の大部分を欧州戦線、シンガポールなどに派遣し、余力がありません。内陸に防衛線を構築と言う動きを見せております」


 まあ、その言い出しっぺは俺だ。

 その後も、中立国経由の情報やら、各種情報を分析しているが、オーストラリアは積極姿勢を取らない方向で固まっているように見える。

 だから、黒島先任参謀の言うことには俺も首肯せざるを得ない。この点に関してはだけど。


「アメリカにとって、我が帝国に近いソ連は反攻拠点として最適でしょう」


 黒島先任参謀は、そう言い切ると、ビシッとウラジオストクを指さした。

 確かにそんなとこに重爆が配置されたら最悪だ。

 つーか、本当にそんなことになったら、どんな歴史が出来あがるんだ?

 もう、俺の想像の埒外だよ。


「しかし、ソ連もドイツ相手に戦っています。2正面作戦は避けたいのでは?」

 三和参謀が質問した。確かに真っ当な疑問だ。


「アメリカの援助物資は、我が国の近海を通過しているのです。もし、このラインが封鎖される可能性があるとソ連が考えたら? いや、アメリカがソ連がそう考えるように仕向けたらどうですかね? 北方が日米の激戦場になりますとなれば……」

「それは、考え過ぎでは……」

「もし、北方の戦闘で我々が何の反撃もできず、空母を逃したとなれば、ソ連はどう考えるでしょうか? 太平洋方面で分け前が欲しくないというのですかね。あのソ連が」


 俺は黙って聞いていた。

 確かに可能性はゼロではないとは思うが、どうだろうか……

 しかしだ――

 その心配を今したところで、差し当たっての対策にはならないんだ。


「ソ連のことは、今はいい。とにかく、空母だ。空母を叩かねば」


 俺は言った。今回も米空母を生かして帰してはダメだ。

 今から、出て行って捕捉できるかどうかは、かなり可能性が低い気がするが、やれることはやるべきだ。

 ソ連のことは無視できない要因だと思うが、出来ることはアメリカを叩くことだけだ。


「こうなれば、対ソ援助の船団を潰すというのも一つの手段かもしれませんな」


 先走る黒島先任参謀。


「それはダメだ。ソ連を必要以上に刺激するのは危険だ」

 俺は言った。他の幕僚も頷いている。

 亀島先任参謀は苦笑していた。この独特の思考回路を持つ参謀が、具体的に何をどう考えているのかは俺にはよく分からんかった。


 対ソ支援物資を積んだ船団を攻撃するなど論外だった。

 そんなことしたら、本当に日ソ開戦になりかねない。

 今の段階では、それはダメだ。

 つーか、日本から手を出しての日ソ開戦は絶対にダメだ。

 ソ連とアメリカの対立構造を突くのであれば、日本は最後まで中立を守る姿勢を続ける必要があるだろう。

 

「とにかく、敵を捕捉して撃滅せねば話になりません」

 宇垣参謀長が言った。


 その通りだった。

 俺を乗せた大和はアリューシャンの波濤を砕きながら、南西へと突き進んでいた。


        ◇◇◇◇◇◇


「天候に恵まれたのはラッキーだったな」


 ガムを噛みながら、ブライアント大尉が言った。


「ジャップの奴ら全く反撃できませんでしたね」

 

 彼の部下のタラスコ准尉だった。


 アメリカ海軍の航空母艦ロングアイランドの格納庫内だった。

 ブライアント大尉は、自分の愛機である艦上爆撃機ドーントレスの翼に軽く触れた。


 ロングアイランドは、量産型の護衛空母のテストとして造られた艦だ。

 同じく貨物船から改造されたマーサーアイランドと共に今回の作戦に投入されていた。


 戦爆連合40機で出撃。エンジン不調で帰還した機体もあるので、実際に攻撃に参加したのは38機だった。

 日本とソ連の国境ラインに当たる占島を攻撃した。

 この基地にあった飛行場を叩く作戦だった。

 作戦は一応の成功を収めていた。

 日本軍の抵抗は少なく、損失は着艦に失敗した1機のみだった。

 

 そして、2隻の改造空母は夜陰に紛れ、戦域を離脱していた。


「しかし、今回の手はまた使えるんじゃないですかね」

「いや、同じ手は何度も通用せんだろうさ、いくらジャップが相手でもな」


 今両空母の飛行甲板には、張りぼての「船橋(ブリッジ)」が設置されている。

 更に迷彩が施され、上空から見た場合、この2隻を空母と判断するのが困難な状態になっていた。


 ブライアント大尉は言葉には出さなかったが、今回のような国際法違反スレスレの作戦はどそうそう出来ないだろうと思っていた。

 ソ連向けの支援物資を送る船団に、改造空母を潜り込ませるなど、よくソ連側が納得したと思う。

 下手をすれば、日本側を刺激して、この補給ラインが寸断される可能性すらあるのだ。


(まあ、こんな手はバレない内に止めておくのが上策だろう)


 彼自身、この作戦には色々思うところはあったが、日本の領土を攻撃できるという点において、文句は無かった。

 他の方法を考えろといわれても、思いつかないというのもあったが。


 彼らが出港したダッチハーバーが空襲されたというニュースは入っていた。

 おそらく、途中で遭遇した機体は、その艦隊のものだったのだろう。あれは水上機であったが。


「まあ、後は大砲屋(ビッグ・ガン)の出番だな」

 ブライアント大尉は格納庫の天井を見上げつぶやくように言った。

 彼の言うとおりだった。この戦場での彼の仕事はもう終わっていたのだ。


 夜の千島近海を突き進む存在が、これからの主役であった。 


 月は分厚い雲に覆われその光を閉ざしている。

 鋼鉄の巨砲を備えた7隻の鋼のモンスターがその巨体をどす黒い闇の中に溶かしこんでいた。

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