その14:インド洋に吼える人殺し

 史実通り航空母艦加賀は座礁した。


 有力な空母が離脱だった。こればかりは、時間と場所を正確に分かってないとどうにも防ぎようがなかった。


「座礁に気を付ける旨は通達してあったんだがね」

 俺はその報告を聞いてつぶやくしかなかった。


 戦艦改造の大型空母。それが加賀だ。

 28ノットの速度は正規空母として遅いという指摘はあるが、搭載機数の面から言えば日本でも最有力の空母の一つだ。

 飛行格納庫の広さでは日本海軍の空母では一番のはずだった。


 最新鋭の翔鶴・瑞鶴には揺れが大きいという問題があったが、加賀にはそれがない。

 発着艦のしやすさという点では文句なし。

 抜群の安心感を持った空母というのが、戦後生きのこった空母搭乗員の方々の意見だった。


 実は発艦には26ノット以上あれば、無風でもなんとかなる。

 商船改造空母の隼鷹、飛鷹が正規空母として扱われたのはそれだけの速度を出せたからだ。

 ちなみに、翔鶴、瑞鶴は巡航タービンだけで、この速度を叩き出す。

 28ノットは十分な速度だ。欲を言えばきりは無いが。


 インド洋作戦は、第一航空戦隊の赤城、第二航空戦隊の蒼龍、飛龍の3空母。そして、支援に軽空母の龍驤が加わった。

 祥鳳も加えようかと思ったのだが、ラバウル方面への輸送で使えなかった。

 南太平洋方面への航空機輸送も重要な任務だ。


 戦艦は金剛、比叡、霧島、榛名の4隻。

 全員、艦齢の古い婆さん戦艦だが、30ノット前後の高速戦艦だ。

 36サンチ砲8門にこの速度。恐るべき戦艦といえる。史実では最も活躍した戦艦たちだ。

 実は大戦前にアメリカが最も恐れていた海軍戦力の一つが彼女たちだった。

 30ノットの高速で、遊撃戦を展開されると、米海軍には対抗策がなかった。


 そのために、生みだされたのがアイオア級戦艦となる。

 よく大和との比較に出されるが、本当の目的は金剛型をぶちのめすための戦艦ということだ。

 33ノット出せる直線番長。いや、直線スケ番なのか。船は女性らしいので。

 

 機動部隊の目となる利根、筑摩の重巡洋艦も付いている。

 艦首に連装20サンチ砲を4基8門を集中。

 後部は飛行甲板として、水偵というフロート付の艦載機を6機搭載できる。

 通常の条約型重巡の倍となる。

 日本海軍が最後に作った重巡洋艦だ。その完成度は凄まじく高い。


 この作戦はインド洋に展開するイギリス東洋艦隊の無力化が目的だ。

 セイロン島のコロンボ港を空襲する。


 史実では、作戦は成功。

 イギリス東洋艦隊は、アフリカの方まで引っ込んでいく。

 終戦近くの沖縄戦前後、日本海軍が戦力を完全に消耗してからでないと出てこない。

 それだけの恐怖を刻み込んでやったのかもしれない。

 日本にぶつけても砕け散るだけの戦力しかないということは理解していたのだろう。

 とりあえず、日本はアメリカに任せとけという打算とかもあったのかもしれないが。


 イギリス東洋艦隊は空母2隻、戦艦1隻の高速打撃部隊と、軽空母1隻と戦艦4隻の低速打撃部隊からなっている。

 史実では軽空母のハーミズがあっという間に海の藻屑。

 重巡2隻も沈没して、残りは逃げまくるという戦いだったはずだ。


 とりあえず、イギリス弱すぎという展開だったはず。

 よく引き合いに出されるのは、当時の艦爆隊の命中率の話だ。

 80%くらいあったという話だ。話半分でも恐るべき練度だ。


 アメリカの機動部隊に比べれば、イギリスなんて物の数じゃないはずだ。

 艦上機は米海軍よりさらに酷い。空母の搭載機数は少ない。

 加賀が座礁したが、赤城、蒼龍、飛龍、龍驤で十分に圧倒できる戦力だった。

 こちらの搭載機数は200機を超える。

 イギリス側の空母は排水量の割に運用機数は少ない。

 空母搭載限界でも100機いかないはずだった。

 戦力は倍の差がある。質まで加味すれば、更に差が開く。

 コロンボの基地航空隊を計算にいれても、まだ優位だ。

 しかも、英軍機には、米軍機のような足の長さが無い。


 ちなみに、翔鶴、瑞鶴は本土で米空母に対する警戒を行っている。

 源田実は、インド洋にいかせていない。

 こちらで、空母機動部隊運用の新戦術の立案をやらせている。


 米空母は4月18日に東京空襲を行う。

 こっちは、それを待ち構えているのだ。

 まあ、インド洋作戦は、さっさと終わらせてておけばいいはずだった。


 加賀の座礁は織り込み済みだったので、作戦は滞りなく進んでいる。

 計画通りであることが、報告されている。

 後は、空襲を成功させ、イギリス東洋艦隊を叩き潰すだけだった。


 そう、それは問題の無い作戦のはずだった。

 

 とにかく作戦は計画通り、日程を消化しているはずだった。

 俺はちょっと、胸の奥に痛みを感じた。

 小さな石が胸の奥にあるような気がした。


        ◇◇◇◇◇◇


「ほう…… 奴らは本当に来たか……」


 イギリス東洋艦隊司令長官のジェームズ・ソマーヴィル提督だった。

 彼は、パイプを手の中でもてあそびながらつぶやいた。


「哨戒機からの報告では、空母4隻、戦艦6隻の大部隊とのことです」

「中々、豪気なものだな」


 報告を聞きながら、笑みを浮かべるソマーヴィル提督。

 狩人は、その獲物を射程に捕えていた。後は引き金を引くだけだ。


 彼の元にはアメリカから警戒の情報が来ていた。

 すでに、日本の暗号を解読していたアメリカは、日本の南雲機動部隊がセイロン島のコロンボ港を空襲をイギリスに伝えていた。


「とにかく、我々に出来ることをする。見敵必殺(サーチ&デストロイ)。英国海軍たるもの、いつもそうではないかね。ハットン艦長」

「そうありたいものです」

 戦艦ウォースパイトの戦闘艦橋だった。


 イギリス海軍は、南雲機動部隊に罠を仕掛けていた。

 簡単に言ってしまえば、セイロン空襲時に横面をひっぱたいてやるということだ。

 優秀な海軍軍人である、ソマーヴィル提督は自分たちの戦力を理解していた。

「正面から南雲の機動部隊をやりあう? 勘弁してくれ」というのが正直なところだった。


 だが、方法はあった。夜襲だ。


 第二次世界大戦時、空母機動部隊の運用が出来た国家は地球上に3つしかない。

 日本、アメリカ、イギリスだ。

 しかし、イギリスは多くの面で日米に後れをとっていた。

 日米がお互いをカウンターパートナーとして空母を進化させてきたのに対し、大西洋にはイギリスに空母戦を挑む敵はなかった。

 しかも、空軍設立による航空行政の混乱に伴う艦上機の開発失敗。

 

 だが――

 イギリスには日米に出来ないことができた。

 空母機動部隊による夜襲だ。

 ソマーヴィル提督は、練度の高い搭乗員による夜襲を仕掛けることを計画していた。 


「さあ、夜は大人のパーティタイムだ―― 東郷の末裔たちよ……」

 ソマーヴィル提督はまだ火の付いていないパイプをギュッと噛みしめた。

 

 そして、高性能炸薬を詰め込んだ、凶器を抱いた鳥たちが、墨のような闇夜へと飛び立っていった。

 インドミタブル、フィーミタブル両空母から発進した艦上機だった。

 総勢18機。複葉の雷撃機アルバコアだった。

 最高速度時速250キロの機体。日本であれば、フロート付の水上機より遅い。

 昭和初期の89式艦上攻撃機に比べてややマシというくらいの飛行性能。

 同機は現行の97式艦上攻撃機の2世代前の機体だ。


 空飛ぶシーラカンスだ。

 進化に取り残された化石のような航空機がインド洋の空を飛んでいた。

 しかし、その腹に抱いた魚雷は化石ではなかった。

 当たれば、腹を食い破る危険な凶器だった。


 そして、このシーラカンスは最新鋭の兵器も同時に備えていた。

 機上レーダだった。

 機上レーダと、夜間攻撃訓練を積んできた搭乗員。

 それがイギリスの切り札だった。


        ◇◇◇◇◇◇


 攻撃は完全に奇襲となった。

 1942年現在、日本海軍はレーダーを装備していない。

 また、夜間の航空攻撃は想定していない。

 警戒すべきは高速打撃部隊。巡洋艦などだ。

 それも、金剛級4隻に守られた空母には手出しはできない。


 しかし、イギリス人どもはやって来た。

 見るからにあか抜けない複葉機でやって来たのだ。


「班長、トンボみたいな飛行機が飛んでますが。こっち向かってきます」


 戦艦金剛、左舷第3機銃の射撃班に所属する佐藤上等兵は機影をとらえていた。

 人一倍目の良い男だった。


「飛行機? 味方の水偵か? 夜間に?」


 班長の大村曹長が言った。

 夜中になにをやってるんだと思った。

 彼は部下の言う方向をジッと見つめた。

 変だった。

 編隊を組んで、一直線にこっちに向かてきやがる。

 水偵はあんな編隊を組んだり、戦艦に突っ込んできたりしない。

 

「いや…… あれは…… 敵だ! 敵襲だ! 奴ら飛行機で夜襲を仕掛けてきやがった!」


 次の瞬間夜空に星が誕生した。イギリス製の星だ。

 それは、パラシュート付の吊光弾だった。

 前衛の2機がそれを放った。


 そして、鉄と火薬の宴が開始された。

 強烈な探照灯の光が夜空を切り裂く。


 それは、南雲機動部隊にとって完全な奇襲ではあった。

 ただ、イギリス側にも齟齬が発生。

 夜間ゆえに艦影の確認が困難であった。

 探照灯の強烈な光は攻撃を妨げる物だった。


 空母という特徴的な艦影を、他の艦と間違えるはずはないと考えるが、そうではなかった。

 光と闇の嵐の中、魚雷は放たれる。


 3本の魚跡が金剛に向け、スルスルと伸びていく。

 艦首から夜光虫の光を放つ金剛は回避の舵を切った。

 しかし、2本が直撃。

 この艦齢30年を超える老戦艦にとっては、限界に近い一撃だった。


「金剛被雷! 左舷に2本!」


 赤城艦橋に被害報告が響く。

 その赤城もそれどころではなかった。

 今まさに、血に飢えたシーラカンスどもが、襲い掛かってきていた。


「雷跡! 左舷4本です!」

「よこせ! 艦長!」


 南雲提督は、声を上げ、艦長から操舵を奪い取った。

 予備動作もみせない、凄まじい動きだった。

 あっけにとられる司令部の面々。


「日本海軍を舐めるな!」

 南雲長官は舵輪をが―――ッツ!と回した。

 3万トンを超える、赤城の巨体を操る南雲忠一だった。


 彼は水雷戦の権威であった。

 操艦技術では誰も負けないという自負があった。

 イギリス海軍の夜間攻撃というものが、彼の水雷魂に火をつけていた。


 撃ちあがる対空砲火。予算の関係でやや旧式の12サンチ高角砲が夜空に弾丸を撃ちあげる。

 25ミリ機銃が敵を地獄に叩き落せと吼えている。

 2機の機体が火を噴いて落下していく。


 しかし、魚雷は確実に赤城を狙っていた。


 グォォーーー

 っと、艦が傾く。魚雷をかわすべくその巨体が軋むように機動を開始した。


「間に合わない! 各員! 衝撃に備えろ!」

 誰かの声が響いた。

 その声は男・南雲忠一の耳には届かない。

 必死で操舵を続ける。

 こんなことで、艦を傷つけるわけにはいかなかった。


 赤城の艦首付近の水柱が上がる。

 イギリス製の航空魚雷が慣性信管を作動させ、内部の高性能炸薬を化学反応させた。

 巡洋戦艦から改造された巨大な船体がビリビリと震えた。

 続けて、もう一発が、艦中央部に命中した。


 舵輪を握っていた南雲長官は吹っ飛ばされた。

 しかし立ち上がる。


「こんなところでぇ~」


 頭から流血した南雲長官は呻くように言った。


 結局当ったのは2本だった。

 艦首付近と艦中央部。

 赤城は徐々に左に傾斜していった。


        ◇◇◇◇◇◇


「血祭りにあげてやる…… ぶっ殺す。イギリスがぁぁ」


 軍刀を握りしめ、人殺し多聞丸が吼えた。

 当時の日本人としては、巨体と行っていい肉体の持ち主だった。


 飛龍の艦橋である。

 蒼龍と飛龍は夜間攻撃を逃れ、無事ではあった。

 しかし、赤城が2発の魚雷を食らい戦線を離脱。

 沈むとこはないだろうが、作戦行動は無理だった。

 護衛の駆逐艦をつけ、シンガポールに向け下がっていく。


 南雲長官は頭に傷を受け、安静の状態だった。


 更に、金剛にも2本命中。

 日本海軍にとって、大切な特設給油艦が1隻沈められていた。

 艦影から空母と誤認されたのかもしれない。

 攻撃がそちらに集中したせいで、蒼龍と飛龍は無事だった。

 夜間の艦影誤認はよくあることだった。

 

 山口多聞は叫びながらも、頭の芯は冷え冷えとしていた。

 海軍を背負う逸材と謳われた優秀な頭脳が高速回転していた。


「報告は無いのか! 敵空母の報告は!」

 

 すでに利根、筑摩からは水上偵察機が発進していた。

 水上偵察機の夜間飛行は当たり前だと思っている。

 

「見つけられなければ、策敵訓練を見直す必要があるか……」

 獰猛な笑みを浮かべ、軍刀を握りこむ山口多聞。

 第二航空戦隊の司令長官だった。


 南雲長官が負傷した今、機動部隊の指揮は、海軍で最も獰猛と恐れられる男の手中にあった。

 インド洋作戦はまだ始まったばかりだった。


【後書き】

イギリスの夜襲に関する記述は以下の文献をソースとしてます。

アルバコアは全機機上レーダーを搭載していたようです。

「太平洋戦争4」学研

「太平洋作戦史?」学研……レーダ搭載の記述あり

まあ、無茶という話ではなかったようです。

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